助け合えば乗り越えられるかもしれないという希望と勇気

年を重ねてこそその輝きがわかる「青春」の砂浜に導いてくれた劇団すずしろ

あ、枯葉
春でも枯葉が舞うんですね
冬のあいだ中、木枯らしに負けんと、枝にくっついてたんやね
ついに、力尽きたんかな
うれしそうに、手をふってるみたいでしたね
ほんまやねえ
 (劇団すずしろ「葉ごろも」より)

 6月6日、扇町ミュージアムキューブで開かれた劇団すずしろ第16回本公演「葉ごろも」を観ました。
 劇団「すずしろ」は2004年に箕面市中央生涯学習センターの市民企画講座「60歳からの演劇入門」修了生が立ち上げた劇団で、コロナ禍では無観客公演を配信し、ニューヨーク公演も実現された劇団です。劇団名の由来は、春の七草のすずしろ(大根)で、「自分たちは大根役者である」という意味が込められています。
 すべての企画運営は団員の総意で決定すること
 毎年1回の本公演を目指すこと
 お客様に感動を伝えられる芝居を上演することを目指すこと
 箕面市を中心とした地域の文化振興に貢献すること
 「倒れるときは前向きに」をモットーにシニア世代の可能性をもとめて、果敢に挑戦と冒険を続けること
など、22年も活動を続けて来られた劇団運営の在り方は演劇の分野のみならず、各地の公民館活動や市民活動に大きな影響を与えてきたようです。
 実際、どんな小さな集団にも生まれてしまう権力、とまでも言わないまでも物事を前に進めるには声の大きい方や多数決のみで決まってしまうことが多い中、少なくとも芝居を観るかぎり、この集団がひとりひとりを認め合い、限りなく民主的な運営をしていることが伝わってきます。なによりもそのことがこの劇団の最大の魅力であり、それを支えているのは劇団員の強烈な情熱と持続力にあり、アマチュアだから、シニアだから、何々だから…、という言い訳をしません。それはもしかするとプロの演劇集団でもかなわない稀有のことだと思います。

 轟音の中、七福神が乗った船が大揺れで、とうとう遭難してしまう、というところから芝居がはじまりました。それはあるシニア劇団の稽古場で、公演を間近にして不安と焦りと熱気にあふれています。実際に2014年初演のこの芝居は劇団「すずしろ」の10周年記念公演で、現実と芝居が入り混じった入子構造のこの芝居は、舞台上の近々公演される七福神の芝居の稽古の追い込みという設定で、観客であるわたしたちにもその緊張感を強いるのでした。
 フィクションの時間を追いかけるように現実の時間が急ぎ、その現実をまた「すずしろ」の時間が追いかける…。シニア劇団「すずしろ」の劇団員もまた、実人生で固有の時間を潜り抜け、芝居を通して並々ならぬ「友情」を培ってきたことがひしひしと伝わります。
 実際のところ、シニア劇団の劇団員ひとりひとりにとって、同じ年代のわたしが感じるように、自らの体調がいつも隣り合わせにあると感じるのでしょう。この劇団が全員ダブルキャストでAチーム、Bチームと二つのグループをつくっていることもそのあたりの事情があるのだと思います。芝居の中で、墓じまいの話から、芝居の仲間みんなで樹木葬の場所を見学する場面もでてきます。

「せやけどな、わたしらはいのちかけてんねん」。倒れるときは前向きに。

 七福神が遭難した時に弁天さんの行方が分からずみんなで探していると、弁天さんは漁師に助けられ、お互い好きになってしまい、人間世界で暮らしたいと言います。そんなことは許されないとみんなが説得するのですが、結局弁天さんの恋の情熱に押し切られます。そして、神々の許しを得るために、羽衣を身に着けて七福神の仲間の助けを借りて天上に戻る…。
 これが芝居の中の劇中劇の顛末ですが、芝居のほとんどはその公演を迎える稽古場での演者たちのやりとりにあります。 実は、弁天さんを演じるダブルキャストのふたりとも、すぐにでも芝居をやめなければいけない切実な事情を抱えているのですが、そのことをなかなか仲間に言えずにいます。ひとりはがんを患い手術の日が公演日と重なっていて、もうひとりは物忘れがひどくなり認知症の疑いがあるため、北海道に住む息子夫婦と住む予定で、すでに家も売り引っ越しを迫られていて、息子夫婦が迎えに来ているのでした。
 「たとえ二人だけになっても、いや一人でも芝居を続けると言ってたじゃないの」と言いながら、「来るもの拒まず去るもの追わず」と毘沙門天役の演者がいうセリフは、実はこの劇団のひとりひとりが切実に思っていることで、若いひとたちの劇団では思いもつかない死生観に裏付けされています。
 家族もそろった全員の前で二人の事情が語られた時、一人の家族が「どうしてそんなに芝居のことしか考えられないの、どうせ年寄りの手慰みじゃないの」というと、一人の演者が「はたから見たらそうかもしれん。自分らはへたくそな芝居しかできないし、セリフだってすぐにわすれてしまう、せやけどな、わたしらはいのちかけてんねん」。
 その時、入子構造の芝居の2重3重の現実とそれを演じ切り、「倒れるときは前向きに」と突き進もうとする「すずしろ」の現実がひとつにつながり、観客のわたしも思わず涙が出てくるのでした。
 この芝居の結末はそれから10年後、つまり今現在、みんなで樹木葬の場所に集まり、その間になくなったひとに想いをはせながら静かに前を向く姿が描かれます。
 「すずしろ」が市民活動の一つとしてあることや、シニアの生きがいや居場所としての役割はたしかにありますし、そのことからの集客力で成り立つことも間違いないとは思うのですが、わたしはそのことよりもこの演劇集団の冒険の可能性を無限に広げようとする力が、年を重ねなければその輝きがわからない切ない「青春」の海岸にわたしたちを導いてくれることにすなおに感動します。
 そして、演劇の「非日常」がわたしも含むシニアのさまざま「あるある」や他者が肩代わりできないと思われる非条理な現実のただ中の「日常」によって紡がれ、さらには見渡せば日本社会や世界の日常化した暴力と対置し、みんなで助け合えば乗り越えられるかもしれないという希望と勇気をくれたことに感謝します。