島津亜矢・大阪新歌舞伎座特別公演「お紋の風」第二部

一部が終わり40分ほどの休憩があり、一人で行くときはいつも開演前に買っておいた弁当を食べるのですが、この日は友人と一緒に会場の外の近くの喫茶店でビールを飲んで話し込んでしまいました。気が付いて急いで会場に戻ったのですが、二部の歌謡ショーに10分ほど遅れてしまい、オープニングの「帰らんちゃよか」を聞き逃した他、2曲目の「感謝状~母へのメッセージ~」も途中からになってしまいました。
昨年の紅白歌合戦で絶賛された「帰らんちゃよか」を聞き逃し、友人も残念がっていましたが、わたしたちの不注意なので仕方がありません。
「感謝状」のあと、おそらく初めてのトークだったのではないかと思いますが、30周年となった紅白出演の話のあと、尊敬する北島三郎の後年の代表曲「風雪ながれ旅」を歌いました。この歌についてはたびたび書いてきましたのでここでは触れませんが、北島三郎はもとより、島津亜矢にとってもこの歌はカバー曲とはいいがたい特別な一曲であることが伝わり、思いのこもった力強い歌唱で一気に会場を熱くしました。
北島三郎も島津亜矢もこの曲を楽譜として受け取っただけでなく、作詞した星野哲郎、作曲した船村徹の歌作りの現場にまで想像力を走らせて歌っているのが胸にぐっと伝わってきます。吹雪の北海道を舞台に、初代高橋竹山が津軽三味線をかき鳴らす指から真っ赤な血がほとばしり、凍える冷たさ以上に目の見えないものへの哀れみや蔑みを浴びることで研ぎ澄まされ、高みへと上り詰めていく放浪芸はカーネギーホールにまでたどり着きます。その栄光とすさまじい悲惨はおよそ芸術や芸能で「飯を食う」ものの避けられない宿命なのでしょう。
定番の3曲でわたしたちを歌荒野にいざない、島津亜矢が去った後は特別公演にふさわしくおりも正夫、おりもりおの親子が「星に願いを」をデュエットしました。まだ舞台経験のない娘さんをエスコートしながらショーを盛り上げるおりも正夫はとても素敵でした。テレビなどではほとんど見なくても、舞台が一気に華やかになるおりも正夫は、やはり今でもアイドルスターでした。
再度登場した島津亜矢と「チキチキバンバン」を歌った後、おりも親子が退場し、その後「オー・マイ・パパ」、「セ・シ・ボン」を歌い終えると早い展開で再び退場、ダンスユニットのパフォーマンスでステージが盛り上がった後、ドレス姿で現れた島津亜矢は、名曲「黄昏のビギン」と「Saving All My Love For You」を歌いました。永六輔作詞・中村八大作曲による「黄昏のビギン」(1959年)は「黒い花びら」につづく水原弘のシングル「黒い落葉」のカップリング曲でした。服部良一につづく戦後の歌謡史をいろどるポップスの草分けともいえるこの二人がつぎつぎと送り出した名曲はかぞえきれませんが、その中でもこの歌は都会の雨上がり、男女のときめき、銀色の雨と、これこそ映画の一シーンが目に浮かびます。それもそのはず、映画の挿入歌としても使われたこの歌は、男と女が向かい合って踊るラテン系のダンスミュージック「ビギン」をベースにした名曲です。
「黒い花びら」の大ヒットに隠れて目立たなかったこの歌ですが、30年後にちあきなおみがカバーして脚光を浴び、たくさんの歌手がカバーするようになりました。
島津亜矢は「SINGER3」でこの曲をカバーし、コンサートでしか歌っていませんが、「上を向いて歩こう」や「見上げてごらん夜の星を」、「遠くへ行きたい」など「ロクハチ」コンビの定番ソングよりも彼女の歌唱力がもっとも活きる曲の一つではないかと思います。
島津亜矢はこの歌を歌うときは「演歌歌手」ではないポップス歌手といってもいいのですが、単なるポップス歌手ではなく、いわゆる日本調とよばれるすべてのものを脱ぎ捨てた果てに光を放ち香りを残す「日本的なもの」にたどり着く稀有な歌手の一人なのです。
もちろん、美空ひばりやちあきなおみ、そして実は水原弘もそのひとりでしたが、彼女たちや彼が苦悶に満ちた歌手の旅路を道半ばで終えてしまった今、島津亜矢によってその道のはるかかなたで歌の女神が用意している「にほんの歌」が開花するのを待つしかありません。
「Saving All My Love For You」は1985年にホイットニー・ヒューストンがカバーした大ヒット曲で、島津亜矢は「I Will Always Love You」に続いて「SINGER3」に収録しました。「I Will Always Love You」が衝撃を持って評判となったように、この歌もたとえば「うたコン」で歌えば、この番組に出張ってきたJポップの歌い手さんも真っ青になること必定でしょう。
ここでまた退場し、曾根崎心中の舞踊のあと、圧巻の「お梶」をセリフ入りの完全版を歌い終えると、この日一番の歓声と拍手で会場が埋め尽くされました。
そのあとはお約束通りのヒットナンバーの「独楽」、「海鳴りの詩」、「愛染かつらをもう一度」、「大器晩成」と歌った後、今年の勝負曲「阿吽の花」を歌い、エンディングの「亜矢の祭り」まで、短い時間に出入りも多く早い展開でお客さんを飽きさせない演出でした。
千穐楽ということで特別にアンコールがあり、北島三郎との企画曲「掌」がはじめて公開されました。さすがに楽日ということもあり感極まって言葉が詰まる場面もあったものの、28公演をやり切った充実感と北島三郎とのデュエット曲ということもあるのでしょうか、少し力が入った熱唱でした。

こうして、新歌舞伎座での千穐楽に立ち会って感じたことは、島津亜矢はやはりライブの歌姫だということです。ヒットソングをなぞるようなライブではなく、30年の歌の軌跡の中でうずもれてしまった歌や、演歌、ポップス、ジャズ、シャンソン、リズム&ブルースなどジャンルを超えた名曲を発掘し、会場に詰めかけたお客さんのひとりひとりに熱い心を「歌い残す」島津亜矢。彼女は「悲しさ、しかし、明るい力強さ」を持ってこれからも数多くのファンをつくり、そのファンの方たちが「島津亜矢を知ってるか?」と語りかけ、また新しいファンを呼んでくれるにちがいありません。
今までも知る人ぞ知る天才歌手であったように、これからも孤高のジャン・ダルク、島津亜矢の道は相変わらずのけわしい道で、彼女がたどり着くべき頂上ははるか彼方かもしれません。それでもこれからの道はかつてのガンジーの「塩の道」のように、たくさんのひとたちがともに歩んでくれるに違いありません。そして、わたしもその中のひとりでいられることを誇りに思います。

最近の「うたコン」を観るとやっぱりなという感じを持ちます。13パーセントという視聴率を見る限り、今の方向は成功と言えるかもしれませんが、かつてのこの番組の視聴者の多くは離れていったかもしれません。
わたしもまた、以前に書きましたようにミニ紅白歌合戦のようなバラエティー化には少し並行してしまいますが、それでももう少し様子を見ようと思っています。
実をいうと思わぬサプライズで観てよかったと思うのは、どちらかというとポップスのほうで、視聴率が良いのもうなずけるのです。
一方で、どうしようもなく映るのは演歌のほうです。こちらの出演者はせめぎあいが激しく、この番組のプロデュース側が出演してほしいと思う歌手と、以前よりも厳しい営業を勝ち抜いて出演している歌手と二分していると感じるのは私だけでしょうか。ともあれ、三山ひろし、山内惠介に加えて市川由紀乃の勢いは止まらないようで、今年の紅白歌合戦に出演されるのではないかと予想しています。
島津亜矢のファンの方々にまた叱られるかもしれませんが、その場合、島津亜矢が今年も連続出場できるか不安になります。わたしはもともと紅白にそれほど重きを置かなくてもいいと思ってきましたが、島津亜矢さん本人もやはりうれしかったことは間違いなく、また紅白出場で彼女の歌唱力が驚きとともに注目されたこと、そこから今年前半にかなりの波及効果があったことを目の当たりにすると、やはりファンとしては紅白のことが気になってしまうのです。
彼女が演歌歌手の枠のみで見られる場合は、今年の紅白は難しいかもしれません。その意味でも彼女の幅広い音楽活動が評価され、また他のジャンルのミュージシャンや評論家に高く評価されていることなどから、特別に一日じっくりと彼女のレンジの広さをアピールするコンサートをしてみたり、少なくなった出演回数の中で演歌のファンには少し我慢してもらい、いまの「うたコン」にそったポップスを洋楽も含めドレス姿で歌う試みもしてみたほうがいいのかもしれません。
また、ぶれずに「演歌」の道をまっすぐ行く場合でも、いろいろなしがらみがあるとは思いますが、たとえば今素晴らしい曲を作っている宇多田ヒカルなど、思いがけないプロデュースで島津亜矢の魅力を引き出す歌でメガヒットを狙うなりの動きがほしいですね。日本が誇るワールドワイドな歌姫として島津亜矢の一層の進化を願う一ファンのたわいない夢でしょうが…。

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