松井しのぶ・カレンダー原画展

12月11日、豊能障害者労働センターのHさんと、阪急宝塚線小林駅近くの「ヒーリングカフェ・Lemon Tree」に行ってきました。
このカフェで12月1日から一カ月、イラストレーター・松井しのぶさんのイラストで綴る豊能障害者労働センター制作のカレンダー「やさしいちきゅうものがたり」の原画展が開催されています。
松井しのぶさんのカレンダーの原画を観るのは2011年に豊能障害者労働センターが箕面市立メイプルホールで開催して以来でしたので、なかなか観る事が出来ない原画を観れるということで心わくわくさせながら行きました。
Hさんはわたしが豊能障害者労働センター在職時にカレンダーをはじめとする通信販売の事務会計を一身に引き受けてくださり、いっぱい助けてもらいました。わたしが退職してからもずっと通信販売業務を担っていて、とくにカレンダーの制作販売の関係で松井しのぶさんとも親しくされているようです。
小林駅は阪急今津線にあり、始発駅の宝塚駅で待ち合わせをし、小林駅に着いたのですが、わたしは案内のはがきも持って来なくてHさんに道案内をまかせてしまいました。
しばらく歩くと、「Lemon Tree」と書かれたかわいい看板が目に飛び込んできました。おしゃれな雰囲気のそのお店の入り口は大きな木の枠組みに全面ガラスの少し重めの引き戸で、中に入ると広々とした空間はすべて暖かい木のぬくもりにつつまれていました。大きめのテーブルに運ばれるコーヒーはとてもおいしく、何かひとつの物をていねいにつくると、こんなにひとの心をやさしくさせるのかと思いました。
このカフェは心の病を持つとされるひとたちが働くお店で、わたしが行った時は数人のスタッフが働いていましたが、だれが障害者でだれが健全者なのかはわからないままで、そんなことはまったく考えたり知ってもむだで、それよりもスタッフひとりひとりが圧倒的な信頼感でつながっていて、そこから生み出されるなんとも言えないリラックスした空気が、あたかも「もうひとつの料理」としていつも提供されている感じがしました。
もちろんわたしも長い間障害者と働いてきましたので、そんなきれいごとではすまず、実際はそこにはさまざまな問題をかかえながら運営されていることは想像できるのですが、それもまた下手な勘繰りにすぎず、それもふくめて「いつまでも座っていたい、いつまでもスタッフの生き生きとした顔を観ていたい」と思わせるこのお店は、「ヒーリング・カフェ」という名前に値するすてきなお店でした。

そんなあったかいお店の長い壁に、カレンダーの原画が並んでいました。今年制作した6枚と合わせて10点ばかりあったでしょうか。くつろぎに来られたお客さんや、ランチを食べに来られたお客さんの邪魔をせず、それでいてずっと前からかけられていたように溶け込んでいるカレンダーの原画は、本来のカレンダーのイラストという役割からも解放され、お店を舞台に繰り広げられているお客さんやスタッフのたくさんの物語を聴きながら、スタッフといっしょにお客さんが来るのをひそやかに待っているようでした。
画廊や美術館などでしっかり展示されるわけでもなく、また個人の家にかけられているインテリアや持ち主の嗜好の対象でもなく、このお店にかけられている松井しのぶさんのイラストは、ゆるやかな空気が流れるこのお店の中で生き生きとかがやき、しあわせでいたい、きずつけたくない、きずつけられたくない、平和でありたいと願う心を解きほぐしてくれます。
さすがにお客さんの後ろの壁にかけられているイラストをじっくり観る事はできず、お客さんがいなくなった隙間で観ることになりましたが、それがかえって新鮮で、松井しのぶさんのイラストは水のようなもので、入れる器によって色も姿もメッセージすら変わるのかも知れないと思いました。
松井しのぶさんがカレンダーのイラストを描いてくださるようになって10年、今年制作した2016年カレンダーは11作目となります。この10年間に描いた66枚のイラストは彼女のキャリアの中でも大きなものになっているはずで、そのぶん、現在は豊能障害者労働センターが制作しているこのカレンダーを、障害者の暮しをささえながら障害者が発信する「やさしいちきゅう」へのせつない願いに沿いながら描き続けることはけっこう大変なことだったのではないかと想像します。
また他の仕事と違い、このカレンダーの場合は毎年2万人の方々が一般の商店ではなく、通信販売か全国各地のグループの手売りによって購入されていて、毎年利用してくださる方々の反応を気にしながらの、いわば視聴率を気にせざるを得ないテレビ番組とよく似た仕事でもあります。その中で、この10年は松井しのぶさんにとっても手探りで試行錯誤の連続だったのではないかと思います。
今年制作された6枚のイラストは彼女の迷いがふっきれ、松井しのぶさんがめざす世界の在りようを描いて見せた傑作だと思います。そのことはまた、製作者の豊能障害者労働センターが障害者問題や障害者福祉の枠組みをこえた社会的企業として、「新しい自立経済」をめざし日本の未来の在り様を発信する活動へと変化してきた10年の証しでもあります。
松井しのぶさん本人によると、今年はまず9月10月のかぼちゃを描こうと決め、そこから残りの5枚を描いたということでした。カレンダーになった状態で観るのとちがい、原画をならべて観るとその意味がよくわかり、1年のストーリーとしてもまたイラストとしても、カボチャのオレンジによって他のイラストの青や緑がひときわ映えます。
前回の記事で音楽という時間芸術と絵画という空間芸術の融合に感動したことを書きましたが、松井しのぶさんのカレンダーのためのイラストはその一枚一枚が時間と物語を内包しながら6枚でつづる終わらない叙事詩といえる絵本で、しかもその絵本は観るひとそれぞれの一年の幾多の物語の背景だけが用意されているのだと感じます。そして、物語の進行をピックとニックというキャラクターが務めています。
わたしは松井しのぶさんが描く星空が大好きですが、今回制作の7月8月のイラストは銀河の上の小舟に乗ったニックと、銀河の海を泳ぐ魚に乗ったピックが、イラストの左側の、おそらく彼方にあるはずの希望を求めて青い暗闇をさまよう不安と勇気にあふれていて、じっと観ているとなぜか涙が出てくるのです。
実はこのイラストの原画を観たくてこの店に来たと言ってもいいのですが、実際にみた原画にはわたしが思う不安やおそれのかけらもなく、とても幸せなイラストでした。
それはもしかすると、このお店自体がピックとニックがたどり着いた彼方の「希望」そのものだったからなのかもしれません。

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