歴史の暗闇に見捨てられた理不尽な出来事がよみがえる

神戸湊川公園の紅テント、唐組・第77回公演「鉛の兵隊」

七々雄 にぶや、にぶやあー、見えたよ、そして、ここにやってくる
二風谷(にぶや) ルリ色の月が、頬っぺたくすぐるその夜に、寒くてふるえて、君は月寒の村に生まれた
         七々雄、今はどこに行っちまったんだ
七々雄 ここだ
二風谷 昼は熱砂の風が吹く、夜は砂だらけの枕を抱いた…耐えられやしないよ、君には
    わけろお、君には無理だ、七々雄、君には
七々雄 もう来てる。ザックゾク、靴音鳴らし、今、目の前を通ってる。共に、あの近文小学校の裏で見た…
    あ、ちくしょう。今頭踏まれた
二風谷 何だ、そいつらは今、何と言ってんだ
七々雄 「俺たちの名前を言え」って
二風谷 そう聞こえてくるんだな。じゃ、ぼくが言ってやる。幽霊部隊だ

 4月19日、神戸湊川公園の紅テント、唐組公演「鉛の兵隊」はこうして始まりました。
 2005年初演の「鉛の兵隊」は、大量破壊兵器保持しているとして、2003年から2009年までアメリカが主体とする多国籍軍が軍事侵攻したイラク戦争の自衛隊派遣を背景にした芝居です。
 自衛隊のイラク派遣は当時、激しい論争が国会でも世論でも繰り広げられました。平和憲法、中でも武力の放棄を唱えた憲法九条を持つ第二次世界大戦後のわたしたちの社会では、戦争直後から自衛権の行使として自衛隊が生まれ、現在に至るまでさまざまな歯止めを破り、とうとう今、高市政権によって殺傷能力を持つ武器の輸出を解禁して彼女の唱える経済成長の中心に軍事産業を育てるところまで来てしまいました。
 彼女はまるでミニトランプですが、トランプ大統領より恐ろしいのは、少ない情報をもとに権力を一人で簡単に行使できると思い込んでいることでしょう。また、あれほど多様性を否定する政策を掲げても、広い大陸を持つ移民社会で人口的にも地政学的にも多様な層と世代が激突するアメリカとちがい、よくも悪くも同調と忖度と一体性が求められる(かつて経済大国になった日本は共産主義国家といわれたこともあります)わたしたちの社会は今も昔も扇情的で刹那的で、「国家の未来のために敢然と立ちあがる」というイメージをかもしだす高市さんのような「ひとりファシズム」に群がり、吸い寄せられるおそれがあります。ファシズムはひとりの権力者がつくるのではなく、その権力者を必要とするひとびとによってつくりだされるのですから。
 2005年の時代背景のまま唐十郎の芝居をしつづける唐組のすさまじい熱量をあらためて感じさせた今回の芝居はアメリカ・イスラエルのイラン侵攻を予言していたのかと思わせる予感の芝居でもありました。
 ちなみに、イラク戦争の自衛隊の海外派遣兵のその後はPTSDに侵され、29人の自殺者と病死者が確認されていますが、おそらくその実態はもっと深刻で大変なものだと思います。
 高市首相はそのことにどれだけの思いを馳せているのでしょう、トランプ大統領の要請で求められた自衛隊の海外派遣ができない「憲法9条」の盾を理由に拒んできた歴代政権とは違い、海外派遣を可能にするために9条を変えたいと思っているにちがいありません。

暗い渦の底の涯。人はそこをのぞくまい、たどるまいと目閉じ、耳ふさぐ

 わたしは初演をふくめてこれまで2回この芝居を見たはずなんですが、今回は冒頭に書いた最初のシーンでなぜか涙が止まらなくなりました。それはおそらく昨年アイヌの歴史や文化を訪ねて北海道の登別、二風谷、日高町に行ったからだと思います。
 この芝居の登場人物・二部谷ケン、月寒七々雄の純情と、子どもの頃に何か取り返しのつかないものを残してきてしまったことでつながる二人の青年の友情、そこには目の前で繰り広げられる物語の展開の裏側に日本の近・現代史の暗闇が広がり、芝居の中で語られる事件や戦争や災禍がその暗闇で再構成され、テント小屋の密室空間にせり上がってきます。悪意に満ちた世界に抗う少年少女の純愛、その純愛は国家もわたしたちも忘れてしまいたい日本の歴史の暗闇に見捨てられた理不尽な出来事をよみがえらせるのです。途方もない虚構から反歴史と呼べるもうひとつの歴史を呼び覚ますために…。

 幼き日、姉・冴と二風谷と共に故郷・鷹栖で見た、死の大佐・一木清直率いる旭川第七師団の幽霊部隊。今なお、その影に引きずられるかのように、自衛官になった月寒七々雄は、まだ戦禍の残るムサンナ州へと発つのだった。かつて、路頭に迷う祖母と幼い自分を救ってくれた月寒一家のため、なんとかその依頼に応えるべく、スタント事務所<ドタンバ>に二風谷はいた。その二風谷のもとを、ムサンナ州での任期を終えた七々雄が訪れるのだが……。
 長く垂らしたコートの袖に隠された傷痕。ドラム缶の上で踊る、満月を映した夜露。その鮮やかにきらめく満月のかけらをつまんだ七々雄の指先からは、指紋が失われていたのである。焼けて消えた指紋を取り戻すため、二風谷の指は、果たせなかった冴からの依頼“七々雄のスタント”を今再び誓う。 「暗い渦の底の涯。人はそこをのぞくまい、たどるまいと目閉じ、耳ふさぐのが、常、なりわい……が、あの男ばかりは、その渦を逆からたどり、筋を外れて、歩いてる。」
死んだ恋人・ララを今でも追い求める伝説のスタントマン・荒巻シャケの命懸けのスタント、入れ墨師の娘・小谷の奏でる弦音響く中、消えた指紋の渦探し、独りはぐれた鉛の兵隊が、止まった砂時計に手を掛ける。(パンフレットより)

少年少女の無垢で幼い純情という民主主義は、歴史の悪意を暴けるのか?

 大人になりスタントマンになった二風谷は、祖母と自分を救ってくれた月寒家への恩を返すためいつか七々雄の身代わりを成し遂げると思い続けてきました。七々雄が自衛隊に入隊したのも、子ども心に漠然と感じたガダルカナルで全滅した幽霊部隊へのこだわりがあったのではないか。今はほとんど思い返されることのない彼らひとりひとりの指紋を取ろうとした子どもの遊びの中にその無数の魂の証を求めたこと…。
 指紋をなくして帰ってきた七々雄と再会した時、二風谷はその指紋を取り返し七々雄の代役を果たすのですが、同時に自分自身の指紋をなくしてしまうのでした。
 七々雄への負い目は国に見捨てられ、戦後思い出されることのない兵士たちの亡霊たちに突きつけられた負い目、さらには旧日本軍のアジアの島々や中国・満州への侵略と虐殺の犯罪、その時代そのものへの生身の個人としての負い目でもあります。
 さらには、この芝居の登場人物たちの出自であるアイヌ民族への制圧など、加害と被害がくり返される歴史をも個人の負い目として引きうけ、「借りを返す」ことにこだわる二風谷ケンは失われた無数のいのちの証としての指紋を買い取る半地下のお店「渦屋」から指紋というミニチュアの山と谷をたどり、なくした自分の指紋を取り返すために漂流するはぐれ兵としてひとりまた旅立っていくのでした。
 向かう行く手は幽霊部隊の「寒き国」なのか「熱き国」なのか…。