「瞼の母」と「ボヘミアン・ラプソディ」 島津亜矢にフレディの魂が下りてくるか

今夜7時半放送のNHK「うたコン」で、島津亜矢がデーモン小暮とのコラボでQUEENメロディを歌うとのことです。
出演者リストを見ると、五木ひろし、CHEMISTRY、ジェジュン、島津亜矢、デーモン閣下、天童よしみ、広瀬香美、水森かおり、May J、山内惠介、山田姉妹、フラッシュ金子、MUSIC CONCERTOと相変わらずの総花的で、なかなか落ち着いて島津亜矢のQUEENメロディを聴くという雰囲気にはならないかもしれません。
しかしながら今年になっても映画「ボヘミアン・ラプソディ」の上映延長など、社会現象が収まらないQUEENを、デーモン小暮はともかく島津亜矢に歌わせるこの番組の制作スタッフの大胆さと、実は緻密な戦略で島津亜矢のボーカリストとしての真価を問う冷徹さに、とにもかくにも恐れ入るといったところでしょうか。
彼女彼らにしてみれば、いくらQUEENが再ブレイクといっても、島津亜矢のファンをふくめて演歌ファンにほんとうに浸透しているのかといえばそれほどでもないと見ているところもあるように思えます。
また、ロックやポップスファにとっては、最近演歌歌手でありながらポップス歌手を凌駕する歌唱力を見せつける島津亜矢であっても、さすがにQUEENは無理があると思っていることでしょう。事実、島津亜矢は今までたとえばビートルズやエルビスを歌うこともありましたが、どちらかと言えばまだ縦揺れのロックには波長が合わず、R&Bやソウル、ゴスペル、ジャズなど、横揺れのリズムの方が向いているという印象があります。
だとすれば、たとえこけたとしてもどちらにも言い訳ができる演出で、島津亜矢本人の力不足や向き不向きで説明できるわけです。
しかしながら、彼女彼らの賭けが成功し、島津亜矢が信じられない歌唱力と歌を詠む力で圧倒したら、今回の冒険はこの番組のコンセプト以上に思わぬ化学反応を起こしたことになります。
実際、他の出演者を見ればCHEMISTRYやMay Jなどに歌ってもらう方が無難だという判断は素人でもわかります。しかしながらよくも悪くも、そんな予定調和をこわしてでもこの番組にも島津亜矢にも音楽的冒険を望んだという意味で、番組のスタツフが島津亜矢のボーカリストとしての可能性をいかに高く評価し、期待しているかがよくわかるのです。
さて、わたしは島津亜矢がQUEENの歌唱を通して、ロックにも翼を広げてくれることを願っています。それほどロックに詳しいわけではありませんが、最近、特に日本でロックが低調で、かろうじてわたしはグリム・スパンキーが大好きですが、彼女彼らのような古いロックがかかると60年代から70年代の、ロック音楽を通して若者が社会を変えていく可能性があった時代があったことを思い出します。
島津亜矢の演歌は「歌い切るから歌い残す」へと進化したことですでに至高点にたどり着いたと思っているのですが、一方で「瞼の母」、「人生劇場」、「影を慕いて」など、若き青年の心の震え、青ざめた絶望を歌う一連の股旅ものや青春の暗闇を歌う時、そこには個人の愛や欲望や裏切りを越えた時代のカタルシスがあり、翻ってQUEENとフレディ・マーキュリーのロックとつながっていると思っています。
フレディ・マーキュリーの抱えていた底なしの絶望は彼だけのものではなく、時代そのものの絶望であったわけですが、島津亜矢のように実人生ではそんな暗闇をもっていないかも知れないけれど、歌や音楽にはそれ自体が時代の記憶を背負っていて、島津亜矢はその歌の持つ記憶に突き動かされて歌うことで、時代の暗闇と立ち向かわざるを得ないのです。実のところ、わたしは島津亜矢が歌の記憶に押しつぶされてしまわないか、心配になることがあります。
ともあれ、QUEENとフレディ・マーキュリーは、政治的な革命が挫折した後に政治的な革命ではない、寺山修司が演劇の可能性としてめざした想像力という回路、人間の多様な回路を通る革命を垣間見ていたと思います。後のスタジアムロックと言われた数十万の人びとの前でフレディーが、半パンに上半身裸で赤いスカーフというかなりかっこ悪い姿でこぶしを上げながら叫び歌うロックは、後の1989年のベルリンの壁崩壊の前の東欧諸国での来るべき革命を予感していたのだと思います。
あの人々は何を想い、フレディと共に歌い、そしてどこへ行ったのでしょうか。
島津亜矢が歌う「瞼の母」の番場の忠太郎が時代にも母親にも拒否され、ぎりぎりのところで刃を抜かなければならなかったテロリストの瞼を支配する母親という権力としての家族観を捨て去る時、そこに広がるのはフレディ・マーキュリーの圧倒的な孤独とつながる荒野なのではないでしょうか。
島津亜矢が誰のために歌い、誰の人生を語り歌うのかというその一点で、QUEENとフレディ・マーキュリーのロックとまったく同じルーツを感じます。
開けてびっくり、とても緊張しますが、今日の島津亜矢は特別な島津亜矢になることでしょう。おそらく、番組は話題作りのバラエティ感覚満載という騒々しい雰囲気の中で、島津亜矢のQUEENを通り過ぎようとするでしょうが、島津亜矢にとってはそんなものではない、大きな冒険であることでしょう。
とても短い時間だと思いますが、島津亜矢のファンとして、彼女のボーカリストの翼がQUEENのロックへとつながって行くのか行かないのかを見届け、聞き届け、立ち会いたいと思います。

Queen - Bohemian Rhapsody (Official Video)

QUEEN - We Are The Champions

島津亜矢「瞼の母」

島津亜矢「影を慕いて」

島津亜矢「船頭小唄」

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