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障害者労働センター連絡会(DWC)製作
カレンダー「季節のモムたち」
illustration 吉田たろう


ななつの海をとおりすぎてきたモムたちよ
ゆくえふめいの風景と、こどもたちのもつれた地平線を
届けるために帰ってきたのか

ななつの海をしなやからつらぬいた自由の風が
このほしに住むひとびとの心を染めるために
どんなたんじょうとどんな死が用意されていたのか
どんな愛とどんな決意がおまえたちの行き先をてらしたのか

はる、土の楽器がこのほしをふるわせ
なつ、光のくわがこのほしをたがやし
あき、風の声がこのほしをよび
ふゆ、氷の糸がこりのほしをぬいとめ

そして、モムたちよ
このほしをほんやくすることなどないことを
つたえるために、もういちどおまえたちの旅ははじまる

 「年末の運営資金をつくるために、カレンダーをつくりたいんです。」
 1984年のことでした。障害者の生きる場づくりをすすめる団体が集まり、障害者市民運動を切り開いてこられた大先輩である牧口一二さんのデザイン事務所に相談に行きました。

 障害があるということだけで働くこともできず、家族に生活の基盤をゆだね、いつ施設に入れられるかわかりません。身をかたくし、心をちぢませている障害者の現実は今以上に切実なものでした。
 夢も希望も世界の果てまで広がっていくのですが、それと反比例するようにわたしたちはまったくの貧乏で、いくら食べても夢と希望ではお腹がふくれないのでした。
 つたなくせつなく青臭く、わたしたちは牧口さんに訴えました。そしてその時牧口さんと一緒にお願いを聞いてくださっていた吉田たろうさんが、「ぼくが大切にしてきたキャラクターで、小さな妖精・モムを提供するよ」と申し出てくれたのでした。
 こうして、小さないのちのひとつひとつが大切にされることを願う吉田たろうさんと、だれもが生き生きとくらしていける社会を願うぼくたちの出会いから、カレンダー「季節のモムたち」は生まれました。
 それから20年間、吉田たろうさんは並々ならぬ情熱とやさしさで小さな妖精・モムたちを描きつづけてくださり、わたしたちもまた必死でカレンダーを販売してきました。最初5000部でそれでもたくさん売れ残ったカレンダーは、1997年には筑紫哲也さんがとりあげてくださったりして55000部を販売するまでになり、多くの団体がその収益で年を越すことができたのでした。

 2003年10月15日、吉田たろうさんの突然の死に、わたしたちは呆然としました。数年前から体調を崩されてはいたのですが、まさかこんなに早く亡くなられるとは思いもしませんでした。ほかのお仕事もいっぱいかかえながら、このカレンダーのイラストをライフワークとして一年かかって描き続けてくださった吉田たろうさんに、わたしたちは感謝の気持ちを伝えても伝えきれません。
 こんなにも深く子どもを愛し、小さないのちを愛し、平和な世界を願ったひとりのイラストレーターがたしかにいました。そして、彼が描くモムたちを愛してくださり、共に育ててくださった全国のたくさんの方々がたしかにいました。ぼくたちはそのことを決してわすれません。

 ここに吉田たろうさんへの感謝の気持ちを込めて、ごく一部ですがモムたちの世界をお伝えします。

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箕面市障害者雇用制度と豊能障害者労働センターが朝日新聞に紹介されました。2011/6/27
カレンダー「季節のモムたち」
追悼・吉田たろう 2005年総集編
吉田たろうさん、ありがとう
こんなにも深く子どもを愛し、小さないのちを愛し、平和な世界を願ったひとりのイラストレーターがたしかにいた。
吉田たろうさんについて
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松井しのぶさんとの出会い
わたしたちは新しくイラストを描いてくださる方を探しつづけました。そして幸運にも松井しのぶさんと出会い、ご協力いただけることになりました。
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