島津亜矢・大阪オリックス劇場

幕が上がると照明効果でしょうか、島津亜矢の清楚な立ち姿がシルエットまじりに目に飛び込んできました。わたしは毎回、この瞬間の島津亜矢の姿を見ては、なぜか涙が出てきます。そのわけは、よくぞこの舞台にたどりついてくれたという思いからです。島津亜矢の年間のコンサートスケジュールはとてもハードで、今回も大阪、京都、神戸と3日連続で昼夜2回というすさまじさです。体の心配もありますが、仕事とはいえ、また歌うことがすきだとはいえ、毎回のステージにこれほどまでに体も心もあふれさせて立てるものでしょうか。
歌を必要とする人々に届く歌を歌うこと、歌い続けることを自らの宿命とする島津亜矢に歌の女神が舞い降りるこの瞬間に、心を震わせるのはわたしひとりではないでしょう。
いっせいに会場のあちらこちらから「亜矢ちゃん!!」という太い掛け声が飛び交い、島津亜矢がオープニング曲の「流れて津軽」を歌うと、会場の空気は一瞬のうちに沸騰し、島津演歌の世界へとなだれこんでいきました。
9月25日、大阪のオリックス劇場大ホールで開かれた「島津亜矢コンサート2013-玲瓏」はこうして始まりました。
いつもの丁寧なあいさつの後、星野哲郎作詞の「海鳴りの詩」、「波」、「海で一生送りたかった」の3曲が続きます。わたしは「海鳴りの詩」が大好きですが、歌はもちろんですが、島津亜矢が後ずさりして両手を大きく広げ、押し寄せる波をいとおしく抱き寄せるようなしぐさが大好きです。「波」、「海で一生送りたかった」と続く、星野哲郎が愛してやまなかった海の歌は、島津亜矢にとって歌手人生の羅針盤であり、心のよりどころでもあるのでしょう。
その後、「愛染かつらをもう一度」、「夜桜挽歌」となつかしい歌の後、「娘に」、「帰らんちゃよか」と、その歌唱力とともに透明感のあふれる高音とぞくっとするほどの肉感的な低音が会場を包みます。実際、「流れて津軽」以外はここまでオリジナル曲ばかりですが、世が世であればもっともっと多くの人に知られるヒットソングになるにちがいありません。
そして、「山河」…。小椋佳が作詞し、堀内孝雄が作曲した世界に誇る名曲のひとつと言えるこの歌は、わたしが島津亜矢のファンになってからずっと、ライブで聴きたいと願っていた歌でした。おそらく10年も前になるでしょうか、NHKで歌った時の映像をLUXMANさん(このブログで島津亜矢の動画を紹介する時にとてもお世話になっています)の動画でみることができますが、「熱き心に」と並ぶ、島津亜矢のカバーの最高峰といっても過言ではないでしょう。
1944年、東京に生まれた小椋佳の青春や恋の歌は時の残像を風景にとかすデリケートで薄明るい切なさにあふれる水彩画のようですが、一方でこの「山河」のように水墨画を思わせる日本の音楽のルーツにせまる壮大な歌があります。
1997年ごろ、たしか世界中のこぶしを研究しているという話を聞いたことがありますが、父親が琵琶奏者であったことからご本人も琵琶を演奏されるのと、息子さんが若年脳梗塞で長い闘病生活の後、琵琶奏者から琵琶楽器の製作者となられたことなど、小椋佳の音楽には最初から日本の歌語りがルーツとしてあったのだと思います。
実はブログの記事にできないままになっているのですが、今年の7月にはじめて小椋佳のコンサート「歌談の会」に行きましたが、「しおさいの詩」、「めまい」、「少しは私に愛をください」などのなつかしい歌の一方で、琵琶や津軽三味線が参加する歌語りがすばらしいと思いました。とくに、たしか琵琶の弾き語りは坂口美子だったと聴きましたが、哀切にあふれ、肉感的で凄味のあるエロスというか、その美しさに引き込まれました。
五木ひろしからスケールの大きい歌をと依頼されたという「山河」もその流れから生まれた曲だと思います。「愛する人の眼に俺の山河は美しいか」というフレーズに、美しさに力点を置いた生き方、独りよがりではない、人間としての美しい生き方とは何かという思いを込めたといわれるこの歌の世界観はとても大きく、そしてやわらかくやさしいものだと思います。
島津亜矢がすでに10年も前にこの歌の世界観を見事に歌い上げていたことは驚きですが、彼女の歌に向かい合う姿勢と、荒野の果てに届きそうな声の大きさはもちろんのこと、声の広さと深さと歌を読みとる才能があわさると、この歌は海の向こうのR&Bやソウルミュージックなど、世界の音楽の誕生の地へとつながる新しい島津演歌の始まりとさえ思えてくるのです。
残念ながら今のところ1フレーズのみの歌唱になっていますが、五木ひろしとの共演などを通じ、この歌のフルコーラスを島津亜矢が歌うようになるのを楽しみにしています。
歌い終わり、亜矢ちゃんバンドの演奏の後は白いドレスで現れ、「SINGER2」に収録された「一本の鉛筆」と「メリージェーン」を歌いました。これらについては「SINGER2」をもう少し堀り下げる時に書こうと思います。
ここで1部が終わり、10分の休憩の後、2部のステージは「八重~会津の花一輪~」、「一本釣り」と歌い、つづけて「王将」を歌った後、会場まわりで「チャンチキおけさ」、「釜山港へ帰れ」、「裏町酒場」、「かえり船」、「哀愁列車」、「船方さんよ」、「浪花節だよ人生」を歌いながら握手握手で会場を走るようにまわりながら、音も外さずリズムもくずさず歌い、1コーラスでも魂を注入する島津亜矢はたたき上げのプロフェッショナルとしか言いようがありません。(この時の歌と順番ははっきりおぼえていません。まちがっていたらごめんなさい。)
ふたたび舞台に上がり、新曲「縁」と「感謝状~母へのメッセージ」を歌い、素早く着替えて最後の曲「俵星玄蕃」を熱唱してコンサートが終わりました。
「俵星玄蕃」の時、素人感覚では少し声の調子がよくないようにも感じましたが、歌の可能性を広げて右に左にかけめぐった最後にこの歌を歌う彼女の心意気に、いつも感動します。「亜矢ちゃん」と掛け声をかけるお客さんもそのことをよくわかっているので、会場全体がとてもいとおしい空間に思えてきます。個人的にはこの日の玄蕃の「おお、蕎麦屋か」はとてもすばらしいせりふでした。
その後、2011年の新歌舞伎座公演で初めて見て、はからずも号泣してしまった最後のあいさつがありました。いつものように上手、下手で両手を広げ、あいさつをして舞台中央で最後のあいさつの後、膝まづきマイクを大切に抱くようにして頭をさげると、幕が降りてきます。その時には「ああ、またかと」とはずかしくなるのですが、涙で舞台がかすんでしまうのでした。
今回は3列目といってもほぼ2列目の、いわばかぶりつきでしたので、彼女の決めこまかい情感の変化などもよくわかり、堪能しました。惜しむらくは、今度こそはと何度も丹念に手を洗って待っていたのですが、握手はかないませんでした。
それと、毎回思うのですが、これも年寄りの素人感覚なのかも知れませんが、PA(音響)が少し派手で、とくに高音をもう少し柔らかい音にならないのかなと思いました。彼女の高音はとてものびやかで透明感があふれていますがやや硬質で、わたしはそこが大好きなのですが、耳が慣れるまで少し時間がかかるのです。それにくらべて新歌舞伎座の座長公演の時も御園座の座長公演の時も地味でやや古い感じの音響でしたが、わたしにはナチュラルで島津亜矢の歌心が伝わってきた印象があります。
どちらかというとロックのような先端の音楽性を持った音響だと思いますし、一生懸命されているのにこんなことを書いてしまい、申し訳ないです。好みもありますし、専門的なことがわからない素人の感想として受け止めてください。
今回は少し長い記事になってしまいましたが、最後まで読んでくださった方に感謝します。

島津亜矢「山河」
もちろん、五木ひろしも小椋佳も堀内孝雄も、この歌には格別の思いがこめられどれも素晴らしい歌唱にまちがいありません。島津亜矢の場合は根っこに「黒っぽい」といえば差別語かもしれませんが、アメリカを中心としたR&Bやソウルミュージックへとつながるものがあるとわたしは思っていて、この歌が日本国内にとどまらないワールドミュージックとして世界に伝わるメッセーンジャーになれるような気がするのです。
島津亜矢「海鳴りの詩」
この歌は島津亜矢の歌手生活10周年記念曲で、長い間の念願だった船村徹が作曲したものです。作詞はもちろん、星野哲郎です。わたしの偏った感覚では、彼女のオリジナル曲のいくつかはなぜかしらR&Bやソウルミュージックの名曲に匹敵するワールドミュージックと思っていて、この歌はその島津演歌のひとつと思っています。

島津亜矢・大阪オリックス劇場” に対して1件のコメントがあります。

  1. tunehiko より:

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    フィレオー様
    いつもご意見をいただき、ありがとうございます。
    わたしも島津亜矢さんが「新しい歌を歌うSinger」であると思います。
    そのことを一人でも多くの方に伝えらたいと、ああでもないこうでもないと書いてみるのですが、結局はあなたもどこかで書いておられたように、ライブを体感したりCDを聴く以外にはないのでしょう。そこでまた、そこまで踏み込んでもらうために言葉でつたえようとする自己矛盾に陥ってしまうのです。
    それと、ビートルズ以来といわれますが、わたしはまさしくビートルズ世代なのですが、その当時はすべてがビートルズからはじまっていると思い込んでいましたが、かつてジョン・レノンが「エルビスがいなかったらぼくたちは存在しなかった」といったように、ビートルズもまたアメリカ大陸から海を渡ってやってきたR&Bやブルーズ、ロックンロールに音楽のルーツを探したのだということを、ずっとのちに知りました。
    島津亜矢さんはずっと以前に「わたしは演歌が大好きですが、同時に演歌というジャンルにとらわれたくない」とインタビューにこたえておられました。わたしはこれからもつづくだろう彼女の音楽的冒険に立ち会えることがとてもうれしいのです。
    人はそれぞれ感じ方が違うからこそ面白いと思います。これからも、フィオレー様の感じておられる島津亜矢さんを伝えてください。

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