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共に生きる勇気が平和をつくるNO.2
同じ空の下で
                            
2001年10月
ブログ・恋する経済
被災障害者支援Tシャツ
きぼうのガッツくんTシャツ
箕面市障害者雇用制度と豊能障害者労働センターが朝日新聞に紹介されました。2011/6/27
阪神淡路大震災とわたしたち
NO.2 1995年1月17日朝
NO.3 新谷のり子さんのこと
NO.4 救援バザー
共に生きる勇気が平和をつくる
NO.1 アフガニスタンの子どもたち
NO.2 同じ空の下で
NO.3 平和にキス
NO.4 ひとは武器を持つこともできるが、鍬を持つこともできる
NO.5 イマジンとガンジーの糸車
NO.6 夢の力を信じて、鳥は飛ぶ
NO.7 21せいきのしつもん
世界がすべて沈黙してしまう夜
小島良喜とイラク戦争と武満徹
忌野清志郎さんと「イマジン」と平和を願う大バザーと
共に生きるすべてのひとの
希望をたがやすために
2011年みんなでつくる春のバザー
1996年おもいっきりバザーを
終えて
2004年平和を願う大バザーの
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30年ストーリー
みんなでつくる春のバザー
平和を願うメッセージ
ゆめ風基金とわたしたち
永六輔・山田太一・筑紫哲也
恋する経済のススメ
エッセイ&制度
1947年の手紙
「積木」編集分室


「共に生きる」ために今、本当に必要なことは何でしょうか。
               
豊能障害者労働センタースタッフ 田岡 ひろみ

 米同時多発テロ事件を発端に、アメリカのアフガン攻撃が始まりました。民間旅客機を乗っ取り、何の罪もない数千人の人々の命を瞬時にして奪ったテロは絶対に許せない行為です。
 しかし、果たして武力行使によって、テロは撲滅するでしょうか。現にアメリカでは、そのことによって、新たなテロの恐怖にさらされ、経済的にもさまざまな分野で悪影響がでてきています。
 犯罪者は法によって裁かれるべきであり、「正義」の名のもとに軍事力を行使して民間人の犠牲を払ってまで攻撃することは決して問題解決にはつながらないと思います。
 また、残虐なテロを生んだ背景には、どうしようもない貧困と教育・医療の不足、長く続く難民生活があり、そのような状況に目を向けず、自国の利益のために武器の輸出を続けてきた大国をはじめ、国際社会は、これまでの無責任を省みる時が来ているのではないでしょうか。
 世界中の人が等しく人間として尊重され、「共に生きる」ために今、本当に必要なことは何でしょうか。

 アフガニスタンは、3年続きの干ばつで、こどもたちは蚊やハエが群がる水たまりの水を飲んで病気になり、多くの人が飢えと渇きに苦しみ、過酷な冬を越せずに死んでいく人も後を絶ちません。
 地雷によって多くの人が手や足を失い、「障害者」となっています。ますます激化する内戦に加え、誤爆で命を失った人もいます。

 必要なのは、武器ではなく、難民が難民でなくなり人間としてあたりまえの生活ができるための支援です。
 ただ、いくらお金を出しても、食料や医薬品を送り込んでも、安易な支援は、逆に難民を増やしてしまう可能性があります。現地でアフガニスタンの人々が、最終的には他国の支援を受けなくても自分たちの力で、生活を築いていけるような、地域に根づいた粘り強い支援が必要なのだと考えます。 

 肌の色や宗教、文化、言葉が違っても同じ空の下で世界中のひとはつながっています。「遠い国のできごと」ではなく、自分たちのこととしてしっかりと受けとめ、考え、行動したいと思っています。


アフガニスタンのこどもたち、ぼくはあなたたちの顔を知らない
                                  
細谷 常彦

 9月11日の夜、ぼくはいつものように市民酒場「えんだいや」にいた。音のないテレビのブラウン管に、細長いビルの側面からあふれる煙が見えた。
 大変な事故が起こったと思った。それから一時間ぐらいして、それがテロであることを知った。
 アメリカはそれをテロではなく「戦争」と呼んだ。そして、「正義の戦争」を宣言し、ぼくたちに、テロの側につくのか正義の側につくのかをせまった。

 ぼくはアフガニスタンのことをほとんど知らない。阪神淡路大震災の時にテレビにうつった風景と、被災地に立った時の風景がまったくちがったように、テレビにうつるアフガニスタンの風景とひとびとのくらしを垣間見たただけでは、ほんとうのすがたはわかるはずがないのだ。
 アフガニスタンのこどもたちのひとみと、それを酒場でみているぼくのひとみの間には、とてつもない距離が横たわっている。

 ぼくたちはこの日本で、この箕面の街で「しあわせになる」ために活動をつづけてきた。障害者がほんとうに一人の市民として暮らしていくことは難しい。
 しかしながら、19年前にくらべればたしかにほんの少し「豊か」になっているのだと思う。
 ぼくたちのほんの少しの「豊かさ」はぼくたちが「がんばってきた」からかも知れない。
 けれども、その一方で日本の経済システムの中にいるぼくたちのほんの少しの「豊かさ」が、アフガニスタンのこどもたちの飢えをつくったのではないと言い切れるのだろうか。
 あのこどもたちのかなしみと恨みにあふれたひとみが、ぼくたちにも向けられていないと言えるのだろうか。それが、ぼくの感じたとてつもない距離だった。

 それを承知で、ぼくたちはアフガニスタン難民支援金を送ることを決めた。ぼくたちはついこの間運営に行き詰まり、「積木」読者の方々に応援金をお願いしたばかりだ。
 いまも決して楽ではない。読者の方々から「そんなに余裕があるの?」と、お叱りを受けることを承知している。
 けれども、お許しいただきたい。どの大地の上でもどの空の下にいても、すべての子どもたちがわくわくするはずの明日を恐れないですむように、ぼくたちはささやかな行動を起こしたいと切実に思った。

 それはそのまま、日本の村や町で、この箕面の地でだれもが自分らしく生きていくことを夢みるぼくたちの活動そのものだから……。
 そして、アフガニスタンのこどもたちへ、ただ、生きていてほしい。その思いをお金にかえることしかできないくやしさをかみしめ……。

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