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 豊能障害者労働センター機関紙「積木」50号 1991年・念頭所感

夢、幻か、福祉の今。「積木」50号の鐘

1991年1月 河野秀忠

ブログ・恋する経済
恋する経済オリジナルTシャツ
箕面市障害者雇用制度と豊能障害者労働センターが朝日新聞に紹介されました。2011/6/27
story.NO.2
少年とその母親が市役所のガラスのドアをみつめていた。
story.NO.3
Yさんが、労働センタ−のかたむいた戸を開けた
story.NO.4
ボブ・マーレーは、あなたにこそ歌っていた。
story.NO.5
事務所の拡大移転
story.NO.6
山田太一さんも小室等さんも、桑名正博さんも小島良喜さんも。
story.NO.7
売り上げみんな被災地の障害者に持っていこ」
story.NO.8
平和を願う心が自立経済を生み出す活動につながることを、ガンジーが教えてくれた。
拡大移転基金500万円基金よびかけ文 河野秀忠
1990年・念頭所感 河野秀忠
1991年・念頭所感 河野秀忠
1992年・念頭所感 河野秀忠
15周年プラス・ワンパーティー・パンフレットより 河野秀忠
さよなら二十世紀
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平和を願うメッセージ
豊能障害者労働センター
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永六輔・山田太一・筑紫哲也
恋する経済のススメ
エッセイ&制度
1947年の手紙
「積木」編集分室


手書きから活字になったこと

 豊能障害者労働センター機関紙「積木」がセンター結成10周年を前に50号を数えることになった。
 のたりくたりと障害者市民と福祉情報の心の部分を伝えてきたつもりである。
 「仕事がない。ナイ。無い」と、センターの仲間にせかされ、つつかれ、たくさんの市民の「ア〜ア〜見てらンない」のお手伝いを支えに、発行作業が続けられた結果として、それはある。

 豊能障害者労働センターの伝統である「エエ加減さ」によって、幸か不幸か(多分、幸せなんだろうと想う。紙の捕虜にならないとてい意味で)、バックナンバーも満足に揃えることができないでいるが、二日酔いのカンカン頭の中の記憶をカキ回せば、実にイロイロな、言葉の幅を遥かに越えた事柄や事件が、幸せや府空の数を数えるこの指に引っ掛かるのだ。
 豊能障害者労働センターの旅たちは、「積木」読者のみなさんがヨークご存じのように、まことにお粗末なトコロからスタートした。もさろん、僕らにオカネがなかったという事情もあったが、障害者市民に対する。行政を始めとした、世間様の仕打ちと結果がね豊能障害者労働センターのエネルギィの全てだったし、それに「ツロク」して、「積木」も手書きのメッセージ・レターの衣としてセンターのメンバーと共にあった。

 それが今ではドーダ。活字の踊るメッセージ・ミニコミにまで成熟した。つまり、伝えられた膨大な中身のことはおくとしても、その軌跡に重なるように、時代を変化させてきた豊能障害者労働センターの営みのリキと、時代の変わり目にある実感が確かに僕たちと、応援してくれている「面識もない」読者にはあるのだといっても過言ではありますまい。

無地の荒野をゆくが如く

 大阪北部の小さな街で、障害者市民の生活と福祉の、つまり市民全体のこととしてのことをバトルしてきた。その先頭にはいつも「積木」があつた。 その後にも真ん中にも……。
 それが僕らの誇りであったし、これからもそうだと宣言してもいい。
 読者のみなさんも感じておられるだろう「福祉の時代的激動」の予感。今までは、障害者市民の労働をテーマに、無人の荒野を耕し、まだまだ不充分だけれど「障害者市民の労働選択肢」のエリアをネットワークすることができた。それは「ナニも無かった」からに過ぎないことだけれど。

 福祉関連法が大きく変化し、製作も地方自治体のあり方も、その行く末を計りかねて立ちつくすばかりだが、僕らには立ちつくすほどのヒマがない。
 「無地の荒野をゆくが如く」すすむだけだ。僕らは生きているのだ。老人も女性も、いうまでもなく障害者市民もである。差別が確かにあって、困っている市民がいて、これから困ってしまうであろう市民が群としていることを僕たちは、今までの「やり方」の中で知ってしまった。
 制度以前に生活と心があるのだと。仮に、ここに公的介護保障があれば、ヘルパーの義務ではない心からの笑顔と差し伸べられる手が権利としてあれば、こんなにツライ、情けない、ヤリクリ市民生活を続ける必要はテンからないのである。

 僕たちは、そのことを発言し続けようと考えている。寡黙は罪である。
 市民が市民の地域を回復し、「ひと」として生きるなら、モノをいうことから始めねばならない。
 「誰がために鐘はなるなりと問うなかれ」。
 「積木」は、あなたのために、僕のために、みんなのために、鐘を鳴らし続けるだろう。

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