新しい歌の誕生を願って 島津亜矢と秦基博 NHK「うたコン」

11月8日、NHK総合「うたコン」に島津亜矢が出演し、「感謝状~母へのメッセージ~」を歌った他、秦基博とのコラボで「蘇州夜曲」を歌いました。
この日の放送は「心にしみる手紙でつづる愛の歌」の特集で、俳優の栗山千明が「心にしみる手紙」を朗読した後に歌手が関連のある歌を歌うという趣向でした。しかしながら手紙の内容と歌にかなり無理のある関連付けも多く、実際は栗山千明が出演するドラマの番組宣伝という意味合いの方が強く感じました。
以前「歌謡コンサート」の「手紙で綴る愛の名曲集」という特集では、大竹しのぶが川端康成、寺山修司、マリリン・モンロー、南極地域観測隊の妻の手紙を朗読し、その手紙の内容と歌が重なりあって、歌い手さんの歌唱にもより深い感情が入り、好評を博したものですが、今回の特集はそれをそのままひきついだものの少し企画倒れかなと思いました。
それでも島津亜矢の「感謝状」は見事な歌唱となりました。何度も書いてきたこの歌はさておき、わたしにとって今回の放送に期待していたのはシンガーソングライターの秦基博と島津亜矢のコラボでした。結果は半分は期待外れ、あと半分は期待通りというべきでしょうか。
わたしは今回のコラボが発表されたとき、秦基博にとっては普通なら顔を合わせることもほとんどなく、ほぼ別の領域の島津亜矢との共演に実のところ戸惑いがあるだろうと思っていました。それに対して、好奇心が強く勉強熱心な島津亜矢は少なくとも2014年の映画「どらえもん」の主題歌「ひまわりの約束」をはじめ、秦基博の活動をリサーチしていたのではないかと思います。
服部メロデーを歌うということで、歌唱曲は島津亜矢のファンの方々の予測が的中し「蘇州夜曲」でした。島津亜矢はすでにこの歌を自分のものとしていて、この歌の舞台が時空を超えて押し寄せてくるような圧巻の歌唱でした。
対して秦基博の場合はまずこの歌をそれほど歌いこんでいないことも事実でしょうが、それだけでなく、聞き及ぶ島津亜矢の歌唱を身近に感じ、ひたすら邪魔をしないようにととても気を使って歌っていたように思います。また、かなり緊張もしていて気の毒に思いました。
この共演のみをとらえれば秦基博のパフォーマンスの低さが目立つ一方、島津亜矢の歌唱力だけが目立ってしまいました。バラエティー色が強くなったこの番組では、今までも二人の歌手がひとつの歌を歌うことが多く、一人の歌手にきちんと歌ってもらった方がいいのにと思うことがよくあります。
しかしながら、今回の放送では唯一の共演の企画であるばかりではなく、演歌歌手とJポップ歌手の共演企画ということで番組担当者の強い意図が感じられます。この番組の制作意図として演歌・歌謡曲のジャンルとJポップのジャンルの共演により、幅広い音楽ファンに楽しんでもらうことともに、違うジャンルの歌手たちがコラボすることで新しい音楽が誕生することを目指していて、その試金石として今回の共演が企画されたことが想像できます。もしそうならば、演歌からジャズまでの幅広いジャンルの歌を全方位的に歌える島津亜矢の実力を高く評価する担当者がJポップの歌手と共演させるためにこの企画が生まれ、さて相手を誰にするかと考えた結果、ボーカリストのJUJUや、島津亜矢のファンと公言している中孝介ではなく、あえてここは歌をつくりだすシンガーソングライターの秦基博に身近に島津亜矢の歌唱力を感じてもらい、あわよくばいつか秦基博が島津亜矢に楽曲を提供するような交流が生まれることを期待した企画だったと思います。
わたしはこの二人のコラボを企画するなら、秦基博も得意とする井上陽水のカバーや、場合によっては彼のオリジナルの「ひまわりの約束」を歌えばよかったのにと残念に思います。そうすれば秦基博もリラックスでき、また島津亜矢がそれらの歌を見事にカバーするのを素直に感動し、二人の出会いが実りあるものになったと思うのです。
その上でJポップの流れとは一線を画し、1999年のメジャーデビューから一貫して自身で作詞作曲し、地道にアコースティックギターの弾き語りでファンを獲得してきた秦基博が、島津亜矢の圧倒的な説得力を持つ歌唱に刺激を受けないわけがなく、その存在を認識したことは間違いのないところでしょう。そして島津亜矢もまた、秦基博が派手なパフォーマンスでごまかさず、二人に共通する「歌に向かい合う真摯さと潔さ」への共感とともに、彼の新曲「70億のピース」を聴いてその歌作りの才能に気づいたことでしょう。
出会いがしらのぎこちなさで今回の共演が制作者の意図通りにはいかず、期待外れの結果になってしまったとしても、この一瞬のすれ違いが二人の音楽的な冒険の一里塚になることを期待せざるを得ません。

「蘇州夜曲」は1940年に作られた映画「支那の夜」の劇中歌として誕生しました。映画「支那の夜」は日中戦争のさ中、長谷川一夫と李香蘭の共演で日本人と中国人の恋愛を描いた映画で、国や軍がかかわった本来の国策映画とはいえないものの、大衆翼賛を象徴するプロパガンダ映画として日本国内はもとより日本の占領下にあった国々で大ヒットしました。
この映画には日本人が占領した植民地の中国人に対する根強い差別感情が随所にあることや支那という言葉にも差別が込められていることなどから、戦後長い間中国では再上映されず日本国内でも一部カットされたのが「蘇州夜曲」と改題して再上映されたようです。
この映画と共に「蘇州夜曲」も同じ運命をたどり、戦後の中国では今も禁歌に近い境遇にあるようです。
この歌には中国の風土と日本人の情感、そして西洋のクラシックとアメリカのジャズが、絶妙に溶け合っていて、日本のポップスの父ともいわれる服部良一の名曲ではありますが、戦後社会では少し心にささったままのとげがぬけないという雰囲気がただよう中、熱烈なファンに支えられて現在まで歌い継がれてきました。
歌が時代と深くつながっていることを証明するこの歌にはその誕生からヒットまで、どこかかなしい不幸がつきまとっています。
島津亜矢が歌うとこの歌の不幸が心に刺さるようで、とても痛い歌になっているとわたしは思います。

島津亜矢&秦基博「蘇州夜曲」LIVE

島津亜矢「感謝状~母へのメッセージ」LIVE

秦基博「70億のピース」LIVE

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