島津亜矢「新歌舞伎座特別公演」第二部

第一部の芝居の余韻がまだ残る中、第二部のショーが始まりました。正式には菅原道則構成・演出「島津亜矢コンサート2014 劇場版スペシャル 白虹~貫き通す~」というタイトルですが、コンサートというよりは第一部の芝居と連動したレヴューになっています。今回のショーの構成・演出は一昨年と同じ菅原道則氏でした。

オープニングは、「星に願いを」で始まりました。たしか、昨年のショーでも歌われたと思いますが、一昨年はオープニングが「流れて津軽」でしたから、今年は昨年の構成とよく似ていました。その後「いつか王子様が」、「Shall We Dance」と純白のドレスで歌う彼女は、満天の星空の彼方から舞い降りてきた歌姫のようでした。コンサートの時のはりつめた空間をつきやぶるようなオープニングもいいですが、いくたの時に生まれては消えて行った歌の破片たちをいとおしくすくい上げるような島津亜矢の歌声に、わたしは日ごろ気付かなかった心の垢が落ちていくようで、不思議なやさしさに包まれました。
座長公演のショーの演出家は毎年、コンサート以上の冒険を島津亜矢に求め、彼女もまた新しい可能性を広げてきました。昨年はシャンソンでしたが、今年はまずはディズニー映画やミュージカルの3曲とライザ・ミネリの3曲、その中でも「ニューヨーク・ニューヨーク」でしょうか。
この歌は1977年の同名映画の主題歌で、ライザ・ミネリが歌った他、彼女の友人のフランク・シナトラも歌いました。映画はニューヨークを舞台に、売れないサックス奏者(ロバート・ニーロ)とジャズシンガー(ライザ・ミネリ)の哀しい恋を描いたラブ・ストーリーで、興業的には成功しなかったそうですが、ラストでライザ・ミネリが圧倒的な歌唱力で歌うテーマソング「ニューヨーク・ニューヨーク」はその後、誰もが知るニューヨークを象徴する歌となりました。
この歌を島津亜矢が歌っている事を知ったのは、へーベルハウスのCMでした。東京湾からニューヨークの象徴といえる自由の女神がゴーッとせり上がる映像とともに、短い時間ですが島津亜矢が歌う「ニューヨーク・ニューヨーク」が流れます。
もっとも、その情報は島津亜矢のファンサイトで教えてもらい、それからへーベルハウスのCMが流れるのを見逃さないようにして、やっと聴くことができました。
わたしはテレビのコマーシャルも結構好きで、流行りの商品もさることながら、コマーシャルはよくも悪くも時代の羅針盤と思ってきました。
へーベルハウスのコマーシャルは今までも細野晴臣が制作するなど話題作が多いように感じていましたが、ポップスやジャズを歌う数ある歌手がいる中で島津亜矢を採用したことをファンとして誇りに思う一方で、よくぞ彼女を発見したと思いました。
くわしい事情は分からないのですが、それまでにこの歌をライブで聴いたこともないので、「SINGER」や「SINGER2」のCDを発表し、またライブや音楽番組で海外のポップスやジャズ、R&Bまでも歌う演歌歌手としてプロデューサーのアンテナにかかり、おそらくこのコマーシャルのためにはじめて歌ったのではないかと思うのですが…。
わたしも教えてもらわなかったら島津亜矢が歌っているとわからなかったと思います。しかしながら誰が歌っているのかとても気になったと思います。
ほんの一瞬といっていい短い時間で、しかも特別「個性的」に歌っているわけではまったくないのに心に残るその歌声は、このコマーシャルの意図するままに決して表に躍り出るわけではないのに心にずっと残ります。
ですから、「あのCMに流れている『ニューヨーク・ニューヨーク』を歌っているのは誰?」という質問がネットでも飛び交っていて、演歌歌手の島津亜矢と知って少なからず波紋を呼んでいるようです。
今回のショーで「キャバレー」とともにこの歌を生で聴けたのはほんとうに幸運でした。そして、黒いドレス姿が格別美しくセクシーでした。

そして…、和服に着替えて星野哲郎の珠玉の4曲、「女の港」、「なみだ船」、「乱れ髪」、「風雪ながれ旅」と、ファンならずとも島津亜矢の類まれなる歌唱力と、聴く者の心をわしづかみにする透明でやや硬質の高音と、聴く者の心の渇きをせつなくうるおす肉感的な低音に、新歌舞伎座がゆれるようでした。とくに「なみだ船」はこのひとの計り知れない才能とたゆまぬ努力から来るのでしょうか、年齢を重ねて声の張りは微妙にかわっているのかも知れませんが、わたしには年を重ねるごとに声の張りも奥行きも多彩さも、より進化しているようにしか思えません。
そういえばずっと前にちあきなおみが彼女の独特の世界観と演劇的ともいえる歌の解釈からみごとにこの歌を自分の歌にしていますが、島津亜矢は歌とまっすぐに向き合い、最初の聴き手でもあるオリジナルの歌い手への尊敬をわすれず、さらにその歌が誕生した音楽の泉にまでわたしたちを誘ってくれるのでした。いま、この歌のすべてともいえる最初の一節で聴く者の心を奪ってしまえる歌手は、北島三郎を除いては島津亜矢しかいないと言っても怒られないでしょう。
もちろん、「女の港」も「乱れ髪」も「風雪ながれ旅」もただ単に歌が上手いというのではない、彼女の心の肌さわりというか、すばらしく純な歌心があふれたすばらしいステージでした。個人的に欲を言えばもう一曲、「海鳴りの詩」か「道南夫婦船」を聴きたかったとわがままを言ってしまいますが…。
二部のショーがここまで進んだ時、わたしは島津亜矢のしぐさや立ち姿に一部の芝居のおしずの「いじらしさ」が重なり、彼女がおしずそのひとのように思えてきました。そのとたん、芝居の最後にたまっていた涙がどっとあふれてしまいました。
芝居の演出家・六車俊治氏が、「島津さんの歌声に感じる悲しさ、しかし、明るい力強さ、そして、そのまっすぐな心」と言っておられますが、この気鋭の演出家は島津亜矢の歌のもっとも深いところをきっちりととらえていらっしゃることに感服しました。
そんなことを思うと、一部は芝居という「板」の上で島津亜矢は彼女らしく歌を歌い、二部はショーという「ステージ」の上で、いじらしくいとおしいおしずを演じていたのかもしれません。
その後のステージでは彼女の名作歌謡劇場シリーズでも人気だった「お七」を、お七役の演者が黒衣に操られ、まるで人形のように踊る人形振りに挑戦し、「縁」、「一本釣り」、「大器晩成」、そして「かあちゃん」と続いた後、久しぶりに「大忠臣蔵」を歌い、最後は「亜矢の祭り」で会場全体を盛り上げ、お客さんへのサービスも怠らず、精いっぱい尽くして盛りだくさんのショーは終演しました。
ファンの方でまだこらんになっていない方々には一部ネタバレになってしまったところもあるかもしれず、おわびします。また島津亜矢のステージをごらんなったことがない方々には、ファンの一方的な思い込みだけではない彼女の魅力を少しでも伝えられたらと書いてみましたが、とうてい言葉で言い表せるものではなく、お時間があればぜひ一度劇場に足をお運びいただければと願っています。
わたしは千穐楽にまた劇場に行くのですが、初日の舞台が最後にどうなっているのか、とても楽しみです。

島津亜矢「なみだ船」

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