島津亜矢と加藤登紀子と和田アキ子 「今あなたにうたいたい」

新型コロナ感染症の蔓延により、島津亜矢の新歌舞伎座公演が中止になってしまいました。箕面の友人と行くことになっていましたので、とても残念です。
さて、ずいぶん前になってしまいましたが、3月8日のNHKBS放送「新BS日本のうた」に島津亜矢が出演しました。
実はこの時期は毎年5月に開く「ピースマーケット・のせ」の準備などで忙しく、島津亜矢の出演番組を見逃してしまいそうになるところ、ぎりぎりのところで島津亜矢のファン投稿掲示板サイト「亜矢姫倶楽部」で得た情報でなんとか放送当日に間に合うといった状態です。今回だけはだめかと思いましたが、運よくこの番組は日曜日の本放送、その週の土曜日の再放送、翌週の金曜日の再々放送と3回放送してくれるため、最終の金曜日にやっと視聴することができました。
今回の番組では「男の土俵」と、「今あなたにうたいたい」を歌いました。
「男の土俵」は村田英雄の1964年の歌ですが、島津亜矢は「無法松の一生」や「夫婦春秋」など、村田英雄の歌をたくさん歌っています。同時代の三波春夫の「元禄名槍譜 俵星玄蕃」はなぜか歌えなくなってしまいましたが、島津亜矢版といっていい独自のパフォーマンスは絶品で、ファンのひいき目かもしれませんがあまりに素晴らしかったために封印されてしまったのではないかと思います。
わたしは三波春夫の「大利根無情」にしても「元禄名槍譜 俵星玄蕃」にしても村田英雄の「無法松の一生」にしても「人生劇場」にしても、ほんとうはいわゆるジェンダーでいうところの「男らしい」歌ではなく、世間からはじかれたはぐれものが自らの思いや願いからどんどんはずれてしまう悲哀を物語る歌だと思います。村田英雄は自他ともに「男らしい歌」を歌う歌手とされていましたが、わたしは彼の歌には青褪めたダンディズムや切ないテロリズムが隠れていて、彼の恩師である古賀政男とともに、思いまどう心情を振り捨てて生き急ぐ若者像を歌った稀有の歌手だったと思っています。それは戦前戦後の暗い青春を通り過ぎたひとびとのたましいの拠り所でもあった演歌・歌謡曲の神髄で、島津亜矢はその物語を歌い継ぐことを宿命づけられた数少ない歌手だと思うのです。
今回歌った「男の土俵」もまたその一つで、若い時は若い時なりに、そして今は年を重ねた分だけ幾重もの心のひだをたどりながら熱唱する島津亜矢の歌に対する真摯な姿勢にあらためて感じ入りました。

そして、二曲目の「今あなたにうたいたい」…、ポップスも含めて最近の島津亜矢の歌唱の中でも特に深く記憶に残る歌唱でした。この歌を聴けたことはほんとうに幸運でした。
1988年に加藤登紀子がデビュー20周年記念に和田アキ子に提供したこの歌は、「和田アキ子に捧げる歌」との別名(副題)がついていることからも和田アキ子にとって特別な楽曲で、一番大事にしている曲とも言われています。
また、「この歌は、コンサートに来てくれた人への感謝の様なものでありたい」という思いから、彼女のコンサートやディナーショーの最後にマイクを通さずに熱唱することでも有名です。10年後の1998年の「紅白歌合戦」でこの歌を歌い、サビの部分をマイクレスで歌い、大きな反響を呼びました。和田アキ子は自分の声量を見せびらかすためにそうしているのではなく、順風満帆とはいえなかった彼女の人生を振り返らせる歌で、生き別れ死に別れたひとたちへの挽歌を肉声で歌わずにはおれなかったからではないでしょうか。
加藤登紀子は前の年に中森明菜に提供した「難破船」、石原裕次郎が亡くなる前に彼の最後の楽曲となった「わが人生に悔いなし」、そして彼女自身の「百万本のバラ」と、次々とヒット曲を連発していました。その中でも中森明菜の「難破船」は、中森明菜の数々のヒット曲とはちがって、中森明菜の病的ともいえる繊細な感性が乗り移ったかのようなメロディーと歌詞がわたしの心に痛くささりました。あの時代、松田聖子が時代を恋人にしたアイドルだとしたら、中森明菜は時代にほんろうされ裏切られ、猛スピードでショービジネスとしての音楽ロードを突っ走ってしまった悲劇のアイドルでした。
加藤登紀子の新しい歌謡曲といっていい「難破船」は死と別れが生に迷い込み、静かなバラードの中にとても激しい愛と絶望にあふれ、中森明菜自身の心の軋みと共鳴しているようでした。
「今あなたにうたいたい」もまた、和田アキ子のもっとも柔らかく繊細な心に届き、当初は歌うことに戸惑いをもったそうです。ほんとうに不思議なことですが、加藤登紀子が別の歌手に歌を提供すると、相手は単なる歌手ではいられない、もしかするとその人自身も気づかなかった心の蹉跌に突き当たるようで、和田アキ子もまたそうだったようなのです。毒舌で体が大きく、また酒豪で豪快というイメージが強い彼女ですが、とても繊細で心細やかな女性であることは周辺の友人が証明していますが、わたしは何よりも歌手としての真摯さは島津亜矢に通じるものがあると思っています。
さて、「今あなたにうたいたい」ですが、リズム&ブルースやロックを日本語の歌謡曲として歌える和田アキ子の歌唱はロックバラードで、この歌はこの歌い方しかないと思ってきたのですが、なんと島津亜矢はまったく違うアプローチでこの歌をシャンソンにしてしまいました。そのことに驚いた半面、思い返せば加藤登紀子はもともとシャンソン(フランスの歌謡曲)としてこの歌をつくっていて、島津亜矢はもう一つの歌の生まれる場所からこの歌にたどりついたのでした。それはちょうど、美空ひばりの「乱れ髪」を星野哲郎の歌心から彼女の歌にしてしまったように…。
わたしは昨年でしたか一昨年でしたか、加藤登紀子が私の住む能勢町に来た時、美空ひばりとエディット・ピアフに心を寄せながらのライブは、正直にいうと声がほとんど出ていませんでした、それにも関わらず彼女の歌はどれも豊かで瑞々しく、この星に生まれた無数の音楽そのものへの挽歌、そして同時代に生きる誰彼が誰彼を愛し、共に生き、そして別れた愛おしいたましいへの挽歌なのだと思いました。
その切実で崇高なスピリットにやけどするように、島津亜矢は今彼女が持てる音楽へのすべての愛と情熱をささげ、この名曲を泣きながら歌いながら醒めながら、わたしたちを至福の岸辺と連れて行ってくれたのでした。
最近、ついつい彼女のJポップへの進出ばかりを気にしていたのですが、かつてはいくつかのシャンソンを歌ってきた島津亜矢のシャンソンのオリジナルがあればいいなと思います。その時はやはり「おときさん」に依頼するのがいいと思います。
彼女なら、きっと島津亜矢の瑞々しい歌心をわかってくれると信じてやみません。

島津亜矢「男の土俵」

中森明菜 - 難破船 - Live tour 2003 〜I hope so〜

和田アキ子「今あなたにうたいたい」

島津亜矢 / 眦(まなじり)

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