島津亜矢と鳥羽一郎「BSにっぽんの歌」

2月12日、NHKプレミアム放送の「BS・新日本のうた」に島津亜矢が出演し、スペシャルステージで鳥羽一郎と共演しました。
最近になってこの番組への出演がつづく彼女ですが、今回の放送ではスペシャルステージだけではなく、番組トップで他の歌手に囲まれて「ヒーロー(Holding Out for a Hero)」を歌いました。
「ヒーロー」は島津亜矢のポップスのカバーアルバム「SINGER2」に収められた一曲です。すでに3枚になる「SINGER」シリーズにはこの曲に限らずポップスの名曲が数多く収録されていて、島津亜矢の歌唱力を知らしめた「I Will Always Love You」ファーストアルバムに収められ、「うたコン」の前身である「歌謡コンサート」で一気にブレイクしましたが、実は「BS日本のうた」で歌ったのが最初でした。
歌番組でもコンサートでも歌う機会が少ないのが残念ですが、演歌・歌謡曲を出自とする島津亜矢のもうひとつの魅力がいかんなく発揮された素晴らしいアルバムです。
その中の一曲をあたりまえのように、それも番組のトップで歌わせるこの番組の制作チームは、おそらく島津亜矢が「BSの女王」という異名をとったほど、BS放送がまだ普及していなかったころに培われた絶大なる信頼を彼女と育ててきたのだろうと思います。
もちろんそのころは演歌・歌謡曲に特化したと言っていい番組で、若くて底なしの声量と歌唱力で他を圧倒してしまう彼女にある種の脅威を感じるベテラン歌手もいたことでしょうが、その物言わぬ圧力を跳ね返してこの番組の制作チームは、まだ普及途上のBS放送だから可能だった大胆な企画とともに、島津亜矢を押し上げてきたのだと思います。
その後押しに励まされ、島津亜矢は演歌・歌謡曲のジャンルを越えたポップス、シャンソン、リズム&ブルース、ソウルなど洋楽にもチャレンジの幅を広げ、「マイ・ウェイ」や「I WILL ALWAYS LOVE YOU」、「ローズ」など数多くの洋楽の名曲を見事に歌いこなし、少なくとも演歌歌手の領域ではその実力が求められるようになりました。
今回歌った「ヒーロー」ではオープニングに選ばれ、音楽番組がバラエティ化する流れもあるものの、出場者全員のバックパフォーマンスに囲まれて歌うという演出が実現したのも、長年の彼女のオールラウンドな歌手としての活動が身を結んだのだと思います。
この流れが「うたコン」など地上波にもおよび、Jポップのジャンルで認められるようになればいいのですが、Jポップと演歌・歌謡曲が錯綜融合し、新しい大衆音楽の誕生をめざすとされた「うたコン」の現状はそれに程遠いと言えるでしょう。
そして、返す返すも残念だったのはずいぶん前になりますが、島津亜矢と秦基博とのコラボの選曲が「蘇州夜曲」だったことです。この時は秦基博がとても緊張していて気の毒でした。島津亜矢もまた、いつもは共演者への気遣いから楽器でいえばベースのようにボーカルやギターを盛り立てる人で、現に今回の鳥羽一郎との共演ではその役目を見事に果たしていましたが、その時は彼女をもってしてもどうすることもできず、秦基博を引き立てるどころか、より緊張させてしまったようです。
わたしは秦基博が気の毒だっただけでなく、島津亜矢が若手の才能あるJポップのソングライターと幸せな出会いができなかったことがとても残念です。明らかな選曲ミスで、どちらの魅力も発揮されないままになってしまったあの時、たとえば秦基博のヒット曲「ひまわりの約束」や、もう少し冒険すれば秦基博がカバーしている井上陽水の「氷の世界」であったなら、秦基博は緊張することなく自分のパートを歌いこなしただけでなく、演歌歌手・島津亜矢のボーカリストとしての実力にびっくりしたはずです。島津亜矢の場合は、共演者の土俵に上がってこそその実力が発揮されるだけでなく、共演者との本当の出会いが実現するのです。

「ヒーロー」は1980年代の大映テレビ制作のテレビドラマで、伏見工業高校ラグビー部をモデルにした「スクール☆ウォーズ」の主題歌でした。ボニー・タイラーの「Holding Out for a Hero」を麻倉未稀がカバーし、その圧倒的な歌唱力が熱血ドラマと呼応し、彼女の代表曲のひとつになりました。あまりにも麻倉未稀の歌唱イメージが強烈で、この曲をカバーするのは少し勇気がいるのではないかと思いましたが、時代はめぐりドラマと切り離せないものとなっている麻倉未稀バージョンからは自由になり、本来のボニー・タイラーの「Holding Out for a Hero」のカバーとして、ロックテイストの早いテンポのこの曲をドラマチックに歌っています。今回音楽番組での初披露になりますが、すでに自分の歌にしていますのでリラックスしたノリのよい歌唱で、番組のオープニングにふさわしいものになりました。しかしながら、

スペシャルステージの鳥羽一郎との共演は、島津亜矢のまたちがった魅力を見せてくれました。鳥羽一郎が歌手である自分を棚にあげても彼女の歌唱力、歌と真摯に向き合う謙虚さ、歌を詠む力とその人柄すべてをこよなく愛し、島津亜矢もまた恩師・星野哲郎の愛弟子として先輩の鳥羽一郎を尊敬していることが、小さなテレビ画面からも熱く伝わってきます。2013年4月14日のこの番組のスペシャルステージでは、鳥羽一郎が島津亜矢のキーに落とし、自分の歌唱は二の次にして「無法松の一生」を島津亜矢に歌わせ、その歌唱力をほめたたえた様子は、今も記憶に残っています。
今回は新しい試みで、場所が漁業の町・浜田市であったことから、地元の漁師さんたちが登場し、参加型のステージになりました。この番組のスペシャルステージでは以前は2人の歌手がガチンコで競演し、ぎりぎり緊張感の中で普段よりも素晴らしい歌唱を披露することが多かったのですが、最近はそんな緊張感あふれる歌唱を競うだけではなく、コントを入れたり出演者を2人に絞らず数人にしたりと、その時々でバラエティの様相が増えてきました。たしかに島津亜矢か出演する場合は歌をじっくりと聴きたいという要望が多く、今回のような試みには物足りないという評価もあります。
しかしながら、わたしはただのバラエティではなく地元の住民や郷土芸能など、その地域のお客さんが参加するバラエティはこの番組では珍しく、とても良質の企画だったと思っています。
島津亜矢はプロとしてのクオリティーを落さないまま、その企画に沿ったきめ細かい立ち振る舞いをしていて、とても好感を持ちました。また、鳥羽一郎はほんとうに海が好きで、漁師であった自分を誇りにしていて、地元の人たちを尊敬する純粋な心の持ち主であることも伝わり、涙が出そうになりました。
そして、なによりも島津亜矢も鳥羽一郎もいつもよりも心がこもっていたというと誤解を受けますが、自分たちの歌がステージや劇場だけでなく、浜田の厳しい海や魚の匂いが立ち込める生活の中に届くような歌を歌いました。 今回のスペシャルステージでは2人の歌は少なかったけれど、歌がステージの上でもスタジオでも、ましてやコンピュータやAIが活躍する電脳空間でもなく、大地と海と山と川とひとびとの生活のただ中から、生まれることを感動と共に教えてくれたのでした。
この企画の素晴らしいところは、ただ単に観客参加型のバラティだったのではなく、鳥羽一郎というかつて漁師だった歌手がいなければ成り立たない企画であると同時に、島津亜矢がそんな鳥羽一郎の思いを形にするためのステージ上のプロデューサー役を見事に果たしたところにあります。
歌われたのは「兄弟船」、「愛染かつらをもう一度」、「おやじの海」、「演歌船」、「海ぶし」、「龍神」、「海の匂いのお母さん」、「帰らんちゃよか」、「北海夫婦唄」、「いのちのバトン」、「海の祈り」と、すべて二人のオリジナルでしたし、今回は「海の祈り」を一緒に歌う時、島津亜矢の方がキーをあわせていたように感じました。

船村徹氏がお亡くなりになりました。親友だった高野公男の思い出を一生抱き続けて、、愛を必要とする心に届く歌を生み育てて来られたことに弔意と共に敬意を表したいと思います。星野哲郎をはじめとする作詞家との二人三脚、時には美空ひばりとの三人四脚で作曲家としてもまた歌手としても素晴らしい足跡を残されましたが、わたしはあえて原点であった高野公男の茨城弁による作詞と、船村徹の栃木弁による作曲で生まれた名曲「別れの一本杉」を代表曲としたいと思います。

島津亜矢・鳥羽一郎「海の祈り」

春日八郎「別れの一本杉」

北島三郎「風雪ながれ旅」

島津亜矢「いのちのバトン」

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