タンゴと桜の庄兵衛とレスリー・チャン

暴走ピアノと啼くヴァイオリンと官能バンドネオンと切ないヴィオラと望郷コントラバス

 5月17日、桜の庄兵衛さんで開かれた「タンゴ・タンゴ・タンゴvol.2」に行きました。
 前回に訪れた時は、若い演奏家たちの夢と野心と冒険に満ちた演奏を聞かせてもらいましたが、あれから一年半もたっていたのですね。その間、能勢町の町議会選挙があり、わたしの体調も思わしくなく、桜の庄兵衛さんの催し物に参加できないでいました。特に残念だったのは「タンゴ・タンゴ・タンゴvol.1」を聞けなかったことでした。そんなわけで、今回はぜひ参加したいと思っていたので、案内のメールがきてすぐに申し込みました。
 金関環さんのヴァイオリンと宮川真由美さんのピアノの共演は桜の庄兵衛さんで聴いていて、その時もたしか第二部はタンゴ三昧だったような気がします。
 金関環さんは持ち前の音楽観とサービス精神にあふれ、演奏される楽曲への想いをこめた豊かな表現力に圧倒されたものでした。金関さんがその境地にたどり着いたのはおそらく「音楽はそれを必要とされる人に届けられてこそ、はじめて音楽になる」と、いつからか実感されたからなのだろうと思います。
 ですから、宮川真由美さんの「暴走するピアノ」を聴くと心がざわめくのでしょう、ヴァイオリンの音色はあっという間に会場を深くて密な空間へと導き、聴く者も激しく心を急がせるのでした。実際のところ、宮川真由美さんのピアノの音楽的冒険はどこにたどり着くのかもわからずに聴いているわたしたちを音楽の荒野に放り投げるようなのです。まるでピアノが空に持ち上がるように…。彼女の演奏に共演者は根拠なく奮い立ち、混沌と興奮のるつぼに身をゆだねてしまうのです。
 まして、その音楽はタンゴ! 理屈抜きで連れて来られた荒野の密室は誰もが心の奥底に隠し持ち、消え去らない後悔と悲しみと絶望と野心がぎっしり詰まっていて、限りなく誰かを抱きしめ、誰かを裏切り、裏切られる恋と記憶を封印するように、音楽がその地下室の扉へとゆっくりと降りていく…、そこに、世界が認めた川波幸恵さんのバンドネオンがタンゴ独特のリズムと甘く切ないメロディーを奏で、安藤歌那さんのヴィオラとむねたけ まさひろさんのコントラバスがその行く手を示し、わたしたちの心を解放してくれるのでした。

移民たちの望郷の音楽・タンゴが教えてくれる時代の記憶と哀しい歴史

 アルゼンチン・タンゴは今から約130年前に、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスの港町ポカ地区の酒場や売春宿、下町の広場で生まれ、最初は男同士で踊ったとも、やがて娼婦を相手に踊るようになったともいわれます。情熱的なリズムと哀愁を帯びたメロディーで世界中の人々を魅了するタンゴはヨーロッパやアフリカからやってきた移民たちの希望と絶望、異文化の融合から生まれた独自の文化として発展しました。初期のタンゴは演奏もダンスも挑発的で下品な踊りと蔑視されていましたが、哀愁と望郷の想いをストレートに表現する力が次第に多くの人々を惹きつけ、今の形になったといわれています。「抱擁するダンス」とも呼ばれるストイックかつ情熱的なダンスと音楽は、時には激しく時には切なく胸に迫り、様式美の極みとなってヨーロッパをはじめ世界に広まっていきました。そして時代は移りアストル・ピアソラが「ヌエボ・タンゴ(新しいタンゴ)」を創造し、タンゴを芸術音楽へと無限の可能性を世界に知らしめました。

 今回の演奏ではタンゴの歴史をたどり、タンゴが生まれた場所と時間を行きつ戻りつ、第一部、第二部と間に休憩をとりながらテンションは高まったままで、タンゴのリズムとメロディーと、何よりも出演者のタンゴへの想いがあふれる演奏に会場の熱気が高まり、今でもやけどの跡のように心に残っています。タンゴのすばらしさは地面からふっと湧き出るようにリズムとメロディーが出会い、猥雑な街角に哀切な音楽が流れ情熱的なダンスが生まれ、いつのまにかひとびとの心を奪ってしまう、いわば大衆演劇の心躍るわくわく感と同じで、そこには見栄も遠慮もなく生きることに正直で愛おしい人間の姿なのだとあらためて実感しました。
 タンゴといえばアストル・ピアソラ。今回の演奏でも「ブエノスアイレスの四季」や父親の死にささげた「アディオス・ノニーノ」、「タンゴの歴史」から「Cafe1930」、そしてアンコールには「リベルタンゴ」と、いくつかの名曲を演奏しました。覚えている曲だけなのでもっとあったと思います。この楽団はオリジナルに近い5人編成で、川波幸恵さんのバンドネオンがメロディーを奏でると夕陽が揺らめく大河に小舟が流れを下り、バンドネオンがリズムを刻むと勢いよく流れを昇っていく…、畳みかけるようなその繰り返しに会場が揺らめき、思いっきりタンゴの醍醐味を味合わせてくれました。

わたしのタンゴ初体験と、やり直すことができなかった映画「ブエノスアイレス」の遺言

 わたしは何度も書いていますが、どうしてもタンゴを聴くと、とくにピアソラのタンゴを聴くと1997年のウォン・カーウァイの映画「ブエノスアイレス」を思い出してしまいます。
 「恋する惑星」や「欲望の翼」など1990年代の香港映画をけん引したウォン・カーウァイが、ブエノスアイレスを舞台にゲイの男2人の激しい恋と人生模様を描いた「ブエノスアイレス」、この映画で忘れられないのが、レスリー・チャンとトニー・レオンが抱き合って踊るシーンでした。この時に流れる音楽がピアソラの「Tango Apasionado」だったと思います。決してスタイリッシュなダンスとは程遠く、とくにレスリー・チヤン演じるゲイの男の純愛にも似た激しくも哀しい、恋する男の後ろ姿に涙を流しました。わたしのタンゴ初体験でもありました。

この映画はふたりがブリーフ一枚で抱き合うシーンではじまったように記憶しているのですが、「心は孤独な旅人」のように二人の関係は行き詰まり、にっちもさっちも行かなくなっています。
 映画はレスリー・チャンに「やり直そう」と言わせて、地球の裏側・アルゼンチンのイグナスの滝に向かうはずが途中で喧嘩別れになり、2人はブエノスアイレスで再会します。
 トニー・レオンとレスリー・チャン、2人とも大好きな俳優なんですが、レスリー・チャンはこの映画では格好悪くてみじめでほんとうにどうしようもないのですが、どんなにけがれても純情な恋心を持ちながらも刹那的な欲望にさいなまれる男を見事に演じています。その後の彼は歌手としても俳優としても絶頂期と思えた2003年、ホテルから飛び降りて実人生を自ら終えてしまいました。遺書にはうつ病による強い苦しみと、長年のパートナーや人間関係についての深い悩みが短い文章で綴られていたとされています。タンゴを聴くとこの映画で演じた男と彼自身の人生が重なり、とても悲しくなるのです。
 この映画がつくられた1997年は、奇しくも香港が中国に返還された年です。その後の香港がどうなってしまったのか、リスリー・チャンは知るよしもないのですが、香港映画が自由につくられ脚光を浴びていた時代の遺言として、この映画はあるのかもしれません。
 わたしたちの今がこれからどうなっていくのか、どれだけの人を傷つけたら世界はこの理不尽な暴力をやめるのか、レスリー・チャンの「やり直そう」の言葉は今も残っているのか…、そんな思いに襲われ、今回も涙が止まりませんでした。
 もっとも、わたしは生演奏では桜の庄兵衛で金関環さんたちが演奏するタンゴしか聴いたことがないのです。こんな稀有の時間を用意してくれた桜の庄兵衛さんに感謝です。

「楽隊の音は、あんなに楽しそうに、あんなに嬉しそうに鳴っている。あれを聞いていると、もう少ししたら、なんのためにわたしたちが生きているのか、なんのために苦しんでいるのか、わかるような気がするわ。」(チェーホフ「三人姉妹」)