「あまちゃん」と「潮騒のメロディー」と「SINGER2」

昨年大ヒットしたNHKの朝のドラマ「あまちゃん」は、今をときめきクドカンこと宮藤官九郎の原作・脚本です。このひとの芝居はいつも時代の上澄みにおぼれそうになりながら必死に生きる人々、とくに若い人々の感覚を見事に喜劇タッチで描く天才ですが、実はわたしはそのスピードについていけなくて、いつも途中でドラマを見るのを断念してきました。「あまちゃん」に至っては、朝にドラマを見るのが落ち着かないこともあり、その人気が社会現象にまでなった過熱ぶりでしたが、まったく見ていませんでした。
東日本大震災の前からドラマがはじまり、最後の方の場面で震災が来て、津波の被害に生活の場が崩壊してしまったところから、また立ち上がり、復興を担うという物語はややもするととてもきれいな感動物語のあざとさが見え隠れするものですが、そこはクドカンの感性と出演者たちのある意味の「ゆるさ」で、見事に物語の中に震災を位置づけたドラマだったようです。
それはさておき、音楽を担当した大友良英がNHKのトークバラエティー番組に出演した時、クドカンからこんな注文をされたそうです。
1986年に60万枚ヒットした曲を作ってくれ…。
その歌こそが劇中のアイドル、潮騒のメモリーズが歌う劇中歌「潮騒のメロディー」でした。その話を聞いた時、わたしは宮藤官九郎の時代感覚の鋭さというか、感性のたしかさに脱帽しました。
1980年代は松田聖子や中森明菜、そして小泉今日子などのアイドルが続々と排出された時代でしたが、それは世の中が高度経済成長から爛熟期を迎え、バブルへと突入直前という時代でもありました。
歌の世界ではすでに70年代に阿久悠が「美空ひばりが歌いそうもない歌」を矢継ぎ早に世に送り出していました。戦後民主主義とともに美空ひばりに象徴される、戦後の焼け跡から立ち上がるひとびとの明日への希望でもあった歌謡曲から、高度経済成長の過程でよくも悪くも新しい時代の息吹を感じる歌、個人的な出来事から時代を共有し、あわよくば世の中や時代を変えるムーブメントになるような歌を求めて、テレビ番組によるアイドル誕生などさまざまな試みがなされました。
一方、1970年代には自分が歌う歌を自分で作る小室等、吉田拓郎、井上陽水、泉谷しげる、中島みゆきなどシンガー・ソングライターがテレビなどの既成メディアを通さず、主にライブでファンを増やしていく活動が広がっていました。
1980年代は、松田聖子の作詞を手掛けた元ハッピーエンドの松本隆など、後のJポップスへとつながる動きと旧来の歌謡曲とが入り混じり、それらを飲み込むようにアイドルによる流行歌が噴出していたように思います。
それは、美空ひばりにあったものとはちがう「希望」、いまから思えば、明日が今日よりよくならない時代がやってる予感とともに、ある意味刹那的で退廃的なにおいすら隠れていた「希望」であったのかも知れません。ちなみに、阿久悠もまた、80年代に入ると自分の役割が終わったかのように歌の世界から少しずつ離れていきました。

こんなことをつらつらと書いてしまったことをお詫びしつつ、わたしは島津亜矢の「SINGER2」を今でもずっと聴いているのですが、なかなかこのアルバムから卒業させてくれないのはただ単に先に書いた80年代の音楽を懐かしいからではなく、このアルバムから立ち上るなんともいえない空気感によるものだということに気づいたからでした。
宮藤官九郎が「1986年に60万枚ヒットした曲を作ってくれ」と言ったのもすごいことですが、見事にドラマの中の歌としてつくってしまった大友良英もすごいと思いました。これは単に懐かしのヒットソングをつくることではなく、1980年代の危うい希望をももう一度作ることでもあり、それと同時にその歌が東北の小さな町の限定された地域から生まれ、忘れられたヒットソングが「顔の見える関係」によってよみがえり、危うい希望が壊れた後にまた「新しい希望」がローカルで手触りのある人間関係や社会から生まれるというメッセージなのかも知れません。
島津亜矢の「SINGER2」に込められているメッセージもまたそのひたむきさにあり、それは彼女自身の音楽人生のよりどころでもあるのだと思います。大みそかの音楽番組に左右されることなく、ひたすら自分の歌を必要とするひとたちに届けるために全国を疾走する彼女のライブは、まさしく「顔の見えるローカルな関係」からふつふつと沸騰し続ける「希望」そのものといえるでしょう。
「かもめが翔んだ日」、「シルエットロマンス」、「スイートメモリー」など、70年代後半から80年代のヒットソングを中心に、これほどまでにみごとに歌い上げる歌唱力と伸びのある声、ささやくようなセクシーな声、ある時はその歌の登場人物そのままに心情を吐露し、ある時は語り部のように時代の声を届ける、どこまでも深くどこまでも広いその天性の声をうんぬんする前に、彼女の肉声からただよう80年代の空気感から、もう一度歌謡曲への回帰と、もしかすると人間がかかる最後の病気かも知れないとしても「希望」を持ち、描くことでしかひとは今日も明日も生きられないことを教えてもらったように感じました。
人間が歌うことを覚えた遠い遠い昔から、歌は結局のところ肉声から生まれ、肉声では届かない人にも届けたいと音響技術が生まれ、それでも届かない人のためにCDやメディアが生まれたことを思う時、島津亜矢はあらゆる芸能の王道をひたすら走る吟遊詩人でありつづけなければならない宿命を背負っているのだと思います。
そんなことを考えると、「SINGER2」はポップスのジャンルにある曲ばかりですが、島津亜矢のオリジナルカバー(?)の島津演歌として多くの人々に受け入れられるはずで、わたしはファンであるだけで彼女の音楽活動のあり方をとやかく言うつもりはないのですが、当時ファンの間でも議論はありましたが、阿久悠のアルバムを出した時のリサイタルのように、コンサートでこのアルバムの収録曲をもっと歌ってくれたらなと思います。

高田みづえ「潮騒のメモリー」

島津亜矢「霧の摩周湖」

「あまちゃん」と「潮騒のメロディー」と「SINGER2」” に対して2件のコメントがあります。

  1. フィレオ― より:

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    皆さん今日は
    昨夜の亜矢姫様の歌どれも素晴らしかった!
    私より年配の人はラジオです。

    声、歌唱、だけで判断します。 想像力豊かです。読書と同じです。
    私はその中間なのですが、絵があった方が良いとも思います。
    「かあちゃん」 すっかり覚えてしまいましたが、あのようにはなかなか

    布施さんの歌、亜矢姫様が歌うとご自分の持ち歌の様に歌われます。
    「霧の摩周湖」ぐっと押さえて歌われました。
    完璧です。 絶品の声ですね!

    姫様と仲良しの某歌手、どこか悪いのではないかと心配です。
    そう感じてしまうほど、亜矢姫様の歌、素晴らしかった。
    確かに「嵐を呼ぶ男」意外だし楽しみです。

  2. tunehiko より:

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    フィレオ― 様
    今年は初めてのお便り、ありがとうございます。
    おっしゃる通り、先日の放送はよかったです。
    「出世坂」から「霧の摩周湖」とつづき、「かあちゃん」をフルコーラスで聴けました。
    彼女の歌手人生をそのまま映し出したような演出でした。

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