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夢かも知れない、でもその夢をみてるのは
忌野清志郎さんと「イマジン」と平和を願う大バザーと

2009年 細谷常彦

ブログ・恋する経済
被災障害者支援Tシャツ
きぼうのガッツくんTシャツ
箕面市障害者雇用制度と豊能障害者労働センターが朝日新聞に紹介されました。2011/6/27
阪神淡路大震災とわたしたち
NO.2 1995年1月17日朝
NO.3 新谷のり子さんのこと
NO.4 救援バザー
共に生きる勇気が平和をつくる
NO.1 アフガニスタンの子どもたち
NO.2 同じ空の下で
NO.3 平和にキス
NO.4 ひとは武器を持つこともできるが、鍬を持つこともできる
NO.5 イマジンとガンジーの糸車
NO.6 夢の力を信じて、鳥は飛ぶ
NO.7 21せいきのしつもん
世界がすべて沈黙してしまう夜
小島良喜とイラク戦争と武満徹
忌野清志郎さんと「イマジン」と平和を願う大バザーと
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2011年みんなでつくる春のバザー
1996年おもいっきりバザーを
終えて
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平和を願うメッセージ
ゆめ風基金とわたしたち
永六輔・山田太一・筑紫哲也
恋する経済のススメ
エッセイ&制度
1947年の手紙
「積木」編集分室


 忌野清志郎さん、あなたは逝ってしまった…。ぼくたちはあなたが大好きでした。
 5月9日、あの日ぼくたちが見上げた空はあなたの歌が鳴り響く青山葬儀場の空へとつながっていました。
 いま、あなたの「イマジン」を聴きながら届かぬ手紙を書いています。

ただ空があるだけ

1995年1月17日、6400人をこえる命を奪い、神戸・阪神地区を壊滅させた阪神大震災…。
 その日の朝、余震がつづく事務所にぼくたちは真っ青な顔で集まりました。「神戸の障害者はどうなってるんやろ」。まだ何の情報もないけれどぼくたちに想像できない悲惨で困難な状況になっているはずの被災地を思うと、胸が痛くなりました。
 「救援バザーをしよう」と、誰かがポツリと言いました。やがて全国的な救援組織「障害者救援本部」が結成され、豊能障害者労働センターもその活動に参加し、救援物資のターミナルを引き受けることになりました。
 今すぐ必要な物は被災地に届ける一方で、機関紙「積木」特別号を発行し、読者のみなさんに基金とバザー用品の提供をお願いしました。 

 それから約2ヶ月の間、毎朝プレハブの事務所は全国から届けられる救援物資とバザー用品で一杯になりました。
 中でもおどろいたのは、被災地から多くのバザー用品が送られてきたことでした。「あの朝、使わんものが棚からいっぱい落ちてきました。もういのちだけでけっこうや。ここではバザーもまだでけへんやろから、そちらで金に換えて被災した障害者のために使うてな。わたしらがこんなに困ってるんやから、障害者は大変やと思う」。
 みんなで読んで、泣きました。見上げるとぼくたちの上には、被災地へとつながる空がありました。

3月18日、この日は雨がちらちらするあいにくの天気でしたが、新谷のり子さんも応援にかけつけてくださり、また総勢100人のボランティアの方々に助けられ、救援バザーは大盛況に終わりました。そしてバザーの売上400万円と「積木」読者のみなさんからの基金600万円とあわせた1000万円を障害者救援本部に届けることができました。
 救援バザーは大切なことをぼくたちに教えてくれました。長い間ぼくたちは時代に取り残されまいと必死にしがみついてきましたが、ひとはシンプルに助け合う勇気を持ち合わせているのだと思いました。
 そして、時代が経済が政治がスピードを求めれば求めるほど、時には激しい叫びとして、時には切ない歌として、時にはゆるやかな風として、時には立ち止まる夢として、だれかに手を差し伸べたり、だれかの力を借りたりできることこそ豊かなことなのだと、ぼくたちは学んだのでした。

夢かも知れない、でもその夢をみてるのは

 だれもが平和を願った21世紀は、2001年9月11日のテロ、2003年のイラク戦争という、血塗られた一ページで始まってしまいました。いろいろな民族、文化、個性が助け合い、共に生きる社会。世界のどこで生まれても「幸せになる権利」を子どもたちに手渡せる社会。
 理想といわれても夢といわれても、そんな夢みる社会への希望を耕さなければならないと思いました。「共に生きること」はとても勇気のいることで、でもその勇気を持てばぼくたち人間は武力から解放される…。
 2003年から豊能障害者労働センターは春のバザーを「平和を願う大バザー」とし、売上金の一部を信頼できるNGOにたくしてきました。
 バザーはだれもが参加できる庶民の助け合いだからこそ平和でなければできないだけでなく、平和をつくりだすための「共に生きる勇気」を育ててくれると信じています。

 忌野清志郎さん、いつからかぼくたちはバザーの準備をする時や何か困難に立ち向かおうとする時、あなたの「イマジン」を歌ってきました。
 1971年、ジョン・レノンが作ったこの歌はまたたくまに世界中に届けられました。ガンジーからキング牧師へとつながる非暴力による独立運動、公民権運動の果実は、キング牧師が暗殺された3年後に生まれた「イマジン」によって、平和を願う世界中の人々の心に届けられたのだと思います。
 そして忌野清志郎さん、あなたの心にも届くべくしてこの歌は届いたのですね。
 あなたは「イマジン」の中で、ジョン・レノンの「ぼくは夢想家だと思うかい」という呼びかけに「ちがう、きみは一人じゃない。」と応えました。そして、ぼくたちにもそのメッセージを送ってくれました。
 自分のいっしょうけんめいだけではどうすることもできない世界の紛争と死んでいく子どもたち、豊かといわれるこの社会で起こる悲しい事件をテレビや新聞で見ているだけのぼくたち。
 そして本来の活動である障害者の所得を生み出し、働く場を切り開き、自立へとつなげていくことの困難さからこのままでよいのかと身悶えるぼくたちに、夢みる勇気を捨てなければ「約束の地」がぼくたちを待っているのだとはげましてくれました。

 「夢かも知れない、でもその夢をみてるのはきみひとりじゃない。仲間がいるのさ」。
 ぼくたちに勇気をいっぱいくれた忌野清志郎さん、ほんとうにありがとう。
 これからはあなたの「イマジン」をぼくたちの「イマジン」として歌い継いでいこうと思います。

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