天使たちへ ぼくたちのロックンロールは心の果てからやつてくる2

桑名正博コンサートメモリーズ
1997年7月1日発行、豊能障害者労働センター機関紙「積木」増刊NO.20号より

おててつないで 野道をゆけば
みんなかわいい 小鳥になって
歌をうたえば くつが鳴る
晴れたみ空に くつが鳴る

花をつんでは おつむにさせば
みんなかわいい うさぎになって
はねて踊れば くつが鳴る
晴れたみ空にくつが鳴る

母の手をにぎりながら、何十年ぶりかにこの歌をくちずさんだ。病院の窓からは、山にへばりついた家々の灯がにじんでゆれた。
半年前に脳梗塞で入院し、やっと退院し、車いす生活になれようとしていた矢先のことだった。退院後2週間足らずで、母はまた脳梗塞で救急車で運ばれ、同じ病院に入院する羽目になった。86才という年齢から言っても、今度は何が起こるかわからないと医者に言われ、数日間病院で寝泊まりした。
頻繁に呼吸が止まり、ぼくは思わず彼女の動かない手をにぎりしめた。
つないだ手と手のすき間から、「ずきん、ずきん」と脈が伝わる。心臓へとたどりつく血の鉄道は体の地平をかけめぐり、皮膚をつきやぶるような熱いリズムを刻んでいる。消えそうになったとたん、老いた胸をふくらませたかと思うと、とつぜんからだ中の長い長いトンネルをくぐりぬけ、鼻から口から風が吹く。日常とはちがう思いつめた静けさの中で、長い間忘れていた「いのち」の歌がきこえてくる。
女ひとりで一膳めし屋を切り盛りして食いつないだ母と兄とぼくの、いまはもうなくなってしまった子ども時代の風景。それぞれの人生はそれぞれであるしかないように、ひとは自分で幸せになるしかない。そう思って高校卒業してすぐ、ひきとめる母をふりきり家を出た。やがて兄もぼくも大人になり、それぞれの「家」を持った時、「2人の子どもを育てあげた」ことの他に、どんな時とどんな風景とどんな幸せが彼女の人生にあったのか、ぼくには知るよしもない。兄が学校を2年おくれるほどの病気で、ほとんど母に手をつながれた記憶がないぼくが、いま母の手をにぎりしめている。
人間は歌うことをおぼえて人間になったというひとがいる。
人間は前足が手にかわった時から歴史をつくったというひとがいる。
ひとは手でいろいろなものをつくりだしてきたとともに、手をつなぐことで愛することをおぼえ、いのちのリズムを共にする音楽を知ったのかも知れない。
いま、いのちの彼方とこちらをつなぐ手と手が、歴史の誕生と歌の誕生がひとつのものだったことを教えてくれる。
その歌は演歌でもロックでもジャズでもクラシックでもない、そしてそれらのどのジャンルでもかまわない。手をつなげば小鳥になり、くつが鳴る。にじんだ夜空にくつが鳴る。
ああ、長い間、こんなせつない歌を歌い、聴いたことがなかった。

泣いてもいいよね 気づいたからさ
君が天使だったこと あのころは知らなかった
ここまで来て 遠くはなれて
窓の外に広がった この景色 一人きりさ
風が運ぶ このぼくの体へと
君のやわらかすぎた 愛の深さが 今とどく
(「天使たちへ」 作詞:下田逸郎/作曲:桑名正博)

1990年、桑名正博がはじめて箕面市民会館に来てくれた時、はじめてこの歌を聴いた。「月のあかり」、「夜の海」などの名曲をうみだした下田逸郎と桑名正博が1989年につくった歌だ。「去年は、松田優作が死んだり、悲しいことがありました。下田逸郎とぼくが、80年代最後につくった歌です。」
別れていった友、死んでいった友への挽歌をせつなく歌う桑名正博の声は同じ時、同じ場所にいた1000人のひとの夜にしみこんでいった。小島良喜のピアノと河内淳貴のギターは、生まれては消えていく数々の歌のかけらをいとおしくすくい上げていた。
昨年暮れに出した新しいアルバムを、桑名正博は「for Angels」と名づけ、今年はじめ、同じタイトルのライブツアーをした。ぼくは3月の大阪でのライブに行った。河内淳貴がほんとうに楽しくてしかたがないという感じでギターを弾いていた。HONZIのバイオリンは箕面の「P-AGEBAR」でのKAJAのライブ、箕面市民会館での上田正樹のコンサートの時と2回聴き、感動した。田辺モット、岡本郭夫、南部昌江と、93年の時とはちがうメンバーだけど、テンションが高く、それでいてふくらみのある音を出していた。なによりも桑名正博がアーティストとして新しい出発をしようとしていると強く感じた。そして、桑名正博は「天使たちへ」を歌った。7年前のコンサートの感動がよみがえり、ぼくの記憶の引き出しから涙があふれ出た。
1989年にこの歌は生まれた。その翌年から4年間、桑名正博はぼくたちのコンサートをつづけてくれた。そして今年、ぼくたちの15年の節目にまた、箕面市民会館のステージに立つ。ぼくたちの7年は、いくつもの希望と夢と別れと出会いを生みだした。この歌が90年代を静かに流れ、桑名正博のもとに帰ってきたように、「天使たちへと ありがとう」と、ぼくたちもまた、いま思う。
母の病状はかろうじて危機をのがれた。これからどれだけ回復するかわからないが、もう一段、いわゆる重度の障害とともに家に帰ってくるだろう。いや、もしかするとずっと病院暮らしがつづくかもしれない。だが老いてなお、いのちのいとおしさをこんな形で教えてくれた母に、ぼくは感謝している。
「くつがなる」と「天使たちへ」。せつないふたつの歌を歌いながら、ぼくは7月20日のコンサートが多くの人々の心に残ることを夢みている。
あなたのご来場を、お待ちしています。

このほしのいきものたちのしかばねの海が
あたらしいいのちをそだてるように
いきているものたちと死んでいったものたちの
よろこびやかなしみやいかりやいさかいやわかちあいから
いくつものうたがうまれる
あるときはくるまいすで、あるときは自転車で
あるときはつえをついて、あるときは三段跳びで
あるときは地をはって、あるときは本で顔をかくし
ぼくたちのロックンロールは
心の果てからやってくる

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