桑名正博コンサート「風の華'93」 1

 1993年10月31日、土砂降りの中、豊能障害者労働センターは箕面市桜ケ丘の事務所から、現在の箕面市坊島に移転しました。
 この年のコンサートも、1100人のお客さんが来てくれました。結果的には90年が1050人、91年が1350人、92年と93年が1100人と、いつも立ち見が出てお客さんに迷惑をかけるほどの盛況でした。
ステージの方も90年の小島さんとのデュオから翌年は妹尾さんが加わりトリオとなり、その後はバンド編成と、桑名さんが毎年ステップアップした内容にしてくれました。それに加えて毎年、サプライズのゲストを呼んでくれていて、93年のコンサートではもんたよしのりさんが登場し、会場が騒然としました。
 この時まではたくさんのお客さんに来てもらうことばかりを考えていて、安全管理が充分でなかったこともあり、お客さんがステージのそばまでかけよりいっせいに踊りだしたとき、わたしもまたうれしくて興奮しながらも早く無事に終わってほしいと祈りました。
 この年で4回目となり、毎年のコンサートは定着する部分もあるものの、同じやり方ではお客さんに来てもらえないことも回を重ねる中でわたしたちは知りました。そこでこの年は機関紙「積木」の特集号の発行や特集記事を編集する一方で、チケットぴあにチケット販売を依頼し、なおかつ「市民がつくる文化・イベントを応援する会」を通じて、いままでも協力してくれた人たちにより一層の協力をお願いしました。
 それでも、どうしてもいい音楽を提供するための経費も、また情報宣伝費も年々上がってしまうこともさけられず、1000人のお客さんが入らなければ望む収益が出ない現実がありました。毎年来るよと言ってくれる桑名さんにはほんとうに申しわけないけれど、もう限界かもしれないと、わたしたちは思うようになっていました。
 いま思えば、もっと桑名さんにほんとうの事情を説明して、相談したり頼ったりしたらよかったのかもしれません。しかしながら一方で、わたしたちがわたしたちの思うやり方で桑名さんのコンサートをしたからこそ、桑名さんもそれに応えてくれたのだと思いますし、お客さんもまた一般のコンサートとも、演奏が始まる前に行政の人や関係者がスピーチしたりするチャリティコンサートともちがう雰囲気を愛してくれたのだと思っています。
 この年の打ち上げは、秋には移転し、取り壊される事務所で行いましたが、毎年のことですが桑名さんをはじめ出演者の方々全員が参加してくださり、こちらのほうも専従スタッフ、関係者、そしてボランティアスタッフと、総勢100人ぐらいの人が参加してくれました。
 桑名さんをはじめとして出演者の方々がどなたもわたしたちのつたない運営を、「家族的」、「あったかい」、「障害者のひともふくめてみんないっしょうけんめいやってるので、ぼくたちも気持ちよく演奏できるし、お客さんもすごく楽しんでいるのがビンビン伝わってくる」と、ほめてくださいました。
 そして桑名さんはもとより出演者の方々が「こんなコンサートは他にはないし、ずっと続けていけたらいい」と言ってくださり、わたしたちも無理なくこのコンサートが続けられたらという思いもある一方で、今年でいったん終わりにしようと考えていることを告げることができないまま、お別れしました。もしかすると桑名さんは翌年、またわたしたちがお願いしに行くのを待っていてくれたのかも知れず、この時にきちんとわけを説明し、いままでのお礼を言うべきだったと後悔しています。

 そんな思いを引きずったまま、わたしたちは秋の移転に向けてより忙しい日々をすごしました。思えば桜ヶ丘事務所時代の5年間は、制度的には支援がない中、桑名正博さんのコンサートを通じて豊能障害者労働センターがめざす市民的な広がりが実現した5年間でした。
 1993年10月31日に、現在の坊島の事務所に移転してからほぼ一年後の1995年1月17日、阪神淡路大震災が発生し、豊能障害者労働センターは障害者運動としては箕面という地域にこだわった活動から、全国的な活動へと大きく姿を変えていくことになります。
 この時に、桑名さんのコンサートでつちかってきた、障害者運動や福祉のエリアを越えて働きかけるノウハウがとても役立ちました。救援物資のターミナルを引き受けることになったわたしたちは全国の地方紙やタウン誌まで、障害者救援活動の情報を届け、全国から毎日大きなトラックにいっぱい積まれた救援物資やバザー用品が事務所にあふれました。
 翌1996年の「午後の遺言状」の上映会では会場が大混乱となるほどお客さんが殺到したのも、1990年から積み重ねてきた桑名さんのコンサートの情報宣伝が思わぬエネルギーを呼び起こした結果でした。
 そんなこともありましたが、振り返るとこの時代はほんとうに豊能障害者労働センターの大衆路線?というか、障害者運動や福祉の枠にとらわれず、どんどん街に出ていこうとしてきた活動がやっと実を結んだ時代でもありました。
 その果実こそが、桑名正博さんがわたしたちにくれた最高のプレゼントでした。

桑名正博コンサート「風の華'93」打ち上げ 箕面市桜ケ丘事務所にて。この年の秋に現坊島の事務所に移転しました。

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