映画「繕い裁つ人」の舞台となった「旧平賀邸」

今日、映画「繕い裁つ人」の舞台となった「旧平賀邸」を観てきました。映画「繕い裁つ人」については記事にしましたが、この映画は見事なキャスティングもさることながら、舞台となった神戸の街並みとおしゃれなお店、メリケンパーク、旧グッゲンハイム邸、神戸どうぶつ王国(旧神戸花鳥園)など、映画を観る者にそこでなければならなかったと強く思わせる場所というか、舞台背景というよりこの映画の登場人物たちの人生をプロデュースし、それぞれのメモリアルやエポックに奇跡的に立会う場所として、スクリーンいっぱいに存在感を持たせています。その中でもひときわ重要な舞台となったのが、「南洋裁店」となった旧平賀邸でした。大きな窓からの自然の光がやさしく入り、木の質感が醸し出すこげ茶色をベースにした落ち着いた部屋が、中谷美紀が演じる市江をシルエットにしてやわらかく包み込んでいます。この映画のもうひとつの主役が「服」であるなら、この映画のもうひとりの監督はこの家そのもののように思います。なぜなら、映画は登場人物が何か言葉を発する前に、すでにこの建物が長い時をかけて言葉にならない物語をかくしていて、まるで三島有紀子監督とそのチームが想像し、構築しようとした映画を待っていたかのようなのです。メイキングを読むと、「南洋裁店」になる洋館を探し続けた果てに、中谷美紀の立ち姿が美しく撮れる空間としてこの建物が選ばれ、実際に彼女が夕陽が射し込むこの部屋に立った時、だれもがこの映画がいい作品になることを確信したと言います。

「旧平賀邸」は能勢電鉄山下駅から10分ほどの川西市郷土館の中にあります。川西市郷土館にはいくつか施設があり、そもそもは古い歴史を持つ多田銀山の最後の製錬所として1935年まで操業していた「平安家」の精錬所跡と今に残る「旧平安邸」を利用して1988年に開館されました。その後旧平賀邸を猪名川沿いの川西市小戸から移築し、川西市にゆかりのある青木大乗と平通武男の画業を回顧・遺作を常設展示する施設や、平通画伯のアトリエを再現した施設などが増設され、貸室事業や企画事業なども充実しています。「旧平賀邸」は、染色技術を身に着けた化学者で、実業界・教育界を含め幅広く活躍し、多大な功績を遺した平賀義美博士の邸宅として1918年に建設された、イギリスの田園住宅の形式を忠実に守った洋館です。外壁は小さな石を塗りこんだ洗い出しと呼ばれる独特の仕上げで、スレートぶきの屋根と出窓、ステンドグラスなど、とても洗練された建物です。内部は木材の質感が落ち着いた空間をつくり、暖炉や家具など、イギリス流の端正で洗練されたインテリアで統一されています。大阪府池田市と兵庫県川西市の境を流れる猪名川沿いの川西市小戸(おおべ)地区に創建以来、昭和の末まで約70年に亘って変わらぬ佇まいを残していましたが、阪神高速池田線の延伸とそれに伴う猪名川の河川改修により、敷地の縮小を余儀なくされ、取り壊されるところを1900年、川西郷土館に移築保存されることになったそうで、国登録有形文化財に指定されています。取り壊されていれば別の建物で映画は作られたでしょうが、あの「南洋裁店」は存在しなかったと思うと、移築の費用や維持管理の費用が大変だと思いますが、後の時代までも残されてよかったとつくづく思います。映画がいま公開中ということもあり、建物内は「繕い裁つ人」一色で、映画のシーンのパネルで埋め尽くされていました。この建物そのものは映画とは別に関心のある方にはとても貴重なものですし、そうでないわたしにしてもこの建物の中にいると部屋の隅から隅まで、建物の端から端までとても丁寧な細工で、そのことから醸し出される静かな空間が心地よく、とても落ち着きます。映画が終わり、少し落ち着いたらまた元の静寂につつまれた独自の空間を取り戻すと思いますが、「繕い裁つ人」を観てきたばかりのわたしには映画の中の「南洋裁店」と現実の建物との区別がつきにくく、映画の登場人物たちの声や姿がこの建物の中の残っているような気持ちになりました。映画の楽しさのひとつに、ほとんど狭い舞台の中だけで多様な物語や緊張した空間をつくりだす芝居とちがい、ストーリーとは直接関係しない風景がスクリーンの隅にあったり、時にはスクリーンをはみ出して観る者の記憶の底に映し出されたりすることがあります。そして、何年もたってひとつの映画の何気ない風景がふとよみがえり、心が締め付けられるほど切なくなることがあります。「繕い裁つ人」が映した旧平賀邸には、「南洋裁店」の市江と彼女をとりまく人々が映画の中で生きていた記憶がかくされ、現実の建物の記憶に溶け込んでいくにちがいありません。旧平賀邸を充分に楽しんだ後、青木大乗と平通武男の残した絵を観たり、旧平安邸にも上がらせてもらいました。ちょっと立ち寄って日常の時間と空間から離れ、落ち着いた心持で時間を過ごすのもいいものだと思いました。今度また、映画と現実が程よくなじんだ頃に訪れたいと思います。

ついさきほど、木曜8時のコンサートに島津亜矢が出演し、「感謝状」をうたいました。昨日は奈良の橿原で、今日は大阪の枚方で島津亜矢のコンサートがありましたが、今回はパスし、なにぶんにもこれからはそんなにコンサートにも行けない現実があり、秋のリサイタルまではライブの島津亜矢とは会えそうもなく、その分テレビやCDで楽しもうと思います。前回の木8で歌った「ああ上野駅」について書きそびれてしまい、いまずっと聴いている「BS日本のうた8」についてもまだなにも書いていませんので、そのあたりからまた感想を書いてみたいと思います。

川西郷土館ホームページ

映画「繕い裁つ人」の舞台となった「旧平賀邸」” に対して2件のコメントがあります。

  1. TARK5 より:

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    映画とロケ地の両方を味わえるとは
    とても贅沢な時間だったのですネ。
    こんな素晴らしい洋館があるとは
    知りませんでした。

  2. tunehiko より:

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    TARK5様

    早々にコメントをいただいたのに、ご返事が遅れました。ごめんなさい。
    わたしが通勤のために乗り降りする能勢電の山下駅の近くにある郷土館はもともと一度はのぞいてみようと思っていたところでした。
    この建物はNHK朝ドラの「マッサン」でも使われたことがあります。

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