島津亜矢とロバート・ジョンスン 「SINGER3」の冒険

島津亜矢は6月4日から23日までの新歌舞伎座、7月8日から26日までの明治座と座長公演を無事やりとげ、ようやく8月10日のBS朝日「日本の名曲 人生、歌がある」、27日のNHK「思い出のメロディー」と、久しぶりのテレビ出演が決まりました。
この間、島津亜矢ファンとしてはテレビ番組の露出度が極端に少なくなり、やきもきしていたところでした。それでなくても演歌のジャンルは三山ひろし、山内惠介につづいて市川由紀乃の露出が目立ち、それにひきかえ紅白常連の歌い手さんの出演回数が少なくなり、明らかに世代交代がはっきりしてきました。
その中にあって、島津亜矢は音楽番組の制作者にとって扱いにくい存在にまたなっていくのではないかと心配なところも正直あります。デビューからずっと、そのたぐいまれな歌唱力と声量と声質を持つ実力歌手と評価されながら、「遅すぎた無冠の演歌歌手」に甘んじなければならなかった長い時を耐え、ようやく彼女の天賦の才能とたゆまぬ努力、そして多くのひとびとが証言する「ひととなり」が熱烈なファンを生み出してきました。
その間も、演歌のジャンルは音楽産業の中ではますます小さくなっていきました。よくも悪くも少年少女のアイドルの斉唱曲やダンスミュージックが中心となった大衆音楽は刹那的な感情を吐露する歌がもてはやされ、かつて阿久悠が言った「ものがたり」をつづる歌はポップスの中でもベテランの歌い手さんがほそぼそと歌っているのが現状です。ポップスですらすでに時代の悲しみや切ない希望をひとりの人間の心の揺らぎを通して表現する歌、「歌を必要とする心に届く歌」が生まれなくなっています。ましてや、相も変わらず「愛する女と別れ、旅立つ男のヒロイズム」、「男に都合のよい耐え忍ぶ女」、「それでも捨てられてしまう弱い女」を歌い続ける演歌が時代の軋みに耳を傾けられるはずもないのだと思います。そんな閉塞状態の中、それぞれの歌い手さんを抱える音楽事務所が予定された音楽番組への出演交渉にひしめき合い、世間でいう「ヒット曲」をつくるためにお金とひとを投入しているのが現実でしょう。
そんな熾烈なマーケットにあり、島津亜矢とそのチームが歩んできた道はまるで正反対の道だったのだと思います。彼女とチームが歩んできた道は、全国津々浦々「歌を必要とする心」に歌を届ける事でした。「お前のその声があればだいじょうぶ」と励ました星野哲郎の教えをかたくなに守り、ぶれずに歌ってきたその道はとても地道で体力も精神力も並大抵ではない道でしたが、長い時を重ねてゆるぎない島津亜矢ワールドが生まれ、その広がりと深さを築き上げてきたのだと思います。
近年、彼女の実力を演歌以外の歌手や音楽プロデューサーが絶賛し、その影響からかアイドルが席巻するJポップに嫌気をさしつつあるポップスファンの間で人気となってきました。その流れを生んだのも島津亜矢自身で、「SINGER」シリーズのアルバムが起爆剤となり、音楽番組での歌唱が火をつけることになりました。
当初は「演歌歌手」であることから外れないかと議論もあったのかもしれませんが、おそらく島津亜矢のどんなジャンルの歌も歌いたいという情熱と、またそれに見合う歌唱力が相まってアルバム「SINGER」がつくられ、その中から1曲か2曲をコンサートや音楽番組でも歌うようになりました。
ポップスも歌える演歌歌手という評価から、最近ではポップス歌手としての実力が高く評価されるようにもなりました。それに沿うように「SINGER」シリーズは今回で3作目となり、カバーアルバムとはいえシリーズを追うごとに収録される楽曲が島津亜矢の音楽的な冒険を裏付ける選曲となってきたように思います。とくに今回の「SINGER3」はよりポップス色が前面に出た意欲的なアルバムなのではないかとわたしは思います。
この記事を書くにあたってネットで島津亜矢情報を検索していたら、2009年のあるひとのブログを発見し、とてもうれしくなりました。
そのブログはいつもはブルースとロックに関する記事と動画を載せているのですが、「ロバート・ジョンソンからいきなりの大転換ですが、どうしても紹介したい日本の女性歌手がいます。島津亜矢です。いちおう演歌歌手と呼ばれていて、昨年たまたま観たテレビ番組での歌唱力が気になったため、今年になってから自宅の近隣で行われたホール・コンサートへ“意を決して”出かけました。というのは、お金を出して演歌のコンサートに行くのは初めてだったのです。果たしてそのコンサートでボクの心は彼女の“声の力”と“歌心”にわしづかみにされました。素晴らしいパフォーマンスでした。はっきり言って、今一番惚れている歌手だと告白してしまいましょう。」と証言しています。
ほんとうに不思議というか、やっぱりというかブルースやジャズ、ロックばかりを聴いてきたひとが島津亜矢をはじめて聴いたとき、演歌歌手という先入観もなくあっさりと彼女のボーカリストとしての底なしの才能に感動してしまうようです。かく言うわたしもそのひとりです。そのブログの作者はなんとローリング・ストーンズやエリック・クラプトンなど数多くのアーティストに多大な影響を与えた伝説のブルースシンガー、ロバート・ジョンスンに通じる日本の歌手として最大の賛辞を送っています。
2010年にはEXILE、平井堅、ケミストリー、JUJUなどのプロデュースで知られる音楽プロデューサー・松尾潔が自身のラジオ番組でアルバム「SINGER」に収録された「I Will Always Love You」を高く評価しただけではなく、現在も島津亜矢のコンサートに足を運んでいることや、昨年の紅白をきっかけにマキタスポーツが「歌怪獣」と称して絶賛したりと、演歌のジャンル以外での有名無名のひとびとが島津亜矢を発見したことの驚きと感動をさまざまなメティアで語っています。
ここまで来るとまた、島津亜矢の進むべき道が演歌ひとすじなのかポップスへの進出もありなのかと、思いまどうことになります。
たしかに、お金と人手をかけた宣伝とプロデュースをすれば、島津亜矢がポップスの世界で大きく羽ばたくことは以前よりは難しくないかもしれません。もし彼女がほんとうは紅白に連続出場したりヒット曲を出すことを望むなら、演歌よりもポップスで、それも良質のヒット曲を連発する作詞作曲家で、島津亜矢が歌いたいと思う作家やシンガー・ソングライターに楽曲を依頼し、ミュージックステーションに出演する営業努力があってもいいかもしれません。そうなれば話題性も歌唱力も申し分なく、停滞気味のポップス界も沸き立つことでしょう。
しかしながら、おそらく島津亜矢はそれを望まないのではないかと思います。たしかに歌手ならば紅白にも出たい、ヒット曲も出したいと願うのは当然で、そのための努力も人一倍した上でもなお、彼女は究極の選択として、島津亜矢がめざす演歌を選ぶことでしょう。今までも何度もチャンスがあっても、星野哲郎の教えを信じ演歌に戻ってきたのですから…。そして、全国で島津亜矢を待っているわたし、あなた、彼女、彼に届けるために、今日も歌い続けているのでしょう。
そんなことを考えながら「SINGER3」をあらためてじっくり聴くと、全曲ポップスでもありジャズでもありブルースでもあり歌謡曲でもありながら、根底に流れているのはまさしく「演歌」なのだと気づきます。不思議に洋楽のソウルミュージックやリズム&ブルースが島津亜矢にとっては演歌とどこかつながっている気がします。
これでいいのだと思います。演歌では音楽番組での島津亜矢の出番はもしかすると以前よりもうひとつ少なくなってしまうかもしれません。それでも島津亜矢の歌手人生にとってのこれからの10年はそんなちまちましたことにとらわれず、島津亜矢にしか切り開けない「日本の歌手」になってくれることを切望してやみません。
今日はここまでにして、次回からは「SINGER3」の中のいくつかの収録曲について書いてみようと思います。

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