青い光のくじらはわたしたちの夢の化身

天の川を泳いで 会いにきたよ
一万光年の彼方から
君に会うために やってきたよ
だからほら 泣かないで
いっしょにあそぼう
2007年カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」7・8月・松井しのぶ

あいまいな「ひとらしき」ひとが、どこでもなく、どこでもあるような部屋の右端に後ろ向きに立っている。天井から床までの大きなカーテンを引くと、そこはもう部屋ではなく空の荒野か海の底か、それとも冥王星がはぐれてしまった宇宙なのか、どこまでも青い空間が広がっている。
とつぜん、巨大な光のくじらがすがたを現わし、きらきらした星の泡を吹きながら横腹を白くのけぞらせる。
松井しのぶさん作、2007年カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」の7月・8月のイラストは、とてもゆっくりした時間の流れの隙間にたち現れるメルヘンをつむいでいくのでした。
カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」は1年を6枚のイラストで表現した壁掛けカレンダーで、この絵に限らず松井しのぶさんのイラストには、とてもありえないモチーフや設定でありながら、切実な希望やいとおしい夢、愛するひとたちを見つめるまなざしがあります。

1月2月。お花畑、花びらの中にそのひとはいて、「未来」という種をまいている。初春のつめたさの中で、あたたかい春に届けと…。
3月4月。旅立ちと出会いの季節。いまはまだ朝もやにかくれていても、「未来」はすぐそばにいて、船出するわたしに手をふっている…。
5月6月。雨のしずくがよりいっそう緑を深くする。雨の音は自然が歌うラブソング。静かなピアノ曲は、どこかで何度も聴いたなつかしいヒットナンバー…。
7月8月。「ほら、またみつかった。何が? 永遠が。太陽とまじわる青い海だ。」(アルチュール・ランボー) わたしたちの心までも青く染めて…。
9月10月。夏の光をたくわえた稲穂が黄金色にたわむ。いのちの種を育てる実りの季節。秋はもしかすると、いのちたちのはじまりの季節なのかも知れない…。
11月12月。1年でいちばんカレンダーを見る季節。1日1日がとてもたいせつに思う。1年のものがたりをゆっくりと煮込み、時のジャムをつくりましょう。
いいことばかりじゃなかったけれど、いっしょうけんめいの1年だった。時がくれるクリスマスプレゼントは、だれひとりきずつくことがない平和を願う世界の祈り…。いつもの壁のいつもの場所に、新しいカレンダーをかける。来年、どんな夢みようかな。

わたしは壁掛けカレンダーが好きです。時をきざむことも日々を重ねることも、携帯電話や手帳の中に閉じ込められて久しいですが、ひとを愛する心や平和でありたいと願う心、助けてと叫ぶ肉声や荒唐無稽な夢、自分らしく生きようとする朝や暗闇を見つめる孤独な夜を、たかだか手のひらにかくれてしまう携帯電話やシステム手帳に閉じ込めることなどできないのではないでしょうか。
壁掛けカレンダーは、つながろうとする心たちの秘密のとびらにもなります。壁掛けカレンダーをくぐりぬけて無数の心が迷路のようにつながり、この世界をこの地球をささえ、分けあって平和にくらしていることをわたしは夢見ます。ひとは一生の間に、どれだけの時をどんな部屋ですごすのかわからないけれど、カレンダーのかかっていない部屋はとてもさびしく思うのです。
わたしにとって壁掛けカレンダーの魅力は、部屋に帰るといつも待っていてくれる律儀さと、カレンダーの日付をみつめながら、悲しかったことやうれしかったことをもう一度かみ締め、また生きていこうと小さな冒険心を掻き立ててくれることにあります。新しい月が始まり、急いで次のページをめくる瞬間は、とくにそんなことを感じながら今日を生きようと思うのです。
何年か前、冥王星が太陽系から切り離されたことが大きな話題となりました。何億光年の青い荒野が広がる宇宙の中の、ちっちゃな地球という星で生きる人間がそんなことを決められるのかわたしにはわかりません。けれども名前もつけられないおびただしい星屑たちがそれぞれに途方もない時のものがたりを持っているのだと思います。
そして、わたしたち人間もこの青い星の上で生まれ、有名であろうとなかろうと、金持ちであろうとなかろうと、障害があろうとなかろうと、たったひとつのいとおしいいのちを生きていることだけはまちがいありません。
荒唐無稽のように見える松井しのぶさんのイラストの青い光のくじらはきっと、幸せになりたい、愛しあいたいと願うわたしたち星屑が見る夢の化身なのではないでしょうか。ひとはしあわせになるためにこそ生まれてきたのなら、わたしの夢もまた何億光年の時をわたり、青い光のくじらに乗ってやってきたのだと信じたい。
美術館や画廊に足を運ばなくても、1枚のイラストから湧き上がる豊かな世界を感じることができる壁掛けカレンダー「やさしいちきゅうものがたり」は、たくさんのひとびとに支えられています。そのひとびとと松井しのぶさんに感謝しながら、よりたくさんのひとびとにこのカレンダーの魅力を知っていただきたいと願っています。

いよいよ、カレンダーの原画展まで一週間になりました。豊能障害者労働センターでは開催準備で大忙しの一週間になります。
松井しのぶさんはこの原画展のために、特別に一枚イラストを描いて下さいました。
10月8日には、サイン会も予定しています。
みなさんのご来場をお待ちしています。

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