ファイト!闘う君の唄をたたかわない奴等が笑うだろう。島津亜矢

6月21日の「UTAGE!」で、島津亜矢は松本明子、高橋愛、峰岸みなみ、山本彩子とのコラボで、中島みゆきの「ファイト!」を歌いました。松本明子はピアノ、高橋愛はパーカッション、そして峰岸みなみはウッドベース、山本彩はエレキギターを演奏し、島津亜矢はシンバルを演奏するものの、メインボーカルを担当しました。
この番組の恒例で、普通はありえない異色の組み合わせだけでなく、触ったこともない楽器を演奏しながらコラボし、またそのためのメイキング映像を流す趣向でした。
島津亜矢の場合は歌唱力を高く評価され、組み合わせはちがうものの、毎回歌唱力に定評のあるポップ歌手と共演しながらもメインボーカルをつとめることが多く、ちょっとした違和感と驚きがあり、それがまたパフォーマンスを高め、共演者や視聴者に絶賛されてきました。
「ファイト!」は1983年に発表された中島みゆきのアルバム「予感」に収められた楽曲で、中島みゆきが「オールナイトニッポン」のパーソナリティをしていた時に届いた一通のハガキをもとにつくられたと聞きます。

私は中学を出て、すぐに働いて二年になる十七歳の女の子です。
この間、私の勤めている店で、店の人が私のことを「あの子は中卒だから事務は任せられない」と言っているのを聞いてしまいました。
私、悔しかった、悔しくて、悔しくて、泣きたかった
「中卒のどこが悪い!」……と、言いたかった。
私だって高校行きたかった。だけど家のこと考えたら、私立に行くなんて言えなかったし高校に入る自信もなかった。
なのに、こんなふうに言われるなんて、ひどい。
ごめんなさい。愚痴を書いてしまって

1983年と言えば高度経済成長からバブル経済へと向かう時代で、高校進学率は9割を越え、大学進学率は3割をこえていました。そんな時代でも、いやそんな時代だからこそ、家の事情で高校に行けなかったひとたちのくやしさや悲しみはどれほどのものだったでしょう。そしてそれはまた今の子どもたちにもふりかかる問題だと思います。
それを思うと、今からさかのぼること56年前に、シングルマザーで貧困の極みでありながら兄とわたしを高校に行かせてくれた母に、どれだけ感謝しても足りません。
朝早くから夜おそくまで、たったひとりで大衆食堂を切り盛りしながら、「高校だけは行かせたい」と願った母の切ない愛に十分に応えることができなかった後悔がこの歳になっても心の底でうずきます。
それはさておき、わたしはあまりラジオを聴かなかったのですが、中島みゆきのオールナイトニッポンは一部の若者に絶大なる人気だったことは覚えています。彼女の80年代の歌は「ファイト!」をはじめ実際の出来事からつくられた曲があり、その中でもアルバム「生きていてもいいですか」(1980年)に収録された「エレーン」は、中島みゆきの最高傑作と思います。

エレーン、生きていてもいいですかと誰もが問いたい
エレーン その答えを誰もが知っているから誰もが問えない(エレーン)

この歌は、同じアパートに住んでいた外国人娼婦がある朝、無惨に殺害され、全裸でゴミ捨て場に遺棄されたニュースが新聞のわずか数行の扱いで、捜査も結局迷宮入りになった実話をもとに歌っていて、行きどころのない悲しみと怒りを誰にぶつければいいのか、その怒りはわたしにも向けられるものではないのかと、聴きながらいつも泣けてしまう名曲です。
「ファイト!」もまた、十七歳の少女の背丈を越えるかなしさ、つらさ、恨めしさを、周りの人にはいえないけれど、ラジオの向こうの中島みゆきだからこそ、なにか言葉をかけてくれると信じて、勇気をふりしぼりハガキを書いたことでしょう。

あたし中卒やからね 仕事をもらわれへんのやと書いた
女の子の手紙の文字は とがりながらふるえている(ファイト!)

最初の歌詞で少女の心情を語った後は、中島みゆきらしい歌物語の中に強烈な時代性を仕込みながら、この歌はやがてカタルシスを迎えます。

ファィト!闘う君の唄を 闘わない奴等が笑うだろう
ファイト!冷たい水の中を ふるえながらのぼっていけ

この歌は数多くの人たちがカバーしていますが、吉田拓郎が一番この歌の奥にあるとてつもないかなしさ、極まった社会の理不尽さを表現していると思います。というのも、この歌は誰かのために歌うのではなく、やるせなさとせつなさとかなしさをぐっと抑え、「ファイト!」と自分に言い聞かせ、自分で自分を励ます、そんな歌だと思います。
さて、今回の「UTAGE!での歌唱は、松本明子と峰岸みなみはピアノとウッドベースに専念し、高橋愛と山本彩がサブボーカルを担当する形で、お互いがおそるおそる演奏し歌っていて、そのぎこちなさがやや目立っていました。もともとこの歌はやはり一人芝居のようにひとりの歌手が物語る歌なので、そこはやむをえないのでしょう。
ただ、それが却って一人で歌う時の暴走を防ぐ役目をしていて、島津亜矢にしても中島みゆきのカバーの時にたまにあるような力みすぎることもなく、音楽をつくることに成功していたと思います。
中島みゆきをリスペクトしている島津亜矢ですが、中島みゆきは感情をぶつけるように力強く歌う時もありますが、そんな時でも実はなかなか出て来ない本音のつぶやきや沈黙をはきだすように歌っています。そこはシンガー・ソングライターの真骨頂で、オリジナルだからこそ歌の心を変えないまま自由自在に歌えるのです。
中島みゆきをカバーする時、ややもすると感情をあらわにする歌唱に陥りがちですが、吉田拓郎はこの歌の淡々とした物語性を損なわず、この歌が彼の歌づくりをリスペクトしてつくられたと思わせる、さすがの歌唱力です。
島津亜矢もまた、演歌・歌謡曲やポップス、ジャズ、リズム&ブルース、シャンソンなどジャンルにかかわらず、あらゆる歌の底に隠れているかなしみをすくいあげ、そのかなしみが時代や社会をさりげなく告発する、そんな大きな歌を歌える稀有の歌手だと思います。
「UTAGE!」は島津亜矢が未知の才能を発見する絶好の番組です。この経験を活かして、島津亜矢にはぜひ「ファイト!」を「SINGER」シリーズに収録してほしいと思います。
個人的なことで申し訳ないのですが、わたしはこの歌を聴くとスイッチが入り、涙が止まらなくなってしまいます。それは2000年の秋だったでしょうか、広島の尾道市で障害者解放運動の道半ばで死んでいった木之下孝利さんの葬儀に行ったとき、この歌がエンドレスで流れていたことを思い出してしまうからです。
次回は木之下孝利さんの思い出をたどってみたいと思います。

島津亜矢 山本彩 高橋愛 峯岸みなみ 松本明子 - ファイト! (18.06.21.UTAGE!)

中島みゆき ファイト‼(オールナイトニッポン月一・2016)

吉田拓郎「ファイト!」tour’ 1996

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