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恋する経済&障害者市民事業ネットワーク
する経済
共に生きるすべてのひとの希望をたがやすために
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阪神淡路大震災とわたしたち NO.1
共に生きるすべてのひとの希望をたがやすために
豊能障害者労働センター機関紙「積木」96号救援金よびかけ文

1995年1月

ブログ・恋する経済
被災障害者支援Tシャツ
きぼうのガッツくんTシャツ
箕面市障害者雇用制度と豊能障害者労働センターが朝日新聞に紹介されました。2011/6/27
阪神淡路大震災とわたしたち
NO.2 1995年1月17日朝
NO.3 新谷のり子さんのこと
NO.4 救援バザー
共に生きる勇気が平和をつくる
NO.1 アフガニスタンの子どもたち
NO.2 同じ空の下で
NO.3 平和にキス
NO.4 ひとは武器を持つこともできるが、鍬を持つこともできる
NO.5 イマジンとガンジーの糸車
NO.6 夢の力を信じて、鳥は飛ぶ
NO.7 21せいきのしつもん
世界がすべて沈黙してしまう夜
小島良喜とイラク戦争と武満徹
忌野清志郎さんと「イマジン」と平和を願う大バザーと
共に生きるすべてのひとの
希望をたがやすために
2011年みんなでつくる春のバザー
1996年おもいっきりバザーを
終えて
2004年平和を願う大バザーの
よびかけ
カレンダー
「やさしいちきゅうものがたり」
豊能障害者労働センター
30年ストーリー
みんなでつくる春のバザー
平和を願うメッセージ
ゆめ風基金とわたしたち
永六輔・山田太一・筑紫哲也
恋する経済のススメ
エッセイ&制度
1947年の手紙
「積木」編集分室


 兵庫県南部地震で被災されたすべての市民のみなさん、心からお見舞いもうしあげます。

 亡くなられた方々とその家族のみなさん、友人のみなさん、また、家屋や家財の被害を受けられ、避難生活をされているみなさん。
 直接の被害を受けられ、困難な状況に追い込まれている兵庫県のみなさんだけでなく、わたしたちもふくめて何がしかの被害を受けられた方々は全国、いや海外在住の方々にもおよぶことと思います。
 わたしたちも、また箕面市内の友人グループもスタッフ全員が無事でしたが、それでも被災地に住んでいるスタッフは家が傾いたり家財がこわれ、今なおガス、水道が復旧せず、電車を乗り継いで通っています。
 わたしたちのことを心配していただき、遠方から電話、はがきで連絡をしていただいたたくさんの方々、ほんとうにありがとうございました。
 なかでも、直接被害を受けられた神戸の方々から「労働センターは大丈夫か」とお手紙をいただいた時には、ご自身がたいへんな状況にありながらわたしたちのことを心配してくださることに心苦しくも、ありがとうという思いがわたしたちの心をせつなくつき動かしました。

 この機関紙「積木」の読者の方で、被害にあわれた地域の方々は1300人ほどおられます。もう何年も前からカレンダーを購入してくださっている方々です。悲惨な光景がテレビに映されるたびに心配で、でも直接電話をかけるのも恐くて、年頭号はとりあえず郵送をひかえました。
 この手紙がお手元に届くことを願っています。
 いつもわたしたちを応援しつづけてくださるみなさんに、何もできないわたしたちをお許しください。
 そして大変な状況のさなかにお手紙を出す非礼をお許しください。

 わたしたちは兵庫県に、たくさんの障害者と障害者団体の友人を持っています。現地のさまざまなグループが障害者の安否の確認と復旧にむけて活動を開始し、切れかかる糸をまたつなぎながら、全国の仲間にきめ細かい情報を送りつづけました。
 わたしたちはテレビや新聞では決して知ることができない兵庫の障害者たちの生々しい情報にかじりつきました。
 亡くなった人。家族が亡くなった人。家がこわれ、仲間の助けで脱出し、避難生活をしている人。障害者作業所や自立生活の拠点、共同生活をしながら自立生活をつづけていたグループホーム、パン製造、印刷、お店など、それぞれの障害者の生きる場、働く場の建物、設備がつぶれ、それぞれの障害者が心を寄せ、つながりながら活動していた場所が大きな被害を受けているという情報が、次から次へと届きました。

 直接の被害を受けた兵庫の仲間の体験と現状、これから続く長い長い困難な道のりを考えると、からくも被害をまぬがれたわたしたちが「救援しよう」と行動を起こしても、彼らの心と体を今も走る「ほんとう」の気持ちにたどりつくことはできないかも知れません。
 でも、この地震によって引き起こされた兵庫の障害者のすべての困難、すべてのできごとは近接するわたしたちのみならず、全国のすべての障害者のこれからの人生に困難な道のりを用意することだけはまちがいありません。
 それとたたかうために、がれきと混乱の中で自分自身が困難な状況にありながらも立ち上がろうとする兵庫の仲間とつながっていきたい。
 そんな思いにかりたてられたわたしたちは、全国障害者解放運動連絡会議(全障連)、差別とたたかう共同体全国連合(共同連)、障害者労働センター連絡会(DWC)、国際障害者を機に「障害」者の自立と完全参加を求める連絡会議(国障年大阪)、おおさか行動する障害者応援センター他の障害者団体、人権団体と個人があつまり作られた「障害者救援本部」に参加し、力不足を押して救援物資のターミナルを引き受けさせていただきました。

 障害のあるひともお年寄りも、だれもが暮らしやすい街。
 障害のあるひともないひとも、ともに生きる街。
 障害者がかけがえのない個性を持った市民として生きることができる街。
 わたしたちは、さまざまな問いかけとたくさんの言葉で、障害者の生きる場、働く場をつくり、つづけてきました。
 しかしながら、こんなに遠くに来たはずなのに、なしえたことがあまりにも小さいことに愕然とします。
 光を放ち、夢を紡ぐ「にんげん」にたどりつくにはあまりにも遠い地平を、かすかな声と見えかくれする道しるべをたよりにした、ほんとうに細々とした足跡なのです。

 一人暮らしをしようとするとなかなか家を貸してもらえない。
 生活をサポートする福祉サービスもほとんどなく、友人がたよりの綱渡りの生活。
 働こうとしても働く場がない。働いても、給料が少ないかほとんどない。それを補う所得もない。
 特別な教育が必要と言われて友だちといっしょに学校に行けない。
 障害があるからと、最初から狭いかぎられた場所と環境に追いやられ、年を重ねるほどますます狭く小さくなっていく。
 障害があるからと、生活の支えを家族にゆだね、家族に何かが起きてその支えがなくなると、本人の気持ちとは関係なく身を寄せる場所が変わっていく、まるで荷物のように。
 街に出ようとすると、スロープもない、点字ブロックもどこかで切れてしまう。
電車にも、バスにも安心して乗れない。

 障害があるということは、こんなに理不尽な仕打ちをこの豊かな市民社会から受けることなのか。
 ひとが幸せであるかないかはそれぞれの個人の感じ方によるだろう。しかし、これほどまでにひとりの人間の「幸せになる権利」が奪われたこの国はこの社会は豊かと言えるのでしょうか。
 わたしたちのはるか以前に生き、たたかったひとたち、わたしたちとわたしたちを応援してくれるたくさんの市民のみなさんの流した汗、流した涙で積み重ねた重い時をもってしてもまだ、障害者がほんとうに市民であったことはありません。
 今度の地震が「もっと時間があれば」という思いを一気に押し流し、細々とであってもひた走る中でなんとかつくり出してきた「共に生きる」道が見えない力でつぶれてしまう危機感を、わたしたちは持っています。
 家族に支えられることでかろうじて地域で生きてきた障害者が施設に入所するだけにとどまらず、自立生活をつづけてきた人が、長期にわたって親元にもどらざるをえない場合もおこりえるかも知れません。

 やさしい街、やさしい地域福祉をどんなに叫んでいても、家族単位でしか考えない「安上がりの福祉」がつづく限り、これから兵庫の各地ではじまる復興の道筋で、障害者と介護を要する老人の多くがはねのけられても不思議ではありません。
 現に被災地のある市では、自立生活をしていた障害者が避難している場所に、地震から2週間以上も過ぎてはじめてやってきた生活保護の担当の職員が、本人の家を見もしないで「家がこわれている場所だから住宅手当を打ち切る」と通達するなど、考えられないことが起こっています。

 個々の障害者の安否確認から家庭訪問や相談をはじめたり、地域の住民も対象にした炊き出し、大きな避難所からはなれざるをえないお年寄りなどに救援物資を届けたりと、兵庫の障害者団体の活動はこの危機と立ち向かう「再生の中に共生を」という新しくもせっぱつまった提案に他なりません。
 わたしたちがそうであるように、兵庫の各地の障害者もまた自分の住む街と格闘しつつ、神戸を、芦屋を、西宮を、尼崎を、自分の住む街を愛しているのです。わたしたちは、かれらの活動に敬意を表するとともに、かれらの思いをわたしたち自身の思いとして救援活動を続けたいと思います。

 日本中の多くの人が「なにかしなければ」と思い、困難な中にも生きる希望をたがやすすべての被災地のみなさんとともに、「にんげん」へのいとおしい道をつくるために。

 障害者の生きる場、働く場は、場所づくりから運営まで、たくさんの市民のみなさんにささえられ、かろうじて活動をつづけてきました。被災地のほとんどの拠点が大きな被害を受け、再建には途方もない資金を必要としています。
 全国のみなさん、どうか私たちのめざす道をともにつくり、ともに歩いていただけないでしょうか。

 この手紙をお読みくださった全国のみなさん、
 がれきの下からはじまる「ともに生きる街」を願い
 被災障害者とともに希望をたがやすために
 被災障害者救援活動に
 あなたの力をお貸しいただけないでしょうか。
 そして、被災障害者と私たちの思いを
 おともだちに伝えていただけないでしょうか。

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