百年の時を渡り、知里幸恵さんの言葉たちが聞こえる

北海道旅行その1 たくさんの人たちの情熱に支えられた知里幸恵 銀のしずく記念館

その昔、この広い北海道は私たちの先祖の自由の天地でありました。天真爛漫な稚児の様に、美しい自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は、真に自然の寵児、なんという幸福な人たちであったでしょう。(知里幸恵「アイヌ神謡集」序文)

 8月26日から31日まで、北海道を旅行しました。この2年間、夫婦ともども病院通いの毎日がようやく収まり、2年ぶりに旅行に行くことになったのでした。妻は北海道どころか東京より北に行ったことがなく、しかも飛行機に乗るのは初めてで、私も北海道は若いころに勤めていた会社の慰安旅行で駆け足観光しただけでした。
 80歳近くになってわたしたちとしては初めての長旅でしたが、いつものように妻が何か月も前から計画してくれました。(以前はわたしが計画していたのですがすこぶる評判が悪く、いつからかすべて妻の計画でいくようになりました。)
 新千歳空港から登別温泉、知里幸恵 銀のしずく記念館、そこから二風谷アイヌ文化博物館、萱野茂二風谷アイヌ資料館、沙流川歴史館、アイヌ工芸伝承館を見て回り、最後は小樽へと、広い北海道の道南地区のごく一部でしたが電車とバスを乗り継いでの旅はとても楽しいものになりました。
 「スマホがない!チケットがない!財布がない!」とリュックの中を何度もぶちまけ、ひやっとすることが重なるわたしたちを、サポートを兼ねて友人の清水さんが付き合ってくれました。今までは一泊旅行で、さすがに今回は2人だけと思っていたのが一緒に行ってくれることになり、ありがたいことでした。

その昔、この広い北海道は私たちの先祖の自由の天地でありました。

 今回の北海道行きもまた普通の観光とはちがい、わたしが以前に見て感動した映画「カムイのうた」がきっかけでした。恥ずかしながらわたしはアイヌ民族のことにまったく無知で、「迫害と差別を受けている」という漠然とした印象しかもっていませんでした。
 2023年製作・2024年公開の映画「カムイのうた」は、アイヌ民族が口頭伝承してきた叙事詩カムイユカㇻをアイヌ人自身が初めてローマ字で文字化し、それを「アイヌ神謡集」として日本語に訳した知里幸恵の人生を描いたドラマです。
 この映画を観ていてまず感じたのは、かつてあった広大で厳しい自然を大切にし、自然を畏敬し、自然を愛し、自然に抱かれたアイヌの人々と北海道と名を変えられたアイヌモシリの世界でした。アイヌのひとびとの暮らしの隅々までカムイ(神)が存在し、神の国から遣わされたキツネやうさぎやクマが人に食われ、時には人を殺し、あらゆる動物や植物、そして山も川も人が作った道具までもが神の国から、いわば仮の姿になって現れ、いのちが尽きればまた神の国に帰っていく。人もまたもちろんその大きないのちの循環の中にある…。アイヌの人々の死生観はわたしにまでささやかな勇気をくれました。
 知里幸恵は1903年、北海道幌別郡(現在の登別市)に生まれました。祖母モナシノウタと叔母金成マツからユカㇻなどアイヌの伝承文化と生活を日常のこととして学びました。
 女学校2年の時、言語学者の金田一京助に見いだされ、ユカㇻなどのアイヌの伝承を後世に残すことを生涯の仕事と決意します。明治政府の屯田兵などによる開拓事業で土地を奪われ、狩猟や漁撈が制限され、日本語での教育しか受けられず、差別と偏見に晒されながらアイヌの暮らしと文化が否定される中、このままでは消えてしまうアイヌの言葉と文化を残そうと、金田一京助から送られたノートに書き続けました。
 彼女は生まれついて心臓に持病があり無理のできない状態でしたが、文字を持たないアイヌのうたと言葉をローマ字に文字化し、さらに日本語に訳すという、とても考えられない才能と情熱は彼女を東京に上京させ、金田一京助の家に身を寄せ、奇跡の本が生まれたのでした。しかしながら、13のカムイユカㇻの出版に向けての最終校正をやり遂げた後、19歳という若さで亡くなってしまいました。
 本の刊行はその翌年で、彼女は自分がやり遂げた結実を見ることも手に取ることもできませんでした。しかしながら、「アイヌ神謡集」はこの百年、アイヌのひとたちの苦難と闘いの時の河をさかのぼり、今、わたしのようにまったく無知な人間にまで届けられたのでした。

生き急いだかも知れない彼女の夢が荒野を照らす道しるべ

けれど……愛するわたしたちの先祖が起伏す日頃互いに意を通ずるために用いた多くの言語、言い古し、残し伝えた多くの美しい言葉、それらのものも果敢なく、亡びゆく弱きものと共に消失せてしまうのでしょうか。それはあまりにも痛ましい名残惜しい事で御座います。(知里幸恵「アイヌ神謡集」序文)

 北海道旅行をすることになり、知里幸恵銀のしずく記念館はまず一番に行きたいところでした。近くの登別温泉で一泊し、翌日に訪れたその建物は「知里森舎の森」を背景に、外側はページの壁に包まれ、よくある展示館とは違ってまるで知里幸恵さんの言葉たちが住んでいるお家のようでした。
 決して大きくない入口のドアを開けて中に入ると、とても感じのよい女の人が受付をされていて、お話を聞くと神謡集の有名な序文に感動し、ボランティアで詰めておられるということでした。そして、資料の説明をしてくださった男の人も一生懸命で、この方も当番制でガイドをされているボランティアの人でした。この記念館は2002年から始まった募金活動で2500人以上の思いが集まり2010年に開館されたもので、建物の建設から開館後の運営まで、市民の手で実現したものだそうです。
 この記念館を維持管理していくことはほんとうにたいへんなことですが、知里幸恵さんとアイヌの文化をリスペクトする人々の思いがぎっしり詰まった空間でした。

銀の滴降る降るまわりに
金の滴降る降るまわりに
(アイヌ神謡集第一話「梟の神の自ら歌った謡」)