人生は謎? 劇団すずしろ公演「十津川まで」

どっかへ走っていく汽車の 75セントぶんの切符をくだせい
どこへいくかなんて 知っちゃあいねえ
ただもう こっちから はなれてくんだ。
11月23日、箕面市立メイプルホール・小ホールで上演された劇団「すずしろ」の第15回本公演「十津川まで」を観ました。劇団「すずしろ」は2004年に箕面市中央生涯学習センターの市民企画講座「60歳からの演劇入門」修了生で立ち上げた自主グループで、コロナ禍では無観客公演を配信し、ニューヨーク公演も実現させた実力派の演劇集団のようです。
わたしは初めての観劇でしたが、この劇団が設立から21年も続き長く活躍できるのは団員の情熱もさることながら、劇団員の自主性を大切に、役者もスタッフも対等で民主的な活動を続けているからだとおもいました。
今回の作品は60歳以上のシニアだからこそたどり着ける演劇をめざし、劇団員の実体験をもとにみんなで話し合い、演じては絶えず脚本を修正しながら作り上げたオリジナル作品ということでした。また劇団員が33人の大所帯であることから、絶えず新しい事に挑戦する演劇的野心と冒険に満ちたトリプルキャストによる上演となったようです。
心よ心、世界でいちばん遠いところ
数年前に夫を亡くした一人住まいの女性・池辺佐和さんは最近物忘れが多く、今まで出来ていたことが出来なくなって来ています。子どもたちが何かと心配する中、自分自身も少し心配になりながらも毅然と生きる女性です。
夫の命日に毎年家族で行ってきたお墓参りが、今年は息子や娘たちは仕事があって行けません。「一人では危ないから」と止める子どもたちの反対を押し切って、一人でお墓のある十津川へ出かけるのでした。
「一人で行ける」と家を出たものの、最寄りの駅から十津川までの電車のチケットもわからず、足早に通り過ぎる人にたずねる間もなくおろおろしていると、ちょうど十津川まで行く男と出会い、奇妙な二人旅が始まります。
ネタばれになってしまうのですが、実はその男・塚田は娘たちが雇った便利屋で、佐和さんに悟られないように道連れになるという設定で、私たち観客もそのことを知るのはずいぶん後のことになります。
物語はこの2人の、映画で言えばロードムービーで、認知症に関わず、なにがしかの障害を持つ当事者と同行する便利屋という立場を越えて、二人の間に友情と言える信頼感が芽生えていくそのプロセスが心にしみます。
そこには、まだ当事者とはいえないまでも劇団員ひとりひとりの実人生での先行き不安の一方で、これからどんな人生が待ち受けていても自分らしく生きる自由を持ちつづけたいという強い意志も隠れています。それはまたこの物語を追いかける観客の一人である今年78歳のわたしの心模様でもあるのです。
その意味合いでは、佐和さんにとって塚田はあとから知ることになる便利屋でもサポーターでも、またファシリテーターですらなく、一人旅でたまたま出会ったその時だけのすこし頼りないけれど自分の話を真正面に聞いてくれる友人であり、まがりなりにも目的地まで自分をつれていってくれる頼りがいのある友人でもあります。また、塚田にとっても佐和さんとの旅がすでに仕事ではなく、それほど風采も上がらず請負仕事で暮らす彼にとって、とてもかけがえのない旅になったのだと思います。息子と間違われ、息子が子供のころ好きだったフルーツサンドとミックスジュースを一緒に食べることが、涙が出るくらいにうれしかったのだと思うのです。
ともあれ、二人の珍道中は川に沿って長い道のりをバスで出発したものの、十津川の観光名所でもある八瀬のつり橋付近のバス停で出発時間に乗り遅れ、レンタカーで行くことになったり、佐和さんが足をくじいたりと、なかなか思うようには目的地に着きません。
時はめぐり夢の果て、大丈夫とほほえむ人は誰?
十津川温泉には、次女が旅館の女将になっていて、佐和さんの着くのが遅いと心配し、姉と言い合いになったりして気をもんでいます。
ようやく旅館に着くと、塚田とはそこでお別れになるのですが、翌日の朝早く塚田を呼び出し、お墓参りに行ってしまい、家族はまた大騒ぎします。そんな顛末から何年かたち、佐和さんは車いすに乗り、老人施設に入所したようで、今度はめったに会えない息子がだれかわからないようですが、墓参りを終えフルーツサンドとミックスジュースを食べ、家族みんなが客席を越えて劇場のずっと彼方、行方不明になりそうな未来をみつめて物語は終わりました。
何度か一瞬舞台が止まってしまうように感じたときがありましたが、それがまたなんといえない味があり、とくにわたしは十津川に行ったことがあるため、佐和さんと塚田の長い道のりが我が事のようによみがえりました。何度も十津川にたどりつけるか不安になりながらバスに乗っていたことや。八瀬の吊り橋が揺れてこわかったことなどを思い出しました。
この劇場には毎年同じころに、障害をもつ怪優奇優が舞台狭しと闊歩する活劇純情芝居を見に来ていたのですが、その劇団が残念ながら休演になってしまい寂しく思っていました。けれども友人がはじめての体験でこの公演に出演するのが縁で観に来たのですが、とても楽しく、それでいてとても深い時間をもらいました。
劇団「すずしろ」はおそらくエンターテインメントやパフォーマンスとは無縁でしょうが、といって演劇の本質にあると思われる祝祭ともちがい、幕間の少年少女(?)合唱団の歌と共に、「今を生きる」ドキュメンタリーのようでした。


