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箕面市障害者雇用制度と豊能障害者労働センターが朝日新聞に紹介されました。2011/6/27
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阪神淡路大震災を機に国内外の数多くの自然災害の被災障害者への救援・支援をつづけてきた。

恋する経済 細谷常彦 


福祉制度の外は青空、新しい出発を

 豊能障害者労働センターが活動を始めた30年前に比べると福祉制度が進み、ホームヘルプサービス、デイサービス、ガイドヘルプサービス、ショートステイサービスなどが充実したことは事実だと思います。
 しかしながら、ほとんどの障害者が働く場から遠ざけられ、所得を得る手段がないまま高齢化する親に生活の基盤をゆだね、不安をかくして暮らす現状は、今も昔とほとんど変わっていないことをつくづく感じます。
 そもそも介護などの福祉サービスを必要としないことを「自立」とする障害者観では、ほとんどの障害者は働くことも自立することもできません。介護サービスや職場の環境を整えることで、障害者がそのひとらしく生きることができる社会をわたしたちは願っています。
 障害者を結局は社会から閉じ込めてしまうために費やされる福祉政策ではなく、障害者が社会の一員として参加していくことを保障し、さまざまな個性や文化を持ったひとびとが共に働き、共に生きる社会を実現するための政策こそが望まれているとわたしたちは考えます。
 それはお金がかかることだと思われていますが、けっしてそうではないと確信します。
 障害者が働き、社会的な役割を担うための福祉サービスを提供し、所得が保障されることで障害者が消費者として生活経済に参加でき、福祉セクションで投じられたお金が戻ってきます。
 現在でも高齢者につづき、障害者をターゲットにしたサービス、商品など福祉分野の経済成長は多くの企業が注目しています。今のところその対価は福祉サービスを提供している行政から支払われるのが多いと思いますが、介護保障をともなう働く場が充実し、障害者の所得保障がすすめばその経済効果はとても大きなものだと思います。
 また、さまざまな障害者が働くことで画一的でない個性豊かな職場の空気が新しい商品やサービスの企画力を育み、ビジネスチャンスが生まれる可能性があります。
 さらに言えば「やさしさ」や「助け合い」を基盤にした経済を市民自身がつくりだすことで、ほんとうの意味の「小さな政府」が実現できる可能性もあります。
 それは夢物語かも知れませんが、最近の行き詰まってしまった世界や経済状況の中で、そんな思いを共有できるひとたちがたしかにいることもまた、真実だとわたしたちは思います。

 わたしたちが活動を始めた30年前、福祉制度が貧困だったゆえに、この街この社会全体に必死で働きかけていました。
 障害者が一人の市民としてこの社会にあたりまえに参加していくためのたたかいは、極めて困難な道のりだったとしても、そのたたかいがやがて福祉制度を変え、新しい制度をつくりだしたことはまちがいありません。
 しかしながらその一方、福祉制度の確立を求めてたたかっている間に、いつのまにか福祉制度という牢獄にとじこめられ、一般の市民のひとびととのつながりがうすくなってしまったことも事実としてあると思います。
 わたしたちは障害者運動創世紀以来、たたかってきた多くのひとびとに学び、わたしたちの活動をこの街この社会全体の中でとらえなおしたいと思います。
 そして障害者のこと、街のこと、平和のこと、差別しないこと、こどもたちの未来を語り合う、そんな街や社会を多くの市民共につくっていくことからもう一度はじめたいと思います。

貧乏神と福の神

 1975年から25年も続いた人気番組「マンガ日本昔話」でも取り上げられた、「貧乏神と福の神」という昔話があります。

 むかしむかし、働き者の夫婦が住んでいました。働けど働けど生活はいっこうに楽になりませんでしたが、ふたりして一生懸命働いたので、その年の大晦日にはわずかながらお正月のお餅をつくことができました。
 すると天井の隅っこの方ですすり泣く声がするので、若者はびっくりして天井にあがってみると、やせ細ったヒゲぼうぼうの貧乏神がいたのです。
 なんでも貧乏神はこの家にずっと住んでいたが、今晩、福の神と交代するためこの家を出ていかなければならない。それで悲しくて泣いているというのでした。
 「元気をお出し!この餅とさかなをたらふく食べなさい。」と夫婦は貧乏神を励ましました。
 そこへ福の神がゆっくりと家の前までやってきました。「われこそ、福の神じゃ。この家に福を与えにやってきた。貧乏神はさっさと立ち去りたまえ。」
 「いやじゃ。この家からは一歩も離れないぞ。この家の主がずっといてもいいと言ってくれた」。
 貧乏神が出ていかないと言い張るので、貧乏神と福の神がとっくみあいのケンカになりました。負けそうになった貧乏神をふたりで加勢したので、福の神は負けてその場にバタンと倒されてしまいました。
 「こんな家には二度と来てやらないぞ。」と、福の神はプリプリ怒り、行ってしまいました。そして「打ちでの小槌」を忘れていきました。
 貧乏神が「これは、打ちでの小槌というものです。望みをかなえてくれます。何か欲しいものはありませんか」と言い、2人の望みをかなえてやると、「われは今日より福の神。」と言って屋根裏に戻っていきました。
 2人はその後も一生懸命働いて、末永く幸せに過ごしました。
 いっしょうけんめい働いたら「打ちでの小槌」が手に入り、金銀ざくざくお金持ちになって幸せにくらしたという、調子のいい話です。
 なけなしのお餅まで貧乏神にあげるというのは年貢をとことんとりあげることだろうし、きっとどこにもない「打ちでの小槌」という餌をぶらさげて民衆を押さえつけてきた支配の構造があぶり出される話でもあります。

 それでもわたしたちは、この話にわたしたちの活動の可能性を見つけています。最後に手に入る「打ちでの小槌」は別にして、わたしたちがつくりだし、つながっていこうとしている「障害者市民事業ネットワーク」はまさしく貧乏神の経済、貧乏神の思想なのだと思います。
 それに対してお金がお金を生み、世界各地で貧乏を再生産することで富が蓄積されていくグローバル経済は福の神の思想なのかも知れません。
 この物語ができた背景はその頃の支配構造そのものであるとしても、貧乏神のいとおしさと福の神の傲慢さに表現されているものは「助け合い」の思想、文化だとわたしたちは思います。だからこそこの物語はきっと多くの民衆によって支えられつくりかえられ、伝えられてきたのだと思います。
 そして、わたしたちはわたしたちなりに「貧乏神の経済」を実現していきたいと思います。わたしたちには、福の神が忘れていった「打ち出の小槌」はありません。「打ち出の小槌」がなくても、つつましやかであっても、貧乏神の経済が助け合いの文化に支えられ、生きがい、夢、恋、友情がいっぱいつまった豊かな経済であると信じて、新しい出発をしようと思うのです。

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