同時代の予言と予感に満ちた希望の歌 島津亜矢の「君と見てるから」

楽しみにしていた9月28日の京都の島津亜矢コンサートも中止になってしまいました。
彼女の場合、全国津々浦々のコンサートを長年地道に開くことで固定ファンが生まれ育ち、支えられて今年35周年を迎えたわけで、コンサートができないというのは経済的な問題もさることながら、彼女のコンサートを待ちわびる各地のファンに歌を届けられない切なさがいかほどのものか、思いはかるすべもありせん。
またテレビの音楽番組も3密をさけるため再開できず、しばらくは過去の記録資産を活用するしか仕方がない状態が続きましたが、最近やっとコロナウイルス感染予防対策を施し、無観客で放映できるようになりました。
しかしながら当然のこととしてひとつの番組で出演者数に限りがあるため、島津亜矢の出演機会もおのずと少なくなるのはやむをえないことでしょう。コンサートがない上に音楽番組への出演も限られ、また彼女の場合、ポップスの歌唱も望まれるとなれば、35周年記念曲「眦」(まなじり)のプロモーションもおぼつかない状況が続いています。
そのような状況から、島津亜矢自身が開いたYouTubeチャンネル「島津亜矢【公式】歌怪獣チャンネル」は、コンサートが開けない島津亜矢にとって、彼女のファンとの絆を深めながら、最近のポップスの歌唱で興味を持ったひとにパフォーマンスを提供できる新しいメデイアになりました。
わたしは当初それだけのものではなく、島津亜矢が新しい楽曲の発表やカバーを含む楽曲への新しいアプローチなど、ステージや音楽番組では挑戦できない冒険を試みる場としての可能性を夢見ていたのですが、まだ、わたしが当初期待したほどには刺激的なものにはなっていません。それはやむをえないことで、これだけ今までの表現手段が閉ざされ、それがどれだけ続くかわからない状況では、YouTubeチャンネルがファンのよりどころとして重要な位置を占めることになり、そうなれば新しい冒険よりもまずはファンの渇望を満たせるような彼女の定番曲にウェイトが置かれることにならざるを得ないのでしょう。
当然、ジャンルとしては演歌・歌謡曲が中心にならざるを得ませんが、幸か不幸かそのおかげで、デビュー曲の「袴を抱いた渡り鳥」や「出世坂」、「大器晩成」、「海鳴りの詩」、「感謝状~母へのメッセージ~」、「帰らんちゃよか」など、若いころから何度も歌ってきたこれらの歌に今、島津亜矢の歌心はどんな物語を感じ、どんな物語を綴るのか、その進化が過去の映像の記録と照らし合わせることができます。
また、「歌路遙かに」や「想い出よありがとう」などの隠れた名曲や「月がとっても青いから」、「桜」、「アイノカタチ」、「糸」、「木蘭の涙」などの定番のカバー曲、さらにはCDに収録されたものの、コンサートでは歌われないままの楽曲を再発掘し、聴くことができる喜びもあり、ファンにはたまらないサプライズを提供できる場になっていると思います。

ファンの方々には叱られそうですがわたしは最近、彼女のポップス歌唱が大きな反響を呼ぶ中、そのことだけが取りざたされることにやや満たされないものを感じています。
若かりし頃、彼女の演歌の歌唱に多くの方が度肝を抜かれたように、最近のポップスでもその歌唱力に衝撃と共に高い評価が与えられています。しかしながら、ポップスの領域は奥深く、実は演歌よりもはるかに長い歴史があり、楽曲の数もさることながらそれらの無数の楽曲と格闘し、歌ってきた数々の歌手たちが今も燦然と輝いています。
島津亜矢のボーカリストとしての才能が底知れないことはわかった上で、オリジナル曲がほとんどない現状では選曲の段階で予定調和的な名曲になってしまい、カラオケ文化が要求する高音で歌いあげる高揚感と自己陶酔を求められる中、わたしが一番期待している美空ひばりに通じるソウルやブルーズになかなかたどり着かないジレンマがあります。ないものねだりのわがままファンの独り言ですが、演歌で培ったソウルの魂はカラオケ文化に凌駕されたJポップでは発揮されず、出口が見つからないように思います。
また最近の人気演歌歌手によるポップス歌唱が、ポップスのボーカリストとして島津亜矢が地道に鍛錬し、独自の音楽性を獲得しようとしてきた努力を見えなくさせ、またぞろ「演歌歌手のポップス歌唱」へと世間の評価が逆戻りする印象があり、とても残念です。

そんなときに、とても刺激的な楽曲が彼女にもたらされました。今井了介作詞作曲「君と見てるから」です。この楽曲はNHKラジオ第1「ラジオ深夜便」(月~日曜午後11時5分)の6~7月の曲として制作されたもので、安室奈美恵の「HERO」やLittle Glee Monster「ECHO」などで知られるヒットメーカーの今井了介氏が書き下ろしたものです。
島津亜矢は「直接お目にかかったのはレコーディングの当日となってしまいましたが、今井さんの熱量が伝わり、この歌に大きな可能性を感じました。コロナ禍の状況だからこそ、求められる“歌”がある。深夜のラジオを通して、お聴きいただく“君”に何かを届けたい。そんな思いを共有させていただき、吹き込みに臨みました」とコメントしています。また、今井了介も自身のツイツターで「なんと、島津亜矢さんの楽曲を書かせて頂きました! 演歌では無いのですが、島津さんの『歌ヂカラ』というものを強く感じた素晴らしい体験となりました。今の時代を生きる全ての人々に贈るつもりで書かせて頂きました。」とコメントしています。
1995年よりプロデューサーとしてヒップホップ、R&Bを中心に数多くの作品を生み出してきた今井了介をわたしは不明にも知しりませんでしたが、「君と見てるから」を聴き、これは最近のJポップにありがちな「歌い上げるだけの名曲」とはちがう、深く静かに心の地下室へと続く階段をひとつひとつ降りていくような内省的な調べ、自分へのまなざし、他者へのまなざしを愛と友情へと導く祝歌、時代の予言と予感にあふれ、心の底のもっとも柔らかい部屋から明日への夢を切なく願う恋歌、そしてそれらを大きく含みながら同時代を生きるわたしたちに、共に泣き共に笑い共に生きる勇気を育てる希望の歌…、たかだか数分の時を旅するだけの歌に込められた今井了介の想いは、島津亜矢の心と体の中で共鳴し、そのたぐいまれな人間楽器から時代の隅々までを照らし、取り残された悲しみと不安を拾い集めながら「だいじょうぶ」と語りかけるのでした。この歌は手垢のついた名曲とは程遠く、島津亜矢に歌われることによって名曲になるのでした。
この歌に関してはまだまだ思うことがたくさんありますので、続きの記事を書こうと思います。

島津亜矢 『君と見てるから』
作詞作曲:今井了介

TEE - ベイビー・アイラブユー
作詞作曲:TEE、MIHIRO、今井了介 プロデュース:今井了介

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