戦争の傷跡と傷痍軍人と民主主義 戦後生まれの8月15日

今日は戦後71年目の8月15日、終戦記念日です。今年も戦没者を慰霊する全国戦没者追悼式が東京の日本武道館で行われ、全国から遺族の代表などおよそ6000人が参列しました。日本のみならず、アジアをはじめ世界中におびただしい戦禍を残した第二次世界大戦の戦没者の方々のたましいを慰霊するとともに、二度と戦争を起こさず、テロを防ぐために国や地域のグループのみならず、わたしたちひとりひとりが不断の努力をしなければならないことを強く感じます。

わたしは戦後生まれで、戦争の生々しい体験もなく、また空襲にさらされた経験もありませんが、町のいたるところに戦争の傷跡が残っていました。やけ崩れ、廃墟となった建物は立ち入り禁止になってなくて、ひしゃげたヤカンや割れた茶碗、焼け焦げた服、いろいろな家財道具や生活用具が散乱していました。理不尽で悲惨な時が無数のしかばねと悲しみと怒りと絶望を足早に連れ去った後の廃墟は、わたしたち子どもの遊び場でもあり、隠れ家でした。
母は女手ひとつで兄とわたしを育てるために、大衆食堂を切り盛りしていました。夏の夜、バラックのお店で近所のおじさんたちはちりめんシャツとステテコ姿で縁台にすわり、うちわを仰ぎながら将棋をさしていました。するとシミーズ姿のおばさんが「もうそろそろ帰ってきて」と呼びに来るのでした。
黒い土と牛フンと鉄条網と280円のラジオと添加物いっぱいのみかん水。進駐軍のジープとアメリカ兵とキャデラックとドッジボールとチューインガム。青空と自由と缶けりとべったんとかくれんぼ…。貧乏ながらも明日へのおぼろげな希望と夢をふりかけた戦後民主主義の幻想と、まだ戦争の傷跡が残る風景とが入り混じっていました。
わたしは大阪環状線で高校に通っていたのですが、大阪城の近くにあった大阪砲兵工廠跡の廃墟を毎日みていました。学校帰りの電車の中で、白装束と義足、義手で松葉づえをつき、首から募金箱をぶらさげた男たち数人が突如現れました。ハーモニカやアコーディオンで「戦友」を演奏し、先の戦争での悲惨な体験を演説し、生活の困窮を訴えるのでした。彼らが現れ、演奏と演説がはじまったとたん、電車の中はとつぜん芝居の空間になり、怖さ半分がまじったわくわくした高揚感につつまれたものでした。
戦争で障害を持った彼らは傷痍軍人とよばれましたが、戦後の街のいたるところで募金活動をしていました。彼らの訴えは、「戦争で障害者になり、働くこともできないこんな体にしたのは誰だ。国ではないか」という怒りと、「あんたらがいま平和に暮らせるのはだれのおかげだ、お国のために戦って腕を無くし、足をなくしたわれらのおかげではないのか」という心情的脅迫とが共存していました。
わたしが高校生の頃まで、とくに大阪環状線沿線の大阪城付近では彼らの存在はあたりまえの日常でした。にせものがいたというのも本当なのでしょうが、軍人や兵隊でなくても戦争のために障害を持ってしまったひともいたでしょうし、そうでないひともいたとしても、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めているはずの日本国憲法をもってしても「障害者」としての彼らの生存権を保障できなかった以上、彼らの行動がまちがっていたとだれが言えるでしょうか。
彼らは彼らなりの障害者運動をしていたのだとわたしは思います。
わたしは傷痍軍人の存在によって明治以来、お国のために死んでいったひとたちや傷ついた人たちのことを学びました。しかしながら、それと同時に明治以来の国家の戦争でアジアの各地で死んでいったひとたちや傷ついたひとたちが無数にいたことも、終戦間近の空襲と原爆投下によって死んでいったひとたちや傷ついたひとたちのことも知りました。

そして時が過ぎ、傷痍軍人たちはいつのまにかいなくなりました。わたしたちの前から姿を消した彼らはその後どんな人生をおくったのでしょうか。そして大阪砲兵工廠跡もすっかりなくなり、今はオフィスビル、ショッピングビル、大阪城ホールが立ち並び、おしゃれなスポットになってしまいました。
傷痍軍人が闊歩?していた街の景色は、今はたとえば唐十郎の芝居の中にしかないのでしょう。そういえば唐十郎はよく傷痍軍人を登場させていたように思います。
彼らがいなくなることで街はこぎれいにおしゃれになりましたが、わたしは障害者の問題としても戦争と平和を考える上でも、彼らが訴えたことは今でも大切なことだと思っています。むしろ、わたしたちの社会はそれらのことを避けることで多くのものを得たかもしれないのですが、とても大切なものをなくしてしまったのかもしれません。

カルメン・マキ「戦争は知らない」
寺山修司作詞、作曲はリンド&リーダーズの加藤ひろしです。わたしは坂本スミ子バージョンが好きでした。今では、寺山修司の秘蔵子だったカルメンマキが歌い継いでいます。

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