ピアニストを撃て 渋谷毅、金子マリ、小川美潮「両手に花」ライブ cafe気遊

10月14日、能勢のカフェ気遊で、渋谷毅、金子マリ、小川美潮のライブがありました。「両手に花」というタイトルが付けられたこのライブは2006年からはじまり、不定期らしいのですが、わたしは2015年に同じくカフェ気遊で開かれたライブがはじめてでしたが、大阪の北端・里山能勢でジャズピアニストの渋谷毅と2人の女性ボーカリストによる、実に心地よい豊かな時間を過ごせるとても贅沢なライブでした。
カフェ気遊は春一番コンサートとのかかわりも深いお店で、フォーク、ロック、ブルースなどなど音楽好きのひとなら関西一円から関東まで知れ渡るお店で、ロッジ風のお店はオーナーのIさんが能勢の自然環境を借景にして作りあげた文化の拠点空間という雰囲気のお店です。社会的な問題や政治的な問題に対しても音楽などの個人の表現を大切にするオーナーのまなざしがうれしいお店ですが、能勢でもわたしの住むところからはまだ山手にあり、バスも極端に少なく、車に乗れないわたしは電動自転車でなんとかたどりつきました。
お店はすでに満席状態で、60人か70人近くのお客さんがいたように思います。交通の便の悪い中、かなり遠方の人も駆けつけているようで、気遊さんでなければこれだけのお客さんを能勢に呼ぶのはできないと、あらためて思いました。
わたしは実は音楽のことをほとんど知らなくて、とくに洋楽になるとさっぱりなんですが、音楽や歌が心を動かす瞬間に出会いたくてライブスポットに足を運んだり、テレビなどで最近のはやり歌を聴いたりするのですが、その中でもわたしが信頼する人が勧めてくれる音楽と出会うと、勧めてくれるひとの感じ方や生き方にも触れることになります。
そんなわけで、気遊のオーナーのIさんに教えてもらった渋谷毅、金子マリ、小川美潮のライブはそれまでに3人を全く知らなかったわけでもないのですが、あらためてじっくりと演奏や歌を聴き、この場所でしかわからなかった音楽の泉と出会うことができた幸運に感謝するばかりです。

開演時間になり、客席を通って渋谷毅がピアノの前に座ったと思うと、前回の時も驚いたのですが、すぐにピアノをひきはじめました。このひとにとってはそれが自然で当たり前のことなのでしょうが、ほんとうに何の前触れもなく弾き始めるのです。
その唐突さがたまらなくて、聴く者は日常の地面からふわっと浮遊するような感覚で渋谷毅のピアノで変質したカフェの空間に迷い込むようなのです。この人は若い時からこのようにふらっと現れてピアノの前に座り、それぞれの街のそれぞれのライブスポットのピアノとおしゃべりしては、また別の町のピアノと出会うために旅をしてきたのだなと思います。
渋谷毅は1939年生まれ、高校時代にジャズに興味を持ち、東京芸術大学在学中よりジョージ川口とビッグ4などでピアニストとして活動、1975年に自身の率いるトリオを結成、その後1986年に従来の典型的なビッグバンド・スタイルから解放された 渋谷毅オーケストラ を結成し、現在も活動の中心とされているようです。
ジャズピアニストの重鎮とか大御所と言われて当然のキャリアを持ちながら、彼の演奏する音楽にはある種の権威のようなものがまったく感じられず、その時その場のピアノの音がすべてという瑞々しい演奏は聴く者の心のもっとも柔らかいところに届くのでした。
彼が3曲ほど演奏した後に、小川美潮が登場しました。渋谷毅が一言もしゃべらない分、小川美潮が「両手に花」のライブに関すること、渋谷毅や二部で登場する金子マリのことなど、いろいろしゃべってくれました。
それを黙って聞いている渋谷毅が見切り発車のようにピアノを弾き始めることもありました。小川美潮はロックバンドのボーカリストでしたが、ソロで聴くと彼女自身の作詞による曲もふくめてポップな楽曲と、天性の透き通ったナチュラルな声とアイドルを思わせる少し言葉たらずで少女のような歌声が聴く人を選ばず、何気ない日常から時空をさまよう絵本の世界へといざなってくれるのでした。
二部で登場した金子マリとはきっとまるでちがう入り口から音楽へのアプローチをした人なのでしょうが、日常の交友関係はともかく、不思議にそのバックに渋谷毅のピアノがいわば音楽の地平線の役目をしていて、黒光りするピアノの上で二人のボーカリストが出会ったことは奇跡と言ってもいいのかも知れません。「花の子供」、「はじめて」などシュールなオリジナル曲をたくさん持っている彼女が渋谷毅のピアノにウキウキしながら歌う姿はとても魅力的でした。
さて、二部の金子マリもまた、渋谷毅のピアノによって守られている無邪気な子どものようで、ビリー・ホリデイの「Crazy He Calls Me」などの名曲を癖になる独特のしゃがれ声で熱唱するのですが、ここでも渋谷毅の決して行き過ぎないピアノというか、まるで川のせせらぎのように浮かんでは沈む音の連なりが彼女の歌を静かに抱いているようでした。
熟成したワインのような悪女の深情けと、小川美潮に通じる少女のような無垢で気恥ずかしい純な心が矛盾なく溶け合った稀有の歌声は渋谷毅のピアノと不思議な対話をしているようで、深い夜の緑につつまれたカフェ気遊の空間を特別なものにしてくれました。
洋楽もさることながら、彼女のオリジナル曲の「青い空」、「恋はねずみ色」などの日本語の歌を聴くと、本人はそう呼ばれるのをいやかも知れないですが、70年代に日本のジャニスといわれたロックシンガー・金子マリの圧倒的な歌唱力と音楽への底なしの愛がたどってきた長い時間を思い、胸が熱くなりました。
小川美潮も入って二人のボーカリストが競う合うのではなく、音楽でおしゃべりするようにゆったりと歌い、渋谷毅のピアノが二人をやさしく包み込みました。
この時歌った「What a wonderful world」…、平和な世界を夢見てつくられたこの歌が海を渡り山を歩き野をかけ川を流れ、北大阪のそのまたてっぺんにある能勢の森に包まれたカフェ・気遊に舞い降りる瞬間に立ち会うことができました。
「だいじょうぶ、世界はこんなに素晴らしいのだから」と。

それにしても、渋谷毅というひとは西部劇に出てくる酒場のピアニストのようです。
フランソワ・トリュフォーによって映画にもなった「ピアニストを撃て」さながらに、酒場で貴重な人材のピアニストを喧嘩騒ぎから保護するために「ピアニストを撃たないでください」と貼り紙がしてあったという逸話は、このひとのためにあるのではないかと思いました。

「両手に花」 小川美潮、金子マリ、渋谷毅 「一会庵」 July 12, 2015

小川美潮&渋谷毅「はじめて」

渋谷毅「ダニーボーイ」 at uramado

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