帰る故郷を喪失し、漂流するわたしたちの心に聴こえる歌・島津亜矢の時代

随分遅くなってしまいましたが、島津亜矢が出演した7月9日のNHK「うたコン」の模様を書いておきたいと思います。
2016年4月12日に始まったこの番組は、演歌・歌謡曲、J-POPなど、ジャンルを超えたアーティスト同士のコラボレーションや意外性のあるカバーなど、ユニークな切り口でさまざまな音楽を提供し、日本の音楽シーンの中心となりえるような番組を目指しています。
前身の「NHK歌謡コンサート」が演歌・歌謡曲の独壇場でしたので、今までほとんど交流のなかった演歌・歌謡曲とJポップの混在に戸惑いと批判も多々ありましたが、ようやく本来のコンセプトによる番組作りができるようになり、内容も出演者も様変わりになった感があります。
実際のところ放送開始から3年が過ぎ、演歌・歌謡曲のベテランといわれる歌手の出場が極端に少なくなり、ポップス歌手の出演が増えただけでなく、出演歌手のコラボレーションの企画も多くなり、それは演歌歌手にも求められ、演歌歌手とJポップの歌手のコラボレーションも普通に受け入れられるようになってきました。
その中で島津亜矢は当初からこの番組のコンセプト通りに、オリジナルの演歌よりもポップスを歌うことが多く、最近はミュージカル歌手の井上芳雄、石丸幹二と共演した他、デーモン閣下、ROLLYとクイーンメロディーを熱唱しました。
「うたコン」と合わせて出演機会の多いNHKBS放送の「新・BS日本のうた」は従来通り演歌・歌謡曲を歌うことが多く、ベテラン歌手とのスペシャルステージなどでコラボレーションすることもありますが、一曲の中でそれぞれのキーにあわせて転調することがほとんどで、本当のコラボレーションとはいいがたいものでした。
けれども「うたコン」の場合は転調せず、またハーモニーをつけることも多くなり、本来のコラボレーションが実現しています。それはポップス歌手ならばまだしも、演歌歌手の場合はそのひとの歌唱力は高くてもハーモニーをつけ合うというのはハードルが高いようで、最近の番組構成からチャレンジするものの違和感を禁じえません。
ただこの番組だけでなく、時代の要請からにわかに演歌歌手がポップスを歌わざるを得なくなり、いかにもにわか仕上げによる歌唱は思い込みもはげしく音楽的に無理があり、バラエティによってごまかしてしまうことが多いように思います。
ともあれ、演歌歌手がポップスを歌う流れをつくったのは島津亜矢であることはまちがいなく、ほんとうに長い間の彼女の努力が「うたコン」やTBSの「UTAGE!」によって開花したもので、演歌で一定の高みまで極めた彼女にとって、さまざまなジャンルの楽曲とボーカリストとの出会いはオールラウンドな音楽的冒険の新しい可能性を開いてくれるものでした。

さて、今回の「うたコン」のオープニングは布施明、デーモン閣下とのコラボで、布施明の1979年の名曲「君は薔薇より美しい」でした。最近のこの番組では、オープニングに2人もしくは3人の歌手でコラボすることが多く、島津亜矢は以前にもミュージカルのトップアーティスト・井上芳雄と「YAH YAH YAH」を歌い、絶妙なハーモニーを聴かせてくれました。
ザ・ピーナッツにあこがれて歌手になったという布施明は、渡辺プロ全盛期で「シャボン玉ホリデイ」を舞台にデビュー当初より歌唱力を高く評価されていました。1975年に引退したザ・ピーナッツと「シャボン玉ホリデイ」のレガシーをひきつぎ、「和製ポップス」と名付けられた歌謡曲でヒットを連発しました。
その中でもミッキー吉野が作曲した「君は薔薇より美しい」は布施明にとって「シクラメンのかほり」と並ぶヒット曲で、歌謡曲色を排したポップスで、彼の歌唱力がなければつくられなかった楽曲かも知れません。
今回のコラボですが、まず最初に島津亜矢がおそらくオリジナルキーに合わせ、彼女にすればかなりの高音キーでしたが、まったく無理のないメリハリの利いた歌唱で始まりました。もう少し深読みすれば、布施明とデーモン閣下は島津亜矢に確かなピッチとテンポをまかせ、特に布施明は細かいアドリブを楽しむといった感じだったでしょうか。
思えば不思議なことで、かつては先輩の演歌歌手とのコラボの時、先輩歌手のボーカルに沿うように歌っていた彼女が、いつのまにかポップスの世界でもベースの役割を果たすほどに信頼されるようになったのです。
その後もこの番組はびっくりする企画で島津亜矢の特集をしてくれました。ゲストに島津亜矢を「歌怪獣」と名づけたマキタスポーツを呼び、島津亜矢の2016年からの足どりを紹介したのです。何か特別なエンターテインメントがあるわけでもないのに、島津亜矢そのひとを特集し、それを出演歌手が聞いている様子を見て、「こんなに時代は変わるものなのか」と思いました。「時代」、「I Will Always Love You」、「クイーンメロディ」、「RIDE ON TIME」と、昨年の紅白からさかのぼり、「うたコン」で歌唱した映像を流しながら、マキタスポーツが「島津亜矢が歌怪獣なのではなく、彼女が歌うと、歌が怪獣化するんです」という話をしている間、それを聞いている他の歌い手さんの表情もとてもいい雰囲気でした。わたしが島津亜矢以外に唯一評価している天童よしみも、素直に喜んでくれているようでした。その意味で、彼女のブレイクに大きく後押ししてくれたマキタスポーツにはどれだけ感謝しても足りません。
それから、2015年の紅白で歌った「帰らんちゃよか」を歌いました。最近、コンサートに行けなかったので、久しぶりにこの歌を聴きました。
この歌はシンガー・ソングライターの関島秀樹が自らの両親を題材に1995年に作詞・作曲した「生きたらよか」が原曲で、その翌年、九州のスーパースターだったばってん荒川が「帰らんちゃよか」というタイトルに変え、熊本弁の歌詞で歌ったものです。その歌を聴いていた島津亜矢が感銘を受け、ばってん荒川に直接、「この曲を歌わせて下さい」と頼んだところ、「お前ならよかたい!大切に歌わなんぞ!」と快諾され、2004年にテイチクレコードからシングルとしてリリースしたのでした。
「今や方言だけが人生を語れる」と言ったのは寺山修司ですが、熊本弁の歌詞のこの歌がつくられてすでに四半世紀が過ぎました。地方の時代と言われてずいぶん年月が経ちますが、この歌の父親の住む村は年々人口が減り、過疎化していることでしょう。
それどころか日本社会全体で非正規雇用が4割に達し、毎年2万人を越えるひとたちがみずからの命を絶ち、7人に1人の子どもが貧困、生活保護受給世帯が200万を越えています。まさに帰るべき故郷・拠り所をなくし、だれもが漂流社会をさまよう今の時代だからこそ、「帰らんちゃよか」は家族という拠り所を求め、愛を求めるひとびとの心の支えになっているのかもしれません。
時代はすでに新しい家族観のもとで、同性のカップルや血縁を問わない拠り所を求め、過酷で殺伐とした時代に助け合える「ニューファミリー」を生み出す用意をしているのかも知れません。

島津亜矢「帰らんちゃよか」(伴奏:関島秀樹)

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