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制度の前に人のつながりがあり、生活がある
シンポジウムの報告と、埼玉で出会った人たちのこと
豊能障害者労働センター機関紙「積木」NO.223 2011年2月10日発行
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箕面市障害者雇用制度と豊能障害者労働センターが朝日新聞に紹介されました。2011/6/27
シンポジウムの報告と、埼玉で出会った人たちのこと
田岡ひろみ・池田真由美
「積木」NO.223
豊能障害者労働センター
30年ストーリー
みんなでつくる春のバザー
平和を願うメッセージ
ゆめ風基金とわたしたち
永六輔・山田太一・筑紫哲也
恋する経済のススメ
エッセイ&制度
1947年の手紙
「積木」編集分室

豊能障害者労働センター

松井しのぶのホームページ
イラストレーター・松井しのぶさんのステキなイラストと言葉に出会えます。
特定非営利活動法人
ゆめ風基金
阪神淡路大震災を機に国内外の数多くの自然災害の被災障害者への救援・支援をつづけてきた。

 田岡ひろみ


●「共に働く街を創るつどい2010」に参加して

 昨年12月19日(日)、埼玉のNPO法人「障害者の職場参加をすすめる会」主催の「共に働く街を創るつどい2010」に大阪からのパネラーとして、私と、池田真由美さんが参加させていただきました。

 今回のシンポジウムは、全国の障害者が働く先駆的事例を実際の制度につなげていくという調査・研究事業の一環で、その事例の一つに労働センターが選ばれました。

 シンポジウム当日、会場の埼玉県立大学には70〜80名程の方々が集まっておられ、盛況でした。テーマは「ごちゃごちゃと働いて街を変える〜制度改革に反映させたい各地の取組み」です。

 第一部では交流事業の中間報告等があり、第二部のパネル討論で私たちは報告をしました。パネラーとして、大阪から豊能障害者労働センター、東京からは「八王子ワークセンター」、埼玉からは、障がいのある人の仕事おこしの会「縁座の会」の報告がありました。その後、いくつかの点について、討議を行いました。

 豊能障害者労働センターの報告の中で、障害の有無にかかわらず共に運営を担い最低賃金を保障する「さいふはひとつの原則」を持ち続けているという話をしたところ、コーディネイターの朝日雅也さんがこれについてどう思うか、他のパネラーの方になげかけました。
 パネラーの方からは、実際の事例として、健常者であるパートさんが障害者と共に働いていて、給料の格差がある時は、その関係性がうまくいっていたのに、給料を同じにしたとたん、関係が悪くなったという事例が出されました。
 また、障害者年金と給料をあわせたら健常者より額が高くなってしまう場合があるということが起こり、問題になったという実例も出ました。
 これらの問題は、「共に働く」ことを制度化する上で、重要な点だと思います。豊能障害者労働センターの「さいふはひとつの原則」とは、何がどれだけできるかを問わず、それぞれができることを担って生活できるだけの給料を分け合うということです。
 「対等に」ということは同じ額の給料を分けるのでなく、その人が生活するために必要な額を分け合うということです。そのため、障害者年金の有無、扶養家族の有無、自立生活しているかどうか等によって給料は異なります。
 一般の会社等で障害のある人と「健常者」が一緒に仕事をする場合は上記のような問題は実際よくあり、豊能障害者労働センターで働くスタッフの中にも、以前の職場での人間関係でしんどくなって辞めざるを得なかった人が何人かおられます。
 前述のように「共に働く」概念を職場で共有し、それぞれの役割を認め合いながら仕事をすすめることが、一般的な企業、事業所においても不可欠なのだと思います。

 また、障害者年金とあわせたら障害者の方が「健常者」より収入が高くなってしまうという問題は、「さいふはひとつの原則」によってある程度バランスをとることができます。
 しかしながら、年金、生活保護等の社会保障と労働の関係はこれからの社会の大きな課題として考えていく必要があります。

 シンポジウム最後に越谷市長あてに書かれた「障害者の職場参加をすすめる会」からの「提言書」が読み上げられました。
 その中で「障害の有無に関わらず分け隔てられることのないインクルーシブな社会は、社会総体のありかたにかかわることであり、〜中略〜障害のない人が育ち方、働き方、暮らし方を見直すきっかけをつくり、深めるような施策が問われています。」ということが述べられました。
 私たちも常にその視点を念頭において箕面市の社会的雇用をアピールしていく必要があると思います。

●埼玉障害者市民ネットワーク 野島さんにお会いして

 今回の埼玉行きは、前泊させていただいたので、春日部市障害者生活支援センター「えん」の吉田さんに連絡し、前日にいろいろと障害者運動の拠点を見学させていただきました。
 埼玉障害者市民ネットワークの大坂さん(名刺の表は「レッズ優勝春日部委員会委員長」)という男性が車を運転し、吉田さんと共にほぼ半日かけていろいろな人を紹介してくださいました。その中で印象に残ったことをお伝えします。

 埼玉に行く前から、埼玉と言えば野島久美子さんということが頭に浮かんでいました。私が労働センターに入った頃から「カレンダーをたくさん購入して売ってくださる人」として通信販売チームの中では有名な人でした。
 私は、勝手に今回行ってもきっとお会いできないだろうと思っていました。なぜならカレンダーのことで電話をしても昼間に家に居られたことがなく、なかなかつかまらない人だったからです。
 ところが大坂さんの案内で野島さんのお宅を訪問した際、たまたま家におられ、突然の訪問にもかかわらず穏やかに私たちを迎えてくださったのです。
 恥ずかしいことに今回、お会いするまで私の中には、野島さんが障害をお持ちであるという認識はなく、障害者運動をバリバリこなして走り回っておられるイメージを持っていました。
 野島さんは、団地の一階でヘルパーを利用して暮らしておられ、車いすに腰かけて静かにビデオを見ておられました。

 私の目にまず飛び込んできたのは、雑然としたテーブルの上に置かれた「積木」の最新号でした。
 名刺交換の後、野島さんは、その「積木」を指差し、池田さんに「これに載ってましたね。」とにっこり笑っておっしゃいました。その通り、池田さんは「お店からのありがとう」のコーナーで「ゆっくり」のお店のことを書き、写真付きで登場していました。
 それにしても積木は届いたばかりのはず。私は「すごい!」と驚くと同時に4時間以上かかってたどりついた埼玉の地で「ああ、つながってる!」ということを心から実感できた瞬間でした。

 大坂さんは私たちを案内してくださるにあたり、インターネットからプリントアウトして貼り合わせて作った団地周辺の地図を机の上に広げ、ピンクの蛍光ペンでマークされた箇所について、一つひとつ丁寧に事前学習として説明をしてくださいました。
 マークされた場所は障害者運動の拠点でもあり、障害者市民事業ネットワークのカレンダーの協力会員としてカレンダーを販売しておられるところも何箇所かありました。そしてその時、大坂さんが私たちに誇らしげに語られた言葉が、私の脳裏から離れません。

「僕らはね、このカレンダーを売ることが目的ではないんです。このカレンダーを通じて、人と人とのつながりを作っていってるんですよ。」
 私は大きくうなずきながら、これはまさしく障害者市民事業ネットワークの意図するところであり、私たちの思いがこんなふうに広がっていっていることに心底、感動したのです。
 お話によると団地内の公園に車いすで障害のある人が行き、ござを敷いて、その上にカレンダーを並べていると「団地のおばちゃん」たちが買っていってくれるとのこと。野島さんもシンポジウム当日にしっかりカレンダーを持参し、毎年買ってくださっている方々に販売されていました。
 障害者市民事業ネットワークカレンダーの製造元である私たち豊能障害者労働センターのスタッフひとり一人が、果たしてこういう地道な努力を忘れていないか、どこかマンネリで惰性に流されていないか、今回出会った埼玉の方々(紙面に登場していないかたも多数)とお話するたびに、身の引きしまる思いがしました。
 新しい年を迎え、一ページめのカレンダーを見つめて初心に返らなければと思っています。
 今年もよろしくお願いします。


はじめてのさいたま
                                   池田真由美

 12月18日(土)12月19(日)さいたましごといきました。しんかんせんいきました。リサイクルのおみせ「ぶあく」いきました。たくさんけんがくいきました。よるホテルちかくごはんたべました。おいしかったです。
 12月19(日)さいたまだいがく、80人あつまりました。わたしゆっくり(お店・編集部注)しごとのほうこくしました。ゆっくりおむつねつけ、おかし、おむつはいたつのことドキドキしました。がんばりました。ひるおべんとうおいしいです。よるしんかんせんおおさかかえりました。さいたまたのしかったです。

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