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山田太一ファン・メッセージ
「シルバーシート」を観て

2001年6月2日、箕面市民会館で「山田太一講演会」を開きました。当日は650人のお客さんがご来場くださいました。講演の後、牧口一二さんとの対談、河野秀忠さんを交えた鼎談、加納浩美さんのミニライブもあり、楽しんでいただけました。

ブログ・恋する経済
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箕面市障害者雇用制度と豊能障害者労働センターが朝日新聞に紹介されました。2011/6/27
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静かで、決してゆるがない決意
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まるで風の又三郎のように
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「歌う」のではなく「語る」歌
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小室等さんのことNO.4
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「風と夢」、「伝えてください」
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彼女が歌い始めると、空と大地が広がっていく。加納浩美さん
山田太一さん
山田太一1992・2001
ひとびとの「きもち」がやってくるぞ!
河野秀忠
「なにげない」が崩れたとき、見えてくる 牧口一二
テレビと力道山と山田太一
人生を変えてしまうテレビドラマがあった。
山田太一のドラマはフィクションで終わらなかった。
山田太一ファン・メッセージ
「車輪の一歩」を観て
山田太一ファン・メッセージ
「シルバーシート」を観て
山田太一ファン・メッセージ
もっともっと山田太一
山田太一さんとの対談を終えて
牧口一二
物静かに箕面市民会館に現れ、物静かに箕面を去って行った。
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老いるということは、まわりが変わっていくことなのかも知れない。
                                 藤田 祐子

 そう、私はNHKのドラマが大好きだった。「花へんろ」でしょ、「夢千代」でしょ。 佐々木昭一郎さんのピアノの調律士の映像は、今でも針でさしたようなせつないイタミが体の奥によみがえってくる。

 「男たちの旅路」もかかさなかった。当時私は16才。なんだか恥ずかしいけれど、このドラマを万全なる体制で観てたのだ。トイレもすませた、ごはんも食べた。ヨシッという感じでいっしょうけんめいに観た。
 終わったあとは、顔は熱いし、肩はコッてるし、整理体操のように、後に続くニュースやなんかをボンヤリ眺めていたのを覚えている。

 あんなにいっしょうけんめい観てたのに、筋立てもオボロゲなのがナサケナイ。
 けれど「シルバーシート」の話は、ああ、知ってるのよ。私、観てたのよ、とムキになるぐらい頭に残っていた。
 なんでだろう。なにが残ったんだろう。ビデオを観ながら、落ち着きなく考えてた。映像の後から記憶がついてくる。途中、ああ、これやったんかなぁと思った。
 ホームにいる老人たちがね、都電ジャックをするのだけれど、その雰囲気がね、不思議なの。
 老人たちは、ジャックした都電の中で、ていねいで、静かで、ふいと湧き出るような心のはずみと、いたずらと、しんとした覚悟に包まれている。
 それは不思議なたたずまいで、16才の私には不可解だったし、少しこわかったのかもしれない。40になった今も、そのたたずまいに飲みこまれている。
 けれど、ひとりひとりのことばが、ずんずん心の中に響いてきた。

 私が生きてきたこれまでの重なりは、私が一番よく知っている。だから、淋しくなる。
 私が生きてきた重なりを、誰も知ったこっちゃないことが哀しくて、私じゃないあなたに、誰かに、認めてもらいたいと思う。これまでの自分がいとおしくて、いとおしいから、誰かの気持ちが欲しいんだと思う。

 老いるということは、まわりが変わっていくことなのかも知れない。自分はさしてなにも変わってない。
 手助けが必要になっても、私自身はさして変わらない。私をとりまく風とよどみが変わっていくのだと思った。
 その風とよどみの中で、老人たちは覚悟を重ねていくのだろうか。少しずつ、肝を据えていくのだろうか。わからないけど。

 ドラマのはじめに、自分の一番輝いていた頃の話を若い人に話し続け、煙たがられ、無視され続けた老人が、空港でひとりで死んじゃった。
 くやしくてね。やりきれなくてね。友だちであるホームの老人たちは、水を、禁止されている酒のように飲んで、体を振らして謳うように言う。くやしくてね。やりきれなくてね。
 セリフじゃないことばが、私にかぶさってきた。
 あんた、そのひとのことがわかるか。淋しいじゃないよ、そこに座りなよ、話そうよ。
 ほんものの酒をいっぱい飲んで、私はへたりこんでいた。涙がいっぱい出てた


「……。」コトバのない合間が届けてくれるもの
                                 吉村 千砂

 山田太一さんは名前を知っているくらいで、「車輪の一歩」や「シルバーシート」を見るまで、鶴田浩二さんすら知らなかった私が瞬時に山田太一さんをダイスキになってしまった。
 ダイスキというより、ビックリ驚いてしまったといった方がいいのかもしれない。何に驚いたかというと、「男の旅路シリーズ」はコトバのやりとりとして時間が過ぎていくのではなく、「……。」とコトバとコトバの間に流れる「想像する間」があまりに多いことと、その静かなコトバがココロにズッシリと「なにか」を置いていってくれることに驚いてしまった。
 そして、この感じがたまらなくて、山田太一さんのコトバの世界をもっと浴びたくなってしまい思わず本を買ってしまった。

 「シルバーシート」を見て私の祖父を思い出した。私には2人祖父がいたが、2人とも非常にステキだった。
 母方の祖父はバイオリンの先生をしていて、私たち孫に決して「おじいちゃん」と呼ばせなかった。父方の祖父は警察官で、私は「初孫」だったためとてもかわいがってもらった。よく祖父には「うるさーい!」と怒鳴られていたが、「ダイスキなおじいちゃん」だった。

 私が短大に入学することを「集中治療室」に入院している祖父に報告に行ったとき、私が周りを気にしてはずかしそうに「短大受かったから…。」と伝えると祖父は私の手をぎゅーっとにぎってボロボロと泣いて、そのとき喉を切開していたため声が出なかったから聞こえなかったけれど、体からにじみでるコトバをかぎりなく感じた。
 私はその勢いある雰囲気になぜか申し訳なく思った場面を「シルバーシート」を見て思い出した。
 コトバのない合間というのは想像や予測する以上のものを届けてくれる。そして、それはとてもかけがえのないものであるということを山田太一さんは伝えてくれる。「早く会いたいなぁ」今から私はドキドキしている。

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