花一つを、砂一粒を人間と同物に見る事、神と見る事

写実の極致、やるせない人間の息づき 没後50年 高島野十郎回顧展 大阪中之島美術館6月21日まで

 5月15日、大阪中之島美術館で開かれている高島野十郎展に行きました。
 わたしはまったく知らない画家でしたが、箕面の友人の勧めでその友人と妻と3人で行ってきました。この美術館には1月11日に「拡大するシュルレアリスム」展を観に行ったのですが、その日はこの冬一番という寒い時で、しかも冷たい突風が吹き荒れる中、道に迷いながらやっとたどり着いた記憶を真新しく残っています。今回は真逆で、5月にしては暑い日でした。
 美術館内のレストランでゆっくりと食事した後、会場に入りました。
 最初に展示されていたのは、「絡子をかけたる自画像」でした。絡子とは主に禅宗僧侶が身に付ける「お袈裟(けさ)」の一種だそうです。この作品は彼が30歳の時に描かれたようです。
 この絵を観てわたしは一気に高島野十郎の世界に入り込んでしまいました。限りなく写実的で細部にまで描きこまれた自画像は、暗い色調の中で真正面を向きメガネをかけていて、かしこまるようでも穏やかな表情でも怒っているようでもないのですが、じっと見つめる瞳の底から発する鋭い視線がわたしの心を捉えて離さないのです。わたしが彼の瞳をみつめているのではなく、絵の中の彼の瞳がわたしをいつまでも見つめているようなのです。
 詩人で僧侶になったお兄さんの影響で、仏教に深い関心を持ち続けたそうで、「寫実(しゃじつ)の極致、やるせない人間の息づき――それを慈悲といふ」という言葉を残していますが、強い精神力でひたすら写実を追求することを画家の使命とし、画壇との付き合いを避け、孤高の道をまっとうした彼の生き方がずしんと伝わってきます。
 髙島野十郎(たかしま・やじゅうろう)は1890年(明治23)年、福岡県の現・久留米市の酒造家の五男に生まれました。東京帝国大学水産学科首席卒業したものの、子どもの頃から好きだった画家の道を選びました。独学で絵を学び、画壇に属せず、透徹した精神性でひたすら写実を追求し、孤高の人と称せられるようになりました。流行や時代に流されることがなかった彼の画業は生前ほぼ無名でしたが、彼の絵を愛し、素朴で気骨ある生き方に共感する人たちが彼の絵を大切に守り、1986年に福岡県立美術館初の回顧展が開かれ、再評価が進み、世の中にその存在と生き方と作品が知られるようになりました。
 没後50年の節目に開催された今回の回顧展は初公開をふくめた160点以上の作品を展示し、大阪では初めての大規模な展覧会となりました。代表作の「絡子をかけたる自画像」、「古池」、「さくら」、「すいれんの池」、「からすうり」、「菜の花」、「雨 法隆寺塔」、「壺とりんご」など、高島野十郎の画業のすべてが一挙に公開された展示会場は圧巻でした。
 「からすうり」が有名な静物画の数々には、写実が極限にたどり着くと、それはもうそこにあるものでもあったものでなく、絵画の中で新しく存在するものとしてせまってきます。風景画にしても風景画によくあるような風景というより、日常の暮らしの中のどこにでもある風景を丁寧に描くことで、そこでもまた絵の中から当たり前のように新しい風景が立ち上がるようなのです。
 旅好きで旅先に訪れたその土地、その町を描いても同じで、旅人でもまたそこに暮らす人々の見慣れた風景でもないと思える風景が絵の中に現れます。優れた風景画はその周りの現実の風景の中にある風や空気や香りが通り過ぎるように現れるものと言いますが、彼の風景画や静物画は全く違い、それぞれの絵の中から瑞々しい風やひそやかな空気や何十年もの過ぎた時間のくすぶった香りがぶくぶくとわいてくるようなのです。彼に習作という時があったのかどうかわからないのですが、時は確かに過ぎていくのに、彼の絵の中ではまったく別の時間がながれているかのように、どの絵にも約束された時間と風景と物と人が静かに息づいています。
 有名な月の連作も、「私は月ではなく闇を描きたかった。闇を描くために月を描いた。月は闇を覗くために開けた穴です」と語っていたように、連作の途上でわずかにあった風景らしきものまでもなくなり、到達点にはぼんやりと浮かぶ月の光が闇の存在をてらすようになるのでした。
 都内の渋谷や青山で多くの時間を過ごしてから、立ち退きを含む2度の引っ越しを経て、70歳を過ぎて千葉県柏市の田園の中で水道も電気もない小さなアトリエで85歳で亡くなるまで絵を描きつづけた高島野十郎だからこそ、その自然の光と闇を見つづけ、今の私たち届けることができたのだと思います。
 そして、生涯にわたり描き続けた「蝋燭」は個展にすら発表されることなく、彼を支えてくれた親しい友人やお世話になった人にプレゼントするためのプライベートな絵画であったことを知り、残された作品群もまたその延長上にあり、孤高の画家というより、彼の画業と人生にかかわった人に恵まれ、囲まれ、愛された人だったのだとあらためて思いました。
 明治から大正、昭和と、日本の激動期に時代に翻弄されることなく自分を貫き、こんなに静かでおだやかで、それでいてとても自分に厳しく生き抜いたこの画家の一生がぎっしり詰まった展覧会でした。