愛を必要とする心に歌の記憶を残すひと。 金森幸介ライブ 能勢カフェ気遊
「立ち止まる勇気」と、「いまさらながらの孤独」
さよならだけが人生だって言うなら
さよならだけが俺の友達 (Farewell Song)
そのひとの歌は、ささやくわけでもなく声高に叫ぶわけでもなく、まるでわたしの独り言のように心の奥深く、もっとも柔らかい部屋に届けられ、やがて低温やけどのような痛くて哀しくて、そしてやさしい記憶を残して去っていくのでした。
70代半ばになっても生き終えるためのさまざまな覚悟をすることができないわたしでも、さすがに生きることが奇跡の毎日であることを実感せざるを得なくなりました。
新型コロナ感染症という未曽有の嵐が吹きすさぶただ中にいて、それでも良い教訓を探すとすれば、「立ち止まる勇気」と、「いまさらながらの孤独」をくれたことでした。
若い時は身体が心を置き去りに、年老いてからは心が身体を置き去りにして、慌てふためき、おろおろしながら生きてきました。「この海を一気に走り抜けるマラソン選手、それが俺だ!」などと放言した青春の傲慢なやせ我慢は、半世紀をすぎた今、海をなくした年寄りの冷や水になっていました。
それでも1960年代から70年代の壊れてしまった時代を潜り抜けた心の傷は今でも青い血をにじませているのでした。
12月5日、能勢のカフェ気遊で金森幸介さんのライブがありました。
以前にも書いていますが、わたしは2019年12月の気遊さんのライブで、はじめて金森幸介さんを知りました。この時はピアニストの渋谷毅さんとの素晴らしいコラボでしたが、その後昨年の3月末の緊急事態宣言直前のライブ、そして今年9月の気遊さんの30周年フリーコンサート、そして今回のライブと、すべて気遊さんのプロデュースによるものでした。
わたしはこの歳になるまで不明にも金森幸介さんを全く聴いたことがなかったのですが、過激なやさしさを隠した繊細でシンプルな歌詞と、心をかき乱されるギター、そして初めて聴くのにずっと前から聴いていたようなどこか懐かしい歌声(語り声)で、一気に彼の世界に引き込まれました。
今回もまたいつもと同じ、およそエンターテインメントとはかけ離れた素のままにひょこっと現れ、なにごともなかったように歌い始めました。
大阪の北端でバスもますます減便され、交通の便がいいとはとても言えず、いみじくも金森幸介さんに「大阪のチベットにようこそ」と言われてしまった能勢で、珠玉のライブをもう何回聴いたことでしょう。
そんなわたしの思いとは関係なく、金森幸介さんは淡々と粛々と歌っていました。
夢は色褪せてく 僕は年老いてく
でもまだへこたれちゃいない
夕陽を追いかけてく奴の歌が聞こえる
もう引き返せない (もう引き返せない)
過ぎ去るものこそが美しいと、青い心を呼び覚ます歌
子どもの頃から覇気がなく、人生を変えることにあこがれながらもそのための努力もしないで生きてきたわたしは、ラジオやテレビや商店街から流れてくる歌謡曲で自分の現実を「もうひとつの現実」につくりかえる一人遊びがすきでした。周りからは「屁理屈」と言われましたが、そうでもしなければ自分が身を置く貧しい日常を乗り越えることができなかったのでした。
今でもその性癖は変わらず、政治的な命題や社会的な問題をSEKAI NO OWARIやYOASOBI、あいみょんなど若い人が届ける痛いメッセージで受け止めることが多いわたしですが、しかしながらどんなに切実で哀しくナイフのように鋭く時代を切り裂く彼女彼らでも届かないかけがえのない歌があります。
「もしも」がない一回限りの現実原則を生き、過ぎ去る時という宝物を隠し持つ年老いた者にしかたどり着つけない瑞々しさと愛おしさ…。
金森幸介さんの歌心は少年のままで、過ぎ去るものこそが美しいと、年老いたわたしに青い心をよみがえらせるのでした。
起こったことも起こらなかったことも夢見たことも捨て去った夢も、みんな不思議な納得をしながらともに生きていて、肩をたたくわけでもなく激励するわけでもなく、ただただ独り言のように「だいじょうぶ」とささやいてくれる…。
金森幸介さんの歌はそんな歌なのです。
非常事態や悲しみの突風が吹き荒れているときに、「きずな」とか「家族」とかで慰められずに生きる希望をなくしてしまったひとたちに、風の又三郎のようにマントをひるがえし、聴く者の心、愛を必要とする心にひそやかに歌の記憶を残すひと。
ゆっくりと歌のマントに風を遊ばせながら、去っていく…。
金森幸介さんはそんな風(かぜ)の詩人なのです。
そんなことを思い浮かべながら、「ああ、今年もいろんなことがあったな」と、この一年を振り返っていました。なんといっても、2016年から始めた「ピースマーケット」のわたしなりの帰結として、共に活動した難波希美子さんをみんなで能勢町議会に送り出したことが一番大変な出来事でした。
ほんとうにしんどかったなぁと…。しかしながら、ご隠居生活の能勢暮らしのはずが移り住んで早10年、老骨に鞭うち、何度もつまづきながら走ってきましたが、たくさんの犠牲をはらって手に入れた「立ち止まる勇気」を大切にしつつ、そこからまた「歩き始める希望」を金森幸介さんの歌からもらった、すてきな夜でした。
そして、あの場にいた30人ほどの、かなりベテランのファンのひとたちに、かけがえのない時間を用意してくれた気遊さんに、音響があることを忘れてしまうほどのナチュラルで透き通った音でライブを豊かにしてくれたPAの村尾さんご夫婦に感謝します。