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障害者労働センター連絡会とは

 
障害者労働センター連絡会は1982年、大阪を中心に障害者の生活と労働の場をつくりだそうと活動を始めた障害者団体が集まり、結成されました。当時は今にまして障害者の生活、労働、教育、交通など、障害者が生きていくための制度も貧困でした。
 行政への働きかけは主に市町村レベルで会員団体が独自に進め、その情報を交換することで各地の障害者運動をサポートすることをめざしました。一方で粉せっけんの共同販売からはじまり、連絡会の大事業になったカレンダーの制作販売を通じて就労をはばまれる障害者の所得をつくりだそうと考えたのでした。

 障害者労働センター連絡会が広く世の中に知られることになったカレンダーの制作販売は当初5000部から始まりましたが、全国に協力団体をひろげ、筑紫哲也さんがニュース23の多事総論でとりあげてくださった1997年には55000部を販売するまでになりました。
 またこの年には大阪市内に事務所を借り、障害者労働センターの事務局として、大阪市内在住の障害者を中心にした作業所「由目本社(後にゆめ本社と改名)」を設立しました。
カレンダーの製作販売は全国の障害者団体の設立・運営を助けただけでなく、1995年の阪神大震災の時には、カレンダー販売のネットワークが被災障害者支援にひとつの役割を果たしました。

 しかしながらその後は福祉制度など障害者をとりまく状況が大きく変化し、今まで未分化だった障害者の拠点は福祉法人の施設や、障害者の生活をサポートする介護派遣事業所へと運営のあり方がよくも悪くも整備され、国の予算を運営資金とするようになりました。
 その流れの中で、自主事業をすすめて収益を生み出し、障害者の所得をつくりだす活動を進めようとする障害者労働センター連絡会の求心力は大きく低下していったのでした。

 2003年10月、カレンダーのイラストを描いてくれた吉田たろうさんが亡くなったことから翌2004年5月14日、障害者労働センター連絡会は、解散しました。
 障害者労働センター連絡会の解散にともない、事務局をになってきたゆめ本社は障害者労働センター連絡会の活動を引き継ぎましたが、そのゆめ本社も2009年3月に解散しました。

 豊能障害者労働センターは障害者労働センター連絡会の会員として1997年には55000部のうち32000部を販売するなど、カレンダーの政策販売を牽引してきた関係で障害者労働センター連絡会とゆめ本社の跡を引き継ぎ、松井しのぶさんのイラストによるカレンダー「やさしいちきゅうものがたり」の製作を担っています。

ブログ・恋する経済
恋する経済オリジナルTシャツ
箕面市障害者雇用制度と豊能障害者労働センターが朝日新聞に紹介されました。2011/6/27
カレンダー「季節のモムたち」
追悼・吉田たろう 2005年総集編
吉田たろうさん、ありがとう
こんなにも深く子どもを愛し、小さないのちを愛し、平和な世界を願ったひとりのイラストレーターがたしかにいた。
吉田たろうさんについて
障害者労働センター連絡会
(DWC)とは
障害者労働センター連絡会
(DWC)の歴史
障害者労働センター連絡会
(DWC)の解散によせて
松井しのぶさんとの出会い
わたしたちは新しくイラストを描いてくださる方を探しつづけました。そして幸運にも松井しのぶさんと出会い、ご協力いただけることになりました。
松井しのぶさんプロフィール
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