「徳光和夫の名曲にっぽん 昭和歌謡人」

10月2日放送のBSジャパン「徳光和夫の名曲にっぽん 昭和歌謡人」を観ました。
徳光和夫は、「NTV紅白歌のベストテン」などをはじめ、歌番組の司会者としても活躍した人で、歌手や芸能人との親交も深いひとと聞きます。
「徳光和夫の名曲にっぽん 昭和歌謡人」はその彼が久しぶりに司会をつとめ、昭和の歌謡史に名を残す歌手や作曲家・作詞家の作品を現役歌手が歌い、さらに映像で本人とコラボするという番組です。
徳光和夫はこの番組の司会というだけでなく、プロデュースにも参加しているようなのですが、第一回目の放送は徳光和夫も五木ひろしもとくに親交が深かった美空ひばり特集で、徳光氏はこの番組の一回目のゲストとして五木ひろしを指名したのは当然のことなのでしょうが、ファンならずともびっくりしたのがもう一人のゲストとして島津亜矢を指名したことでした。
「栄えある第一回に、個人的なNO.1歌手が出てくれるのが嬉しい。ひばりさんに“彼が女でなくて良かった”と言わしめたのが五木ひろしさん。島津さんは、音の豊かさにおいては、歌手でこれだけの人はいなんじゃないか。この2人がゲストに来てくれて番組として格と品ができあがった。司会者としてこんなに嬉しいことはない」。(徳光和夫)
実際、今までのよくある番組でしたら、五木ひろしがそうであるように美空ひばりと親交が深かった歌手か同時代の歌手を指名するはずですが、あえて「個人的なNO.1歌手」として島津亜矢を指名した徳光和夫の時代感覚とその思い、そしてそれを実現させた番組関係者に敬意を表したいと思います。

さて、番組の方は最初に美空ひばりの過去の映像から「悲しき口笛」を放送し、その後、五木ひろしが「夜明けのブルース」、島津亜矢が「大器晩成」を歌いました。その後にトークに入り、好きな美空ひばりの曲を聞かれ、島津亜矢は「哀愁波止場」と答えたのですが、五木ひろしの「ひばりさんの男っぽさを受け継いでほしい」というコメントが採用されて「柔」を歌うことになりました。
わたしとしては「哀愁波止場」を歌えば、最近の島津亜矢が繊細な感情を表現できる声量、声色、強弱をコントロールし、自分自身の過去の歌はもとより、美空ひばりなどのあらゆるカバー曲を、そのオリジナルの物語と風景をそこなわないまま新しい歌としてよみがえらせる歌手であることが伝えられたのではないかと、残念に思いました。
島津亜矢の並外れた歌唱力と声量の豊かさへの印象がどうしても前面に出てしまい、NHKの「歌謡コンサート」でも何度も「柔」を歌うことになっていますが、美空ひばりの最大のヒット曲でもあり、また今の演歌界でこの歌を歌える数少ない歌手のひとりであることもたしかなことでやむをえないのかもしれません。
わたしは美空ひばりにそんなに関心はありませんでしたが、2003年に妻の母親と同居するようになってから毎年放送される各局の特別番組で過去の映像を観ることで、この天才歌手の足跡とジャンルを超えた多様な才能をあらためて知ることになりました。個人的には「柔」に代表される「男の演歌」より、この番組でも放送された「悲しき口笛」、「りんご追分」、「津軽のふるさと」、「東京キッド」などの初期の歌の方が好きです。
先日、NHKのBS番組で中山晋平の特集がありましたが、明治以後の西洋音楽の導入によってそれ以前の日本の音楽が西洋音階に組み込まれていく一方で、大衆によって日本固有の音楽が歌い継がれてきたことを知りました。そして、山田耕作が国家体制の中で西洋音楽の普及につとめたのとは正反対に、童謡から流行歌、新民謡まで、大衆の心から受け取った音楽を大衆の心に返す音楽を求めつづけた中山晋平の数々の歌の中にこそ、明治以後の社会の底に流れ続けた大衆音楽のルーツがあると思いました。野口雨情作詞・中山晋平作曲の「船頭小唄」は島津亜矢も歌っていて、わたしは彼女の「船頭小唄」を聴くと100年の時空を超えて中山晋平の心情に触れたような気がします。
美空ひばりの初期の作品には中山晋平に通じる大衆音楽の心が詰め込まれていて、だからこそ戦後の瓦礫から立ち上がる大衆の心に届き、よくも悪くも日本の高度経済成長を支え、時には報われることもなかった大衆に支えられて美空ひばりは戦後の大スターになったのでしょう。

番組のハイライトは五木ひろしのギター伴奏で二人が歌った「愛燦々」でした。最初に美空ひばりの映像が流れ、その後二人が歌ったのですが、この一曲はファンならずとも聴きごたえのある歌唱となりました。島津亜矢はずいぶん前にこの曲をNHKの「BS日本のうた」で歌い、そのすばらしい歌唱がアルバムに収録されて残されていますが、この日の歌唱はより丁寧で、デリケートな心の動きをそっとすくいあげるような歌声でした。
徳光和夫と五木ひろしの二人に囲まれて仕方ないことかも知れませんが、番組を通して少し緊張気味で表情がかたかった島津亜矢でしたが、この歌の時は生来のとても瑞々しい表情でした。
わたしは「SINGER2」の「かもめはかもめ」と「わかって下さい」で、島津亜矢の新しい高音の声を聴きました。その声は隠れていたか前から確かにあったのかも知れませんが、わたしにはこのアルバムで彼女が獲得した声ではないかと思っています。
少し前から肉感的というかセクシーな低音がぞくっとする快感を伴いながら、彼女の歌を奥行きのある豊かなものにしてきましたが、さらに透明なナチュラルさを失わないまま、歌い上げるだけではない複雑な音色と切ない感情を水彩画を描くように歌う新しい高音の声は、島津亜矢の歌をよりしなやかで深みのあるものにしてくれました。
この番組で歌った「愛燦々」にはその新しい高音の声がとてもコントロールされていて、専門的なことはわかりませんが、どちらかと言えば弦楽器に近い五木ひろしの声をにじませ、溶け込ませ、クラリネットやフルートなどの管楽器に近い彼女の声が光を浴びてきらきらゆれる水音のように聴こえました。
わたしは五木ひろしも以前はどちらかといえば苦手な歌手のひとりでした。しかしながら、たしかにこのひとは歌が大好きで歌に貪欲で、とても勉強熱心なひとであることは間違いのないところで、それはこの日同時に始まったBS朝日の音楽番組で、五木ひろしがはじめて司会を担当し、番組の企画にも参加する「日本の名曲 人生、歌がある」(水曜後7時)では「フルコーラス」にこだわっていることでも、彼の歌に対する真摯な姿勢が現れていると思います。

この番組全体は、残響が大きすぎた音響が気になったことや、まだ当分試行錯誤の企画が続くのではないかと思いますが、なにはともあれ徳光和夫と五木ひろしの高い評価とともに島津亜矢が紹介されたことは、ファンとしてはとてもうれしい事件でした。

美空ひばり / 島津亜矢 /五木ひろし「愛燦燦」

島津亜矢「船頭小唄」
この映像はある放送番組の映像だと思いますが、トランペットを生かしたアレンジがとても斬新で、「モルダウ」のような壮大な交響曲のテーマを聴いているような錯覚をしてしまうほど、この歌の利根川はまさしく大きな河であることが実感できます。

美空ひばり「悲しき口笛」
映画「悲しき口笛」のシーンです。寺山修司のエッセイ集に「悲しき口笛」があり、彼の少年時代を美空ひばりの歌から書いていて、自分の人生の不運と理不尽が、いつも美空ひばりの歌とともにやってきたと証言しています。わたしは大スターになり、演歌の大御所のように言われるようになってからより、この映画の中での少女が歌う歌の方が戦後の焼け跡のにおいとほこりまでも立ち込めているようで、とても好きです。

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