島津亜矢に歌ってほしい歌 「死んだ男の残したものは」

死んだ男の残したものは
ひとりの妻とひとりの子ども
他にはなにも残せなかった
墓石ひとつ残さなかった
谷川俊太郎作詞・武満徹作曲「死んだ男の残したものは」

島津亜矢のファンならだれでもそうであるように、わたしもまた彼女に歌ってほしい歌があります。その歌は谷川俊太郎作詞・武満徹作曲「死んだ男の残したものは」です。
この歌は1965年、「ベトナムの平和を願う市民の集会」のためにつくられ、友竹正則が歌ったのが最初だそうです。わたしがこの歌を知ったのはそれから1年後、高校を卒業してすぐのことでした。日曜日の夕方だったか、高石ともやのラジオ番組で彼が歌ったのを聴いたのがはじめてのことでした。(ちなみにこの番組で高石ともやが歌っていた「死んだ女の子」は最近、坂本隆一のプロデュースで元はじめが歌っています。)

島津亜矢の「戦友」を聴きながら、わたしはすでに死んでしまった二人の人物のことを思い出していました。
ひとりは妻の父です。彼は戦後、包装機製造の会社を興し、一代でトップメーカーにまで育てた人ですが、とても柔和温厚な人柄の技術者で、クラシックやシャンソンなど音楽好きな人でした。
彼は戦争中、衛生兵として出兵していました。ある日のこと、ひとりの人間を銃殺するため、彼を含む数人が呼ばれました。縛り付けられ、目隠しされた人間の前で数人が銃を構えました。そして一斉に銃を撃ったのでした。上官は数人で撃つことでショックをやわらげる意図があったのでしょうが、戦争が終わり何十年もたっても、そのときの銃声と死んだ男の姿を忘れたことはなかったそうです。日ごろ温厚な彼が暗い表情でめったに話さない戦争のことを話してくれた時、一度だけこの話をしてくれました。
一つの村からもう一つの村へ、雨の日も風の夜も、広い大陸のぬかるみをただひたすら行軍しながら、彼は心の中でずっとシューベルトのアベマリアを歌っていたと言います。

もうひとりは作曲家・武満徹です。わたしの高校生の時に有名な「ノヴェンバー・ステップス」を聴いた覚えはありますが、実は映画音楽やNHKの大河ドラマのテーマソング以外で、彼の作曲した音楽のことはほとんど知りません。
高校を卒業してまもなく、ラジオ番組で聴いた「死んだ男の残したものは」が谷川俊太郎作詞・武満徹作曲と知ったのもずっと後のことでした。
武満徹が1971年10月の朝日新聞に5回連載で書いたエッセイの中で、彼は中学生の時に勤労動員で陸軍基地で働いていた時のことを書いていました。ひとりの見習士官が手回しの蓄音機で一枚のレコードをかけました。それは彼にとって決定的な歌との出会いになったそうです。
「歌の形は見ることができない。私たちは、それを愛する人たちのかたちとしてしか確かめようがない。その歌は時と空間を越えた十分なやさしさで私をつつんだ。後になって、それがジョセフィン・ベーカーのうたった有名なシャンソンであることを知った。」
「私はそれと出会ったことで、もう昨日の私ではなかったし、その歌も姿を変えてしまったのだ。」
そして、別の下士官がその歌を敵性音楽と言い放った時、彼は国家という名で音楽にまで敵、味方の区別をつけることに憤りを感じたといいます。
彼はこのエッセイの中で、「敗戦」によって得た唯一のものは正しく「他者」を知る権利だったと言い、大国のエゴイズムのために犠牲をしいられている小国家に住む無数の他者との愛と無縁の場所で、わたしたちの個別の愛はないと書いていました。
そして、国家がいつもその「他者」をゆがめてきたのだとも。

妻の父が果てしない行軍と道連れに心の中で歌い続けていた「アベマリア」も、武満徹が陸軍基地で聴いたシャンソンも、ふたりにとってそれぞれかけがえのない一曲だったのでしょう。いつの時代もどんなときも、どんなところでもその切実さが歌を必要としてきたのだと思います。そして、「戦友」もまた、その中の一曲であることにちがいないと思います。
けれども、ここからはわたしのわがままにすぎないのかも知れませんが、「戦友」をあれだけ歌える島津亜矢だからこそ、「死んだ男の残したものは」をぜひ歌ってもらいたいのです。武満徹は世界的な作曲家でありながら、知るひとぞ知る歌謡曲ファンで、この歌をメッセージソングのようにうたうのではなく、「愛染かつら」のように歌ってもらいたいと言い残しています。
説得力のある圧倒的な歌唱力と無垢な声をあわせもつ島津亜矢がこの歌を、たとえば「千の風になって」や「桜-独唱」のように歌うと、この歌はまた新しい「反戦歌」として、よりひろがっていくとわたしは思います。
今回、長谷川きよしの歌で聴いてもらいますが、わたしは武満徹が亡くなってから「武満ソング」というアルバムを発表した小室等が歌う「死んだ男の残したものは」が大好きです。小室さんとは被災障害者支援「ゆめ風基金」の関係で親しくお話をさせていただくようになり、武満徹のエピソードをたくさん聞かせていただきました。
わたしは、島津亜矢の音楽的冒険は演歌をベースにしながらも、世界に通じるものと信じていまして、彼女にはスタンダードなポップスもさることながら、リズム&ブルースやジャズの数々の名曲も歌ってほしいと願っています。
小室等さんと島津亜矢さんの組み合わせは多くの方がミスマッチと思われるでしょうが、島津亜矢さんのワールドワイドなポップさと、小室等さん作曲の、たとえば唐十郎作詞の数々の芝居の「ざれ歌」とが、不思議な共鳴をするのではないかと夢想しています。
その意味では「いま生きているということ」を島津亜矢ならどう歌うでしょうか。
想像するだけでわくわくしてきます。
ともあれ、島津亜矢さんは既成の演歌の枠にはますますはまりにくくなっているような気がするのです。かえってJポップスのファン層が彼女を新鮮に受け止めてくれそうに思います。「歌謡コンサート」より、「SONGS」や「僕らの音楽」に出演したら、きっと大きな反響をよぶことでしょう。
「戦友」から、話が飛躍してしまいましたが、次回は2008年リサイタルのことを書こうと思います。

小室等「死んだ男の残したものは」(谷川俊太郎作詞・武満徹作曲)

島津亜矢に歌ってほしい歌 「死んだ男の残したものは」” に対して2件のコメントがあります。

  1. MORI より:

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    いつも亜矢姫を取り上げていただいてありがとうございます。
    「戦友」はしばらくの間、コンサートでも歌っていましたから私も何度か生で聴くことができました。
    この歌のジャンルは軍歌かもしれませんが、鎮魂歌でもあると思いました。
    「死んだ男の残したものは」という歌は聞いたことがありませんでしたが、是非亜矢姫の歌で聞いてみたいです。

    tunehikoさんは既にご存知かもしれませんが、10月15日に障がいを持つ方々が出演される「ゴールドコンサート」が開催されるのですが、今年は亜矢姫がゲスト出演されます。
    http://blog.goo.ne.jp/chiyovl10/e/34c86cfe7cad4d5cf20706d8025ec149

  2. tunehiko より:

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    MORI様
    いつも応援してくださってありがとうございます。
    島津亜矢さんの「戦友」を聴き、この歌の奥深さをあらためておしえてもらいました。
    「ゴールドコンサート」のことはぜんぜん知りませんでした。タイトルはおぼえていないのですが、5月の母に感謝するコンサートでも、演歌歌手としてはじめて島津亜矢さんが出演して、はじめて聴いた方々がとても感動されたそうですね。きっとこのコンサートでも、お客さんがびっくりされるでしょうね。

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