「忘れたくねえ、忘れらんねえ」 山田太一作・ドラマ「五年目のひとり」

11月19日、テレビ朝日で放送された山田太一ドラマスペシャル「五年目のひとり」を観ました。
1970年代の「それぞれの秋」、「男たちの旅路」、「岸辺のアルバム」、1980年代の「早春スケッチブック」、「ふぞろいの林檎たち」と、時代の空気に敏感でありながら、時代に流されない不器用なひとびとを描く山田太一のドラマは、当時のわたしにとってバイブルに似たものでした。政治的な活動には参加しなかったものの、70年安保以後の高度経済成長のスピードにしがみつき、心の奥に取り返しのつかない忘れものをしたような鬱屈した感情を隠していたわたしは、山田太一のドラマによって勇気づけられていたのでした。
とりわけ、連続ドラマ「男たちの旅路」の中で障害者の問題を題材にした「車輪の一歩」では、他人に迷惑をかけるなという社会の常識が障害者自身を縛っている、迷惑をかけたらいいじゃないか、いや迷惑をかけることが障害者の権利であり義務だと言い放つ主人公の鶴田浩二のセリフが反響を呼びました。また「人間はやってきたことで評価されてはいけないかね」と老人たちが異議申し立て、バス・ジャックを起こす「シルバーシート」では鶴田浩二が演じる主人公に「あんたはまだ若い、十年たったらわかる」と言って説得に応じない笠智衆など老人たちの強烈なメッセージは衝撃でした。
その縁もあって、わたしが豊能障害者労働センターに在職していた1992年と2001年の2回にわたり、箕面で講演をしていただいたこともありました。

1995年の阪神淡路大震災、オウム真理教事件、アメリカ同時多発テロ、東日本大震災とつづいた一大事件を一連の切迫した警鐘ととらえ、世界とわたしたちの未来の在り方を模索するひとびとがさまざまな分野からメッセージを送っている今、山田太一もまたその中の一人だとわたしは思います。
若い頃に山田太一のドラマから自分の生き方を学んできたわたしは、山田太一がテレビドラマの可能性にやや絶望していた時期を越え、東日本大震災以後、本数は少ないものの今だからこそより切実に再生の祈りを詰め込む彼のテレビドラマを待ち望んできました。
災害が起きるたびに「絆」とか優しさが日本国中にあふれ、救援活動を通じた美談が氾濫することや、反対に「被災したものの気持ちなどわかってたまるか」という強烈なメッセージも行き交う中で確実に時は過ぎ、また新しい災害や事件にひとびとの関心が移り行く…。山田太一はそれを追い続けるドキュメンタリーが事実を追い、検証することで、ある意味一方的なメッセージを提示するのに対して、ドラマでならさまざまな対立するメッセージを登場人物に語らせることで真実を視聴者と共有し、そこから切実に再生へともがくひとびとと寄り添えるのではないかと思ったのではないでしょうか。
彼がはじめて震災を取り上げたのは2012年のNHKドラマ「キルトの家」だったと思います。このドラマは都会の「団地」に取り残された孤独な老人たちがひとつの家に集いコミュニティの再生を願う集まりに、被災地から安住の地を求め「団地」に逃れてきた若夫婦が出会い、不安に揺れながら幸せを求める道を探し出すといった内容でした。震災から一年半がすぎた頃で、東北の被災地から避難してきたひとたちが、それを隠さなければならない風潮があったことを物語っています。ドラマの後半になって二人がぽつりぽつりと震災の体験を語り始め、それを受け止める老人たちとの交流から被災地の再生が被災地だけのものではなく、老人たちの自立と再生への想いとつながっていきます。
2014年の「時は立ち止まらない」は今回と同じテレビ朝日の放送で、このドラマでは、震災によって息子と娘が結婚するはずだった二つの家族の内、息子と祖母を亡くし家もなくした家族と、被害がなかった高台に住む家族との間の葛藤を描いたドラマでした。被災地の中で被害を免れたひとびとの後ろめたさと、被災したひとびとを助けたいと思う気持ちと、自分たちが悪くもないのに助けてもらうことへの屈辱と無念がぶつかり合います。同じ被災地に居ながら運よく被害を免れたひとびとの心にも、後ろめたさだけではない大災害の爪痕が広く深く残って行くことを痛烈に描いたドラマでした。

そして今回のドラマ「五年目のひとり」は、東日本大震災の5年後、癒えぬ心を抱く孤独な中年男と多感な少女との不思議な出会いがもたらす再生の物語です。
孤独な中年男・木崎秀次に渡辺謙、亜美の両親に柳葉敏郎と板谷由夏、パン屋の主人に高橋克実、その妻に木村多江、そして木崎を東京に呼び寄せ見守る花宮京子に市原悦子と、そうそうたるベテラン役者に交じって多感な少女・松永亜美を演じた蒔田彩珠、亜美の兄を演じた西畑大吾の若い二人が好演しています。

文化祭からの帰り道、中学生の亜美は見知らぬ中年男(渡辺謙)に、歩道橋で呼び止められます。文化祭で男はダンスのステージに立った亜美を見たといい、「キレイだった。いちばんだった」と言葉を贈り、立ち去ります。
亜美は思いがけない褒め言葉に有頂天になりますが、母・晶江がその話を聞き自宅に心配のあまり、警察を呼ぶ騒ぎにまでなってしまいます。
数日後、街で男を亜美は偶然見かけ、小さなパン屋で彼が働いていることを知ります。その男木崎秀次は知人の誘いを受けて故郷からこの町に移住し、ある事情で無給で働いていたのでした。木崎のことを母が疑うほど、悪い人間には思えない亜美は次第に秀次と会話を重ねるうち、打ち解けていきます。
そんなある日、パン屋の主人から亜美は本当の秀次の身の上を聞く。実は、東日本大震災の津波で秀次は家族をいちどに8人も失ったという、あまりに壮絶な過去を秘めていたのでした。福島で獣医をしていた木崎は震災当初、牛の処分など過酷な仕事をしていて、最愛の家族の死と向き合わないまま3年がたち、自分の心がこわれかけていることに気づき、自ら病院に入院治療し、退院後同郷の京子(市原悦子)の勧めで東京に出てきたのでした。
亜美は木崎が声をかけてきたのは、木崎がなくした娘に似ているからだと思います。そして、わたしは亜美で木崎の娘ではないといいます。しかしながら木崎はそのことをわかっていても、どうしても亜美を娘とも感じていて、娘や妻、息子を亡くした現実から目を背け、自分の心がまだ癒されていないことを知るのでした。
まわりからも自分からももう亜美には会ってはいけないと決めた木崎は、亜美の兄から「妹がもう一度、今度は亜美として会って欲しいと言っている」と伝言されます。
福島に戻るところから、もう一度再生しようと決め東京を去る日、バス停の道路の向う側から手を振る亜美がこちら側に必死で走ってきた時には、木崎の姿はもうありませんでした。(ドラマなので、ネタバレしています。ごめんなさい。)
このドラマの最後の最後、この場面まできて急に号泣してしまいました。震災で亡くなった最愛の家族や友人、それでも生き残った者は生き続けなければならないのです。そして、普通ならあり得ない50代の男が14歳の少女との出会いによって人生の深い意味をあらためて知り、勇気を絞って生きなおそうとする姿に涙が止まらなくなったのでした。
「忘れないと生きていけねえ、忘れたくねえ、忘れらんねえ、忘れないと生きていけねえ、食パンにメロンパンに…」。泣き崩れる木崎に京子はいいます。「泣いて、思いっきり泣いてから福島に帰って…」。

山田太一は東日本大震災から5年が過ぎ、いまだにその悲しみを引きずっているひとびとに少し引いてしまう世間の風潮があるけれども、まだちゃんと泣いていないひとがきっといるにちがいない、人を失ったつらさというのは他人にあまりいうことではないし、言っても相手が困るだろうというような、そうした深い悲しみ、心の波立ちといった感情の世界を描くことがフィクションのおもしろさだとコメントしています。
「まだちゃんと泣いていないひとがいる」というコメントから、先日観た映画「永い言い訳」の西川美和監督の言葉を思い出しました。彼女もまた「永い言い訳」という映画を撮ったひとつの理由に、「3・11の大震災を経験した後、大切な人との愛に包まれた別れではなく、後味の悪い別れ方をした人の話を描きたかった」と言います。
「目の前にいる人が突然いなくなった時の、あの時に一言声をかけてれば、ひと目あっていれば、といった後悔を背負いながら生きていく人たちの人生を描きたかった」と…。
この映画では、主人公の幸夫が自宅で愛人と情事にふけっている時に、旅行中のバスの事故で妻が死んだというテレビニュースが流れます。妻に謝る機会も許してもらえる機会も永遠に失った幸夫は、罪悪感の落としどころがみつからずにジタバタします。 「最愛の妻を亡くした夫」を演じる事しかできない幸夫もまた、ちゃんと泣くことができないのでした。自分勝手で見栄っ張りのどうしようもない嫌な奴だった幸夫が「愛するべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくはない」と気づいたとき、はじめて妻の死を受け入れることができるのでした。喪失と引き替えに生きなおす再生の物語は、今回のドラマとつながっているように思います。
もちろん、震災による15000人に及ぶ家族や友人や恋人との別れに向き合わなければならなかったひとびとの心の時計が、映画「永い言い訳」の主人公と一緒にはできないのは当然のことです。しかしながら、生き残ってしまったひとりひとりのそれからの長い人生が同じ時を刻むはずはなく、再生の物語が喪失の物語でもあることを、映画「永い言い訳」もドラマ「五年目のひとり」も教えてくれたのではないでしょうか。

 「忘れたくねえ、忘れらんねえ」 山田太一作・ドラマ「五年目のひとり」” に対して2件のコメントがあります。

  1. S.N より:

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    tunehiko様
    いつも新しい記事を楽しみに読ませていただいております。
    以前から、山田太一監督の作品を紹介していただいていましたので
    今回も楽しみにしていました。
    昨日、遅ればせながら録画していたこのドラマを観ました。
    見る前は、渡辺謙さんでは少しかっこよすぎるのではないかなあと
    思っていましたが、素晴らしいキャスティングだったと思います。
    壮絶な身近な家族や人々との別れは、想像するしかありませんが
    見ている私も自然と涙が出ました。
    とてもいいドラマでした。
    あらためてtunehiko様の記事を読ませていただいて、
    私の感じたことがすっきりと整理されて、腑に落ちました。
    これからも、ドラマや映画の紹介をよろしくお願いいたします。
    (追伸)
    来年のカレンダー素晴らしいです。息子たちにも配ろうと思います。
    それから、島津亜矢さんが今年も紅白に出場できて本当によかったですね。
    個人的には、おおとりでマイウエイなんかを歌ってほしいなあと思っています。

  2. tunehiko より:

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    S.N様
    お久しぶりです。お元気ですか?
    山田太一さんのドラマに共感してもらえることはほんとうにうれしいです。
    山田太一さんもファンのわたしもずいぶん老人になりましたが、山田太一さんのみずみずしさは、青春そのものだと思います。
    カレンダーを購入してくださったのですね。ありがとうございます。
    島津亜矢さんの紅白出場は実は悲観的に見ていたのですが、よかったです。

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