島津亜矢「歌謡コンサート」

3月19日、NHK総合の番組「歌謡コンサート」に島津亜矢が出演し、美空ひばりの「人生一路」を歌いました。1970年に世に出たこの歌は多くの歌手がカバーしていますが、島津亜矢も何度もこの歌を歌っています。
新歌舞伎座での座長公演を大成功裏に終えてから初めてのテレビ出演ということもあり、楽しみにしていましたが、画面を通してなので本当のところはNHKホールに行かれた方々の報告にたよるしかありませんが、とても元気な姿を見ることができました。
わたしの気のせいかもしれませんが、テレビ出演の時、以前は他の出演者に気を使うためか少し緊張していて、歌を歌う時にだけ解き放たれたようにのびのびと歌っているように感じていましたが、最近はトークの場面でも他の出演者への気遣いはより深くあるのに、どこかゆるやかでやわらかく、トークも立ち振る舞いもとてもチャーミングになったと思っています。いままでとは一段ちがう自信というか、覚悟というか、余裕というか、存在感があり、そのため、歌にもある種の「気負い」がそぎ落とされ、より透明でナチュラルな声とゆたかな表現力を身に着けてきたように思うのです。
わたしの独断と偏見によれば島津亜矢は大きく二つの声の流れを持っていると思っていて、デビュー当時の怖いもの知らずの声量とこぶしの小気味よさから、ひとつは北島三郎の歌を歌う時の力強く張りのある声、もうひとつは聴く者の心のふるえと共振し、歌の背後にある四季折々の風景の中に聴く者の心を誘うような天使の声です。
26年も歌ってくると不自然なこぶしを聞かせたり音程をわざとずらしたり、声を意識的に変えたりすることがあたかも個性的で歌唱力があるように演技しがちですが、彼女のように時を重ねるほどかえってより自然でニュートラルな声と歌い方になっていくのはめずらしいと思います。しかも、余分なものをそぎ落としていくことで、島津亜矢でしかたどり着けない個性とより陰影の濃い歌唱力を獲得してきたのでした。
もっとも、ファン歴の長い方は、体の奥からとめどなくあふれるゆたかな声量と若々しく肉感的な島津亜矢をなつかしく思われるでしょうし、わたしも残された映像と音源で後追いするしかないのですが、たとえば「川」、「山」、「年輪」などスケールの大きい歌を歌う若き島津亜矢の歌唱力と張りと伸びのある声に圧倒的されます。
その頃から見れば、今の島津亜矢の演歌はおとなしくなったと思われるかもしれませんが、わたしはそうは思えず、みずみずしくありながら芳醇で、セクシーな低音が広く遠くにひびき、繊細で複雑な感情表現と大河のように広大でスケールの大きい高音、それらすべてが島津亜矢の果てしない未来と新しい演歌の誕生のために奇跡的に用意されているのだと思わずにはいられません。

最近、歌番組の「口パク」が議論になっています。口パクとは歌手が歌わず、録音に合わせて口だけを動かすことで、最近の音楽番組では「公然の秘密」になっているらしいのです。そういえば昔、オーディオの企業がクラシックの生演奏とレコード演奏とを途中で切り替え、観客に違いがわかるかを試すイベントを開いたことがあったと記憶しますが、技術の進歩はより音楽の可能性を広げる一方で、生身の人間の五感を鈍らせてしまう危険性を持っていると感じたことがあります。
それから約半世紀、技術の進歩のスピードは高度経済成長とスパイラルするように加速し、何事も少ない時間と費用で効果を上げようとするテレビ放送はもとより、ライブイベントですら口パクが採用されていると聞くと、「歌とは何か」と問い直したくなります。
小椋佳が島津亜矢のためにつくった「歌路遥かに」の歌詞ではありませんが、「歌なんてなくていいもの、なくてもひとは病んだりしない」けれど、人類誕生以来、ひとはパンのみでは生きていけないからこそ、心の飢えをほぐす歌を必要としてきたはずです。
人が山と川と荒野のただなかに立ち、千年の愛とたたかいを見つめ続けた遙かな海と国境のない空の果てに届かぬ想いを飛ばす時、聴こえてくる風の叫びと波打ち際に打ち寄せられた夢の破片が音楽になったのだとすれば、まずは人間の肉声こそが歌を産み、肉声をより遠くの大地に伝えるために録音することを発明したのではないでしょうか。
かつて19世紀から20世のはじめ、アフリカから奴隷貿易でアメリカ南部の綿畑で想像を絶する苦役と差別に襲われていたアフリカ系(黒人)の人々がギターをかき鳴らし、愛や恋や欲望や怒りや悲しみや喜びを吐き出したブルースは管楽器やドラムセットやピアノを加え、綿畑や小屋や酒場や船へと演奏する場所が広がっていきました。そして、数々のレコード会社が街々の小さなスタジオなどで一発録音し、レコードにしたと聞きます。
今では貴重な音源の数々は音程も音量も残音効果もほとんど調節できず、雑音もあたりまえで、今のようにハイテクを駆使したスタジオで録音されたものとは録音技術としてはくらべものになりません。
それなのに、ブルース創世記の歌を聴くと胸が熱くなります。そこには、ヒューヒューと哭く風のような雑音をくぐりぬけ、歌を必要とするひとびとが歌を必要とするひとびとに届けたいという願い、やけどしそうな歌への情熱がびしびとしと伝わってくるのです。それは先日に紹介しました坂本龍一「スコラ-音楽学校」(NHK Eテレ)のアフリカの音楽にその源流を持っていることや、日本にも古くから伝承されてきた民謡などに相通じるものと思います。
歌うことを選び、歌うことで暮らしをつくり、歌うことでたくさんの人々の実人生を語る歌手が肉声を捨てることは、歌わずにはいられず、歌うことを宿命づけられた自身の実人生そのものを捨ててしまうことに他ならず、そんな理不尽な選択を強いる芸能界やテレビやライブイベンターこそが問われることだと思うのです。
フジテレビの音楽番組プロデューサーの「生歌」宣言は、「口パク」を公然の秘密とする現実をかえって浮き彫りにしましたが、本来の歌番組に戻すという、ごくごくあたりまえのことであると、数多くの人々が感じておられることと思います。
そして、島津亜矢がそのごくあたりまえの道をまっすぐ歩いてきた歌手であることをあらためて実感するとともに、アフリカの土着音楽やブルースなど、世界の音楽の源流から海を渡り、山を越えてやってきた「肉声」を歌い継ぐことを宿命づけられた数少ない歌手のひとりであり、彼女が持っているマイクは時空を超え、世界の歌姫から手渡された歌のリレーのバトンなのだと気付かされます。そんな島津亜矢のファンであることを誇りに思います。

島津亜矢「人生一路」
若いころの島津亜矢です。

美空ひばり「人生一路」
東京ドームの復活コンサートのラストに歌った伝説の映像です。この時実際は歌を歌うどころか立っているのも危うい体調だったと言います。彼女の才能からすればもっと素晴らしい歌唱の記録があるのですが、この歌への深い思いが歌にもパフォーマンスにもあふれ出て、それほどファンでもなかったわたしでさえ涙が出てきました。最後に花道をゆっくりと歩いていくのですが、ほんとうはもう倒れていてあたりまえの状態なのにきりりと笑い、「あなたに語っているのよ」と思わせる目の動きと身振りに壮絶なものを感じました。事実、花道の最後、ドライアイスを噴出する中に倒れ込んだそうです。

島津亜矢「歌謡コンサート」” に対して4件のコメントがあります。

  1. S.N より:

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    tunehiko様
    奈良県在住のS.Nと申します。
    いつも”恋する経済”を楽しく読ませていただいております。
    3/19の「歌謡コンサート」は、録画しながら生放送でも見ていました。
    久しぶりに最初から最後まで見入ってしまいました。
    島津亜矢さんは、もちろんですが他の出演者の方々も良かったです。
    今回歌われた美空ひばりさんの「人生一路」、すごかったですね。何回もリピートして見ています。
    昨年の5月だったと思うのですが、体調を崩された直後の「歌謡コンサート」で『花の幡随院』を歌われました。いつものような高音が出なかったのですが笑顔で軽やかに歌われていました。肩の力が抜けていて、”歌の女神”が舞い降りてきたのかと思うほどの素晴らしさに涙が出ました。その時に島津亜矢さんは、本当にすごい歌手だなあと思いました。
    tenehiko様のおっしゃるように
    『彼女が持っているマイクは時空を超え、世界の歌姫から手渡された歌のリレーのバトン』ですね。
    島津亜矢さんの記事以外も共感しながら読ませていただいております。
    これからも、どうぞよろしくお願いします。

  2. tunehiko より:

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    S.N様
    コメントありがとうございます。
    亜矢さんは座長公演以来、とても元気で、観ていてこちらまで元気になれます。
    先日の「BS日本のうた」のスペシャルステージでの鳥羽一郎さんとの共演はすばらしかったようで、4月14日の放送がほんとうに楽しみです。
    いつも訪問してくでさり、ありがとうございます。
    これからもよろしくお願いします。

  3. S.N より:

    SECRET: 0
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    昨年、5月に「歌謡コンサート(熱唱!春の夢舞台)」で『花の幡随院』を歌われましたと書きましたが、4/10(火)の間違いでした。日記を見て気づきました。訂正させていただきます。すみませんでした。

  4. tunehiko より:

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    S.N様
    訂正のコメントありがとうこざいます。
    しばらくの間、亜矢さんの記事をお休みしていますが、4月14日にむけて、また再開したいと思います。

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