どんなに離れていてもつながり助け合おうとする心

初夏に輝くチャリティーコンサート in みのお2025
7月19日、箕面市立メイプルホール大ホールで開かれたコンサートに行きました。
ドイツで活動するヴィオラ奏者の吉田馨さんの呼びかけで毎年開かれるチャリティーコンサートで、収益を被災障害者支援「ゆめ風基金」に寄付されます。
世界でも日本でも数えきれない自然災害と各地の内乱、紛争、侵攻、戦争がたくさんのいのちを奪い、光まぶしい明日がもう二度と来ないかもしれないと思えてしまう現実に直面して、音楽やアートなどすべての表現活動がそのことを抜きにして他所の出来事とか他人事として通り過ぎることができるでしょうか。
ドイツで演奏活動をしている吉田馨さんもまた、ロシアによるウクライナ侵攻がヨーロッパの人々の暮らしを直撃し、不安な毎日をすごしていると話されました。一人の力ではどうすることもできない世界各地の暴力が連鎖する中で、しかしながらそれに抗い、どんなに離れていてもつながり助け合おうとする心もまた、たしかにある…、つながりたいと願う心と心がもうひとつの歴史をつくってきたこともまた真実なのだと思います。
クラシック音楽は中世の教会音楽から15世紀のルネッサンス音楽を経て17世紀に花開きましたが、この時代のヨーロッパは「17世紀の危機」ともいわれ、寒冷化やペストの流行などによる飢きんや30年戦争、英蘭戦争など社会が不安に覆われた時代でした。一方でヨーロッパは教会から各地の領主による封建制、絶対王政へと支配の構造が変遷し、大航海から重商主義を経て18世の産業革命が生まれる過程で、ヨーロッパ各地のみならずアジアや新大陸の資源を競って奪い合った時代でもありました。
そんな時代に片手に銃を持ちながらもう一つの手に楽器を持ち、無数の血の塊としかばねを踏みこえてひとからひとへと受け継がれて現代に残るクラシックと呼ばれる音楽は、ラブソングの中に時代の悲鳴を、祝祭の中に鎮魂を、悲しみの中に希望を隠した記憶のジャーナリズムなのだと思います。
年ごとに新しい冒険を試みるコンサート
コンサートのはじまりは「セルビアの理髪師」などオペラの作曲家として有名なロッシーニの「弦楽のためのソナタ第一番ト長調」でした。ロッシーニが少年時代につくったとされる6つのソナタの第一番で田島綾乃さんのヴァイオリン、吉田馨さんのヴィオラ、宮地晴彦さんのチェロ、渡戸由布子さんのコントラバスによる演奏ではじまりました。
2曲目は中井由貴子さんのピアノと田島綾乃さんのヴァイオリンで、サラサーテのスペイン舞曲集作品22-1より、「アンダルシアのロマンス」が演奏されました。
クラシックになじみのないわたしでも、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」は知っていて、若い時にはまった鈴木清順の同名の映画と、昨年の能勢の音楽祭で聴いた田尻綾乃さんの演奏が心に残っています。「アンダルシアのロマンス」は、サラサーテがアンダルシア地方の民族歌曲を取り入れたとされる楽曲です。ヴァイオリンの演奏家としても活躍したサラサーテらしくヴァイオリンの魅力がいっぱいの楽曲を、田島綾乃さんの演奏で楽しみました。情熱的で繊細で甘美なメロディーは夢見るように時が過ぎ行く切なさも感じました。
3曲目は中井由貴子さんのピアノと宮地晴彦さんのチェロによる、セルゲイ・プロコフィエフのバレー音楽「ロミオとジュリエット」より4曲が演奏されました。
これらの曲をチェロとピアノだけで演奏するのは異例なことだと思います。チェロは低音でメロディーを奏でる不思議な楽器で、お腹の底から体全体に湧き上がる音がふつふつと立ち上がります。宮地晴彦さんの演奏はいい意味で音楽の匠のようでした。
東日本大震災の直後、小室等さんは「阪神大震災の時はまだ歌には力があると思えたけれど、今はもうそんな風に思えない。愛だの恋だの、プロテスト(異議申し立て)だのメッセージだのっていうものが通用しないって気分。自分のやってきた音楽、表現が力を失った。舞台に立ち、人に向かって何かを発信する根拠が、波にさらわれた」と思ったそうです。そして、直後に聞きに行った音楽が、たしかチェロのコンサートだったといいます。「今は、歌のない音楽を聴きたい」と…。宮田晴彦さんのチェロを聴いていて、そんなことを思い出しました。
いくつもの時代をくぐりぬけて届けてくれた時の花束
休憩をはさんで、今回のコンサートのメインプログラムはレイフ・ヴォーン・ウィリアムスの「ピアノ五重奏」でした。
中井由貴子さんのピアノが地平線を引くように響き渡り、その躍動感に誘導されるように始まったこの曲はとてもドラマチックで、殻をやぶって鳥がでてくるような、あるいは夜の帳を突き破り、朝の光につつまれるような演奏で、ともすれば心落ち込む出来事がつづく中、わたしにも次の旅がありそうな期待と希望をくれました。
2022年のチャリティーコンサートではリヒャルト・シュトラウス作曲による23の弦楽器のための楽曲「メタモルフォーゼン~23の独奏弦楽器のための習作」を演奏してくれました。家々も町も心も壊れていくナチスドイツの崩壊の様子が目に浮かぶ演奏で、時の記憶としての音楽が会場いっぱいに広がったことを覚えています。
今回は壊れてしまった時代から勢いよく躍り出る新しい時代のわくわく感にあふれた曲でした。2つの大戦を潜り抜けた1872年生まれのイギリスの作曲家が30歳ごろにつくったとされ、うずもれていた楽曲と言われているようです。下世話で申し訳ないのですがずいぶん前に放映され、水谷豊と岸恵子の好演が際立ったドラマ「相棒」で、イギリス郊外の森に包まれたセピア色の家と、恋にさいなまされる成熟した女性を演じた岸恵子を思い出しました。
そしてもうひとつ、コントラバスも参加する五重奏がとても気持ちよく、ハーモニーとデモクラシーが手をつないでやってくる室内音楽の魅力をあらためて感じました。
実際のところ全く縁のなかったクラシック音楽にわたしが親近感を持ち始めてまだ10年、人生最後の時間にかけがえのない贈り物をもらったわたしの少ない経験のひとつとして、これからもわからないまま音楽の旅に身をゆだねようと思った時間でした。


