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 このたびは本サイトにお越しくださいまして、ありがとうございます。
 本サイトは障害者の所得をつくりだすために障害のあるひともないひとも共に働き、共に運営を担い、障害のあるひともないひともみんなで給料を分け合って活動をつづける豊能障害者労働センターの活動記録やエッセイを掲載し、さらにこれからの活動情報を提供、参加をよびかけることを目的としています。

豊能障害者労働センターとは

 1981年秋、ひとりの少年が、市役所に垂れ下がる「国際障害者年・完全参加と平等」と書かれた文字を見つめていました。
 当時、彼は養護学校高等部の3年に籍を置いていました。通学バスのバックミラーのなかで、この街はかげろうのようにキラキラとゆれていました。
 障害があるというだけでこの街の学校で学ぶことができず、となり街の養護学校で訓練を繰返してきた彼にとって、この街は通り過ぎるだけのまぼろしの街でした。
 というより、この街にとって彼自身が遠ざかる風景だったのかもしれません。
 この街に帰ってくるために12年間訓練を繰返してきた少年は、この街が彼をあたたかく受け入れてくれると信じていました。
 しかし来春卒業を前にしたこの少年の未来にこの街が返した答えは、彼を絶望させただけでした。

「どこにもいくところあらへん!!」

 晴れやかなはずの「卒業」という言葉が、地獄のさけびとなって彼の頭のなかをかけめぐりました。
 多くのこどもたちがこの街で育ち、大人になっていくのに、あたりまえに学ぶことも、あたりまえに働くことも、あたりまえに生きることもはばまれる自分は、いったい何者なのか。
 豊能障害者労働センターは、この少年の問いかけから誕生しました。
 あれから30年、たくさんの方々が応援してくださり、いまでは障害者37人をふくむ60人が活動しています。
 障害者が経営をにない、障害者の所得をつくり出そうとする豊能障害者労働センターの活動は長い間福祉施設でもなく一般企業でもない異端とされてきましたが、国際社会でも注目されるようになった「社会的起業」として花を開く日が近づきつつあると思います。

ソーシャルビジネス(社会的企業、市民事業)として

 障害者の就労といえば一般の会社に就労するのがベストと言われますし、ユニクロやエフピコ愛パック株式会社など、障害者雇用に積極的な一般企業も少なからずあり、それを推し進めることも重要なこととは思います。
 しかしながらグローバリゼーションの進行により、多くの企業は人件費コストが低く、また市場の拡大が望める中国をはじめとする海外に拠点を移す一方、国内では非正規雇用をすすめ、人件費を抑えることで海外企業との競争に勝つための経営を進めています。
 一般企業にとって人件費は労働コストであり、雇用を守ることは重要な社会的使命ではあっても最優先課題ではありません。その結果、年功序列の廃止、能力主義の投入、正社員の減少、アルバイト、フリーター、派遣、請負など…、労働市場は地すべり的な崩壊と新たな構築への入口がまだ見つからない現状が続いています。
 一億総中流といわれた時代からはるか遠く、働きたくても働けず、働いても生活できるだけの給料を得られず、住む家もない悲しみと憤りと絶望が無数に生まれ、経済成長をとげた後ゆえの深刻な貧困が社会問題となっています。

 この現実を見つめれば、よく言われるように経済成長をとりもどし企業の収益を上げることで雇用を増やすというシナリオは、企業が労働をコストとみる限り、そして企業の成長を海外市場に求める限り、限界があるのではないでしょうか。
 特例子会社や就労継続支援事業A型などの就労政策により障害者の就労が改善されたといわれますが、わたしたちはほんとうにそうなのかと疑問が残ります。
 企業が「重度」という障害者はわたしたちから見れば「軽度」にあたることもしばしばで、「重度」といわれる障害者は福祉政策の対象でしかなく、もともと労働市場にあてにされていないからです。
 そんなわけで、これからの経済状況や企業活動から見ても、一般就労をベストとするのは高度経済成長期の終身雇用へのあこがれで、健全者はもとより、障害者はなおさら企業だけに雇用の確保を求めるのは問題があると思うのです。
 もともと「働きたい」と願う障害者の現実とは程遠い障害者雇用率1.8%すら達成されたことがないのは、障害者を雇用することが本音では「重荷」と考える一般企業、一般の労働市場のあり方に問題があるといわざるを得ません。

 それならば一般企業への就労が困難な障害者が参加し、自分たちで事業を起こし、独自市場を開拓してきた豊能障害者労働センターの活動は、一般の会社とはちがう「もうひとつの企業体」として再評価されるに値するのではないかとわたしたちは考えました。
 障害者が運営に参加し、経営をになう豊能障害者労働センターの活動は単に一般の会社のような雇用の場とは言い難いですし、所得のともなわない福祉授産施設や、民間の福祉作業所ともちがい、むしろ最近日本でも注目されるようになったソーシャルビジネス(社会的企業、市民事業)と考える方がわかりやすいのではないかと思っています。
 ソーシャルビジネス(社会的企業、市民事業)とは、地域や社会の課題を市民で解決していく事業で、かつてサッチャー政権の時、福祉サービスを大幅にカットしたイギリスなどから生まれたといわれています。いまもっとも多いソーシャルビジネスはNPO団体が行政の委託や介護保険制度のもとで福祉サービスを提供するケースです。

わたしたちのソーシャルビジネス(社会的企業、市民事業)は

 介護派遣事業は介護派遣を必要とする障害者や高齢者の利用による福祉事業費、すなわち福祉財源に依存する福祉サービス事業です。
 障害者にかかわるさまざまな制度や活動は、最近の介護派遣事業にいたるまで、障害者は福祉サービスの利用者であり、消費者になります。
 もちろん当事者団体の事業者の場合は障害者が事業をになっているのですが、介護派遣事業にたずさわる障害者は全体としてはそんなに多くはないとわたしたちは思いますし、あくまでもその事業がなりたつのは、そのサービスを利用する障害者がいるからです。
 ではサービスを提供される側、利用する側の障害者たちはどうしているでしょう。一般企業に働いているひともいるでしょうが、ほとんどの障害者は在宅か福祉施設や福祉作業所に通っているひとがほとんどではないでしょうか。そして、そこでもまた、障害者は利用者であり、消費者なのです。
 わたしたちが進めるソーシャルビジネスは障害者に商品やサービスが提供されるのではなく、障害者が商品やサービスを提供する事業です。
 障害者がその運営をにない、独自の商品を開発し、市場を開拓して販売し、障害者の就労の場をつくりだすのです。したがって一般企業では人件費はコストですが、わたしたちにとっては障害者の就労者数と人件費こそが経営成果なのです。

 どんな形であれ、障害者が市民として暮らしていくには、福祉・社会保障のもとで一定の公的な助成が必要です。ただ、そのお金を障害者が利用し、消費するだけの福祉サービスとしてのみ運用するのではなく、障害者自身が社会の担い手として財やサービスを提供することができるための雇用政策への投資として運用することも必要なのではないでしょうか。
 障害者に対する福祉政策がただ消費するだけとして立てられることは、障害者の社会的な参加を著しく損なうことなのです。障害者もまた、この社会のあたりまえの市民として生きる権利があるだけではなく、社会を担う市民としての責務もまた負うべきですし、また負うことができるのです。
 一般企業への就労をはばまれ、福祉サービスの利用者として位置付けられる障害当事者の自主運営型や参加型のソーシャルビジネスが生まれ、育つことがもとめられます。

恋する経済
障害者参加型ソーシャルビジネスは、経済システムの変革を担う

 1981年代のアメリカにおけるレーガノミクスといわれる構造改革は、規制緩和、公共部門の民営化、企業と高額所得者に対する所得税の減税 、福祉の削減など、いわゆる大きな政府から小さな政府への転換でした。
 その結果、たしかにアメリカ経済は奇跡の回復をとげました。しかしながらその回復はアメリカ国内においても世界においても、少数の「勝ち組」と、多数の「負け組」をつくったこともまた事実なのだと思います。
 アメリカを中心にした市場原理主義に基づく経済のグローバル化は、世界の貧困をより深刻なものにしたと言われています。その矛盾が、2001年9月11日の痛ましい事件を生んだ一つの要因だとも言われます。
日本もまた20年遅れで小泉政権のもとバブル以後の不況を克服する道として市場原理主義にもとづく政策に基づく規制緩和、公共部門の民営化、銀行の再編が進められました。
 企業にも個人にも自己責任を求め、政府の介入を減らす「小さな政府」政策による成果として経済の回復と成長、社会の活力の回復が叫ばれました。
 しかしながら格差の拡大が問題となり、リーマンショックに象徴される金融危機により、30年あまり続いた市場原理主義の終焉とその後の新しい道が見つからないまま今に至っています。

 わたしたちは小さな政府に反対なのではありません。福祉国家が大きな政府だと言われますが、簡単に福祉の充実が大きな政府で、福祉の削減が小さな政府だと言えないと思います。
 どちらにしても、福祉予算は「かわいそうなひと」、「社会の一員としての役割をになえないひと」への保護として考えられていることは同じだと思うのです。
 わたしたちはかねてより、障害者を「かわいそうなひと」、「社会の一員としての役割をになえないひと」と考える社会に異議申し立てをしてきました。
 障害者を「かわいそうなひと」「社会の一員としての役割をになえないひと」ととらえる社会こそが変わらなければならないと、わたしたちは考えるのです。
 保護することではなく、社会の一員として参加することを保障し、さまざまな個性や文化を持ったひとびとが共にになう経済システム、障害者を結局は閉じ込めてしまうために費やされる福祉政策から、真に障害者が参加し、共に働き、共に生きるための政策をわたしたちは提案します。

 国内でも世界でも、一部の「勝ち組」と多くの「負け組」に別れていく経済ではなく、ひととひとが助け合うために商品やサービスを提供、利用する仕組みをつくりだせないのでしょうか。
 ひとからひとへ、手のぬくもりとつながる心を届けあう「顔の見える経済」をつくりだせないのでしょうか。
 一秒単位でお金を動かすグローバルよりも、時と場所が変わっても、ひとつの空をみつめる人々とどうつながっていくのかを考え、小さな実行が積み重なるグローバルな仕組みをつくりだせないのでしょうか。
 GDPでは測れない、夢や生きがいやしあわせを測る経済指標を持つことは見果てぬ夢なのでしょうか。

 もしそれが見果てぬ夢ならば、人間の歴史はその夢によってこそつくられてきたのだと、わたしたちは思うのです。

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