島津亜矢と天童よしみと竹中労

5月18日のNHK「BS日本のうた」のスペシャルステージで、島津亜矢が天童よしみと共演します。収録された会場に行かれた方々から報告された興奮と感動は最近にないもので、比類まれな歌唱力と声量とポップスから歌謡浪曲まで完璧に歌うレンジの広い歌手として、この2人は共通したものがあります。またデビュー以来、同じテイチクの先輩の天童よしみにはいろいろと世話になってきたこともあり、島津亜矢にとって今回のステージには特別の思いがあったようです。
収録会場の雰囲気をそのまま感じることはできないかも知れませんが、5月18日の放送が楽しみです。プレイリストを見るだけでも単なる共演とは言い難い二人の心の共振が伝わってくるようです。昨年のこの番組での鳥羽一郎とのスペシャルステージ以来、久しぶりに化学反応を起こす刺激的なステージになっていることと思います。

わたしは2009年の秋に島津亜矢を知って以来、当初はテレビとユーチューブで、2011年からはコンサートにも年に2、3回程度行くのがやっとで、そんなに熱烈なファンとは言えません。
彼女を知るまでは演歌では若いころは森進一と藤圭子を好きだった程度で、10代でビートルズを知ってからは演歌や歌謡曲とは無縁で、もともとそれほど音楽に親しむ方ではなく、フォークやポップス、ロック、ジャズなど耳に入ってくる歌を聴く程度でした。その間、豊能障害者労働センターのスタッフだったわたしは小室等、桑名正博、長谷川きよし、小島良喜、近藤房之助などのコンサートを開き、特定のアーティストとのつながりで音楽を聴いていました。
島津亜矢の場合は、不明にも彼女のすばらしさをすぐにはわかりませんでした。しかしながら配信された動画と「BS日本のうた」のスペシャルステージでの布施明との共演を観て、歌唱力や声量や声質など天賦の才能だけではなく、はじめて彼女の歌心が心にずきんと突き刺さりました。その時のゾクッとした心の震えは今でも忘れることができません。
島津亜矢の歌とほんとうに出会ってからは、わたしにはもう演歌やロックやジャズの区別はどうでもよくなり、また島津亜矢を中心にしてあらゆる音楽のことを感じるようになっていきました。実際のところ、彼女を知ってからの方がポップスやロックもふくめて音楽を心の深い所で受け止めるようになったと思います。
歌唱力のある歌手をたたえる言葉に、歌を語るとか風景が見えるとか言われますが、彼女の場合は言葉では言い表せない、強いて言えば「時代」の悲鳴や叫び、そしておよそ人間が歌うことを発明した遠い昔からひとつの心からひとつの心へと時代を越え、歴史の地下水道をくぐり抜けてきた壮大な叙事詩が彼女の肉体からあふれ出て、歌そのものの不思議なエロティシズムと、せつないまでのセンチメンタリズムにつつまれてしまうのです。

そして、以前にそれに似た感覚をひとりの歌手に感じたことを思いだしました。その人こそが天童よしみでした。
ご存知の方も多いと思いますが、彼女は1972年、読売テレビの「全日本歌謡選手権」で10週連続勝ち抜き、7代目グランドチャンピオンとなって出直しデビューを果たしたひとです。五木ひろし、八代亜紀を輩出したこの番組はプロ、アマ問わず出演できるオーデション番組で、歯に衣着せない辛口評と熾烈な審査で話題となった人気番組でした。
天童よしみはわたしが大好きだった竹中労が彼女を高く評価し、10週目にはすでに竹中労が作詞した「風が吹く」を歌い、チャンピオンになり、彼が「天童よしみ」と命名したことを覚えています。
1960年代後半から70年代、わたしの心をとりこにした竹中労は「ケンカ竹中」「反骨のルポライター」などの異名を持ち、芸能界や政界に斬り込む数々の問題作を世に送り出しました。「ビートルズ・レポート」や「エライ人を斬る」、「美空ひばり」などの数々の名著は今読んでもまったく古くないどころか、今の時代の不幸は彼のようなジャーナリストがいないことにあると思います。
竹中労はどんな権威や権力にも屈せずたった一人、ペンと言論で同時代のひとりひとりの未来や希望を踏みにじる国家や組織とたたかいつづけたひとでした。
わたしはビートルズが来日した時に国家や大人たちの少年少女への異様な弾圧に怒りを感じていましたが、「ビートルズ・レポート」で彼が「ぼくは思う。音楽はほんらい、ハラーズ(叫び)ではなかったのか?感情の高まりがリミットをこえたとき、胸の底からほとばしる言葉にならぬうめきのようなもの、悲鳴のようなものが、歌の原型ではなかったのか?ビートルズの音楽は、少年少女の欲求不満を解放し、叫びが歌であった生命の原点に回帰させる。彼らは、鑑賞などしない。演奏に参加する。感動していることを、肉体で示そうとする。それが叫びであり涙なのだ。」と書いているのを読み、このひとは信頼できる大人だと思いました。
竹中労は沖縄の歌曲を紹介した人物としても知られていて、彼の場合、中東や台湾や沖縄などで、中央の資本主義が資源も土地も人も略奪してきた周辺で、差別を受けながらも必死に生きる人々とともにたたかう政治的な行動とともに、世界の周辺でひとびとが歌い聴き、命の支えとする歌、国家や組織によって押し付けられる歌ではなく、過酷な時代の風に吹かれながらひとりの心の叫びがもうひとりの心に届けられる魂の歌をこよなく愛する人でもありました。時代の袋小路で生まれ、巷を駆け抜ける歌への限りない彼の愛情は「完本・美空ひばり」に結実し、今も読み継がれる名著のひとつとなりました。
竹中労が天童よしみにたくした「風が吹く」は、彼のたたかいの人生のすべてをシンプルな歌詞で綴っていて、歌詞だけを今読み返しても彼の心情がこめられている名曲だと思います。インターネットに天童よしみが歌っている映像がひとつだけあり、それを聴いていて、わたし自身の青い時代に寺山修司とはまたちがう大きな影響を受けた竹中労へのシンパシーに思わず涙しました。
わたしは天童よしみのコンサートに行ったことがないので、彼女が今でもこの歌を歌っているのか、また限りないやさしさとは裏腹に、権力とたたかった竹中労は音楽業界でも疎んじられることもあったかも知れず、彼女にとって竹中労がどんな存在なのかもよく知りません。
しかしながら、わたしは竹中労に愛された天童よしみは、単にうまい歌手にはとどまらないラジカルな歌姫として、竹中労にとっては美空ひばりに見出した時代のセンチメンタリズムを受け継ぐ数少ない歌手のひとりだったと思います。
竹中労については今回、残された映像をほぼすべて見てこのひとはやはりすごい人だったとあらためて思いました。天童よしみと島津亜矢についてもやや消化不良の感がありますが、すべては18日のライブでふたりが教えてくれることでしょう。
支離滅裂で長い文書になってしまいましたが、もしこの記事を読んでくださった方でBS放送の視聴が可能な方は、NHKBSプレミアムで18日の7時半から放送される「BS日本のうた」をぜひご覧いただければと願っています。

「どんなに自由をうばわれても人間には最後にひとつだけ自由がのこる。それは自由になろうとする自由です。文学や芸術や音楽は、自由になろうとする自由の産物なんです。」(竹中労)

天童よしみ「風が吹く」
中国の動画サイトで画像も悪いのですが、わたしには天童よしみの竹中労への思いが込められているように聞こえます。この歌はやはり「革命」の歌で、インターナショナルよりも、またジョンレノンの「イマジン」よりも深く私の心にしみます。

島津亜矢「珍島物語」
天童よしみファンには申し訳ないのですが、島津亜矢と天童よしみは歌心の深いところで通底していることを実感します。

竹中労語る 天安門事件
この映像は1988年10月11日から1992年10月16日まで放送されたテレビ朝日の深夜帯番組にレギュラー出演していた竹中労の発言記録です。この番組は一週間にあったさまざまな事件や政治的な問題を出席者が自分の意見を言う番組で、東京地域のみの放送だったらしいです。わたしはこんな番組があったことも全く知らず、今回竹中労についてネット検索して発見しました。かなりの数の記録があり、今聴けば竹中労の遺言のように聴こえます。このひとはほんとうに信頼に値するジャーナリストであったとつくつぐ思いました。

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