島津亜矢・中村美律子「乱れ髪」「新・BS日本のうた」演歌名人戦

10月9日夜、NHK・BSプレミアムの番組「新・BS日本のうた」に島久津亜矢が出演しました。しかも番組後半のスペシャルステージを「演歌名人戦」と銘打ち、吉幾三、中村美律子、氷川きよし、島津亜矢が競演するという趣向でした。
いままでのスペシャルステージでは主に2人の歌手による競演が中心で、時々途中で他の出演者も交えたバラエティーをはさんだりしてきましたが、今回の場合はしっかりと歌を歌ってもらい、しっかりと聴いてもらう構成で、しかもスペシャルステージの常連の実力派と言われる4人の歌手による見ごたえのあるステージとなりました。
本来のスペシャルステージのように2人の歌手がしっかりと歌い、お互いの歌手人生のエピソードや歌の誕生秘話が聞けたりする濃密なステージではないものの、「演歌名人戦」とすることで出演歌手にいい意味での緊張感を持って歌ってもらうことで、それぞれがそれぞれの歌唱をいつもより深く聴きこむことにもなり、とても新鮮な感動を引き出すことに成功しました。
この企画は地上波放送の「うたコン」の前身である「歌謡コンサート」の特集番組であったものをこの番組に持ってきたもので、今回の評判がかなりいいようですからこれからも時々ある企画になるのではないでしょうか。「うたコン」が歌謡曲とポップスの混合となり、こういう企画ができなくなったことから、ある意味苦肉の策の企画なのだと思います。
ちなみに、2015年4月22日の「歌謡コンサート」の「真剣勝負名人戦」で島津亜矢がホッイトニー・ヒューストンの「I Will Always Love You」を初めて地上波で歌い、大きな反響を呼んだことはまだ記憶に新しく、あらためて地上波の力を見せつけてくれました。たしかに地上波の放送のインパクトはいまでもBS放送より強いことはまちがいないのですが、BS各局の音楽番組が充実してきて、かつてはBS放送で唯一といっていい音楽番組だった「新・BS日本のうた」も新しい試みを求められるようになって来ているのでしょう。

4人が登場し、スペシャルステージが始まり、名人と言われるにふさわしい4人の入魂の歌唱が続きました。島津亜矢「海鳴りの詩」、中村美律子「酒場ひとり」、氷川きよし「一剣」、吉幾三「情炎」、氷川きよし「無法松の一生(度胸千両入り)」、中村美律子「浪花しぐれ[桂春団治]」、島津亜矢「マイ・ウェイ」、吉幾三「酒と泪と男と女」、中村美律子&島津亜矢「みだれ髪」、吉幾三&氷川きよし「達者でナ」、中村美律子「つづれ織り」、氷川きよし「みれん心」、島津亜矢「阿吽の花」、吉幾三「ひとり北国」…。
お客さんを緩ませる吉幾三の絶妙なトークの他はほとんどMCもなく、緊張感あふれる熱唱がつづく内に、4人の間にお互いの歌を深く受け止めあう共感が生まれてくるのがテレビ画面を通じてもはっきりとわかりました。
その中でも、圧巻だったのは「乱れ髪」でした。
この歌は美空ひばりが1987年4月22日、公演先の福岡市で極度の体調不良を訴え福岡市内の緊急入院し、同年8月3日に退院、その後2か月の自宅療養をへて芸能活動を復活させた特別な歌です。
わたしはこのブログで島津亜矢を通して何度も美空ひばりのことを書いてきましたが、聴けば聴くほどこの天才歌手の魅力に引き込まれます。しかしながら、彼女の死後現在に至るまで、「演歌」のジャンルの歌い手さんが彼女にリスペクトするあまり、「演歌」の領域をみずからせばめてしまい、美空ひばりを頂点とする閉鎖的な世界から抜け出せないでいるのをもどかしく感じています。  戦後最大のスーパースターとなった美空ひばりの歌は戦後の復興を必死に担ってきた庶民への応援歌でしたし、高度経済成長が瓦礫とともに大切なものまでかたづけてしまった後も、あの戦争で奪われたいのちへの祈りと平和の願いがバタ臭さと泥臭さを相持つ独特な美空ひばりの歌唱をつくりだしたのだと思っています。
ちなみにわたしは、ブルースやジャズを日本固有の大衆音楽に溶け込ませ、独自の音楽性を世界に知らしめた美空ひばりを後年、本人もふくめて「演歌」という実は1970年代以降の新しいジャンルに閉じ込めてしまったことが、演歌のみならず日本の音楽の不幸の始まりだったのではないかと思っています。
ほんとうにたくさんの歌手が美空ひばりの歌をカバーしていますが、熱烈な美空ひばりファンから美空ひばりにしか歌えないという声が聴こえる中でのカバーには特異な緊張と束縛のようなものが感じられ、聴いているこちらも窮屈な感じを持つこともしばしばです。
その中でも「みだれ髪」は美空ひばりが命をかけ、命を削った渾身の歌唱による復活の歌で、翌年の東京ドームの不死鳥コンサートにつながる美空ひばりの最後の花道を用意した曲でもあります。そして船村徹と星野哲郎にとってもそれぞれの歌作りのすべてを込めた魂の一曲と言えるでしょう。
船村徹は美空ひばりには美空ひばりにしか歌えない歌をつくったと証言していますし、事実この歌をさまざまな歌手が歌っていますが、多かれ少なかれ美空ひばりのくびきから逃れるところにまでは届かない難しい歌だと思います。
島津亜矢にしても、いや島津亜矢だからこそこの歌が特別に美空ひばりに帰属し、本人しか歌えない歌であることを痛いほどわかっていると思うのですが、それでもわたしの個人的な好みも入りますがこの歌にたどりつく別の道を歩き、自分らしく歌うことで美空ひばりの領域に限りなく近づきつつある稀有の歌手だと思います。
この歌に限らずひとつの歌に信じられないほどの声質と歌唱法を使い分ける美空ひばりにはおよばないものの、島津亜矢には美空ひばりに引けを取らない「歌を詠み、歌の誕生の地に限りなく到達する」才能と努力で、彼女の恩師・星野哲郎がこれが最後になるかもしれない女王・美空ひばりに贈った「女歌」の最高傑作の心を読み解くことができたのだと思います。
星野哲郎は「みだれ髪」を作詞するために塩屋岬を訪れ、夜の海に灯台が光を照らすのを見て、「遠くにあって小さく見える灯台、あの灯台がひばりさんだ。だれも見ていない海に向かって灯台がパッパッと照らし始めた時に、ひばりさんとご縁のあるひとたち、弟さん、お父さん、おかあさんが結びつくと思った。寂しいけれど歌わなければならない。広い広い海に向かって歌っている、これがひばりさんの姿なんだ、これを歌えばいい」と思い、すぐさまイメージを作詞し、美空ひばりの病室に届けたそうです。
わたしはこのエピソードから、海を生涯愛した星野哲郎の作詞家としての矜持を知りました。そして、星野哲郎の最後の愛弟子である島津亜矢は師が愛した海、時にはひとのいのちを奪ってしまう荒海をいつも心に抱いているからこそ、「みだれ髪」を師に導かれるまま虚心で歌うことができたのだと思います。船村徹と美空ひばりの最初の出会いもまた「波止場だよお父っつぁん」、「哀愁波止場」であったことを思えば、星野哲郎と船村徹と美空ひばりの赤い絆を育てた母なる海にそれぞれのはかない夢を託した歌、それが「みだれ髪」だったのだと知りました。
技術的には以前の歌唱と比べると低音がこの歌をより豊かにしている他、めったに使わないとされるファルセットがとても美しく、船村徹が最大の賛辞を贈る美空ひばりのファルセットに近づく熱唱でした。
そしてまた、中村美律子の歌唱もまた素晴らしかったことを報告しなければなりません。彼女もまた歌詞の一語一語、メロディーの一音一音を丁寧に歌い、歌の表現力には定評のある歌手ですが、「みだれ髪」においても十分すぎるほどの歌唱力で島津亜矢との競演?コラボを豊かなものにしてくれました。そしてまた、その彼女が島津亜矢の歌唱を誉めてくれたのですから、この番組の意図以上の高みにまで二人の歌が達したことを証明してくれました。
吉幾三と氷川きよしが歌った三橋美智也の「達者でナ」も、氷川きよしの伸びのある高音がとても素晴らしく、哀愁のある歌唱がこのカントリーソングにエッジをきかせ、吉幾三がそれを奥行きと横幅を広める雰囲気のあるコラボで、こちらも最近にない熱唱でした。

こうして、刺激的なステージは終わりました。4人の歌手それぞれの歌はどれも素晴らしいものでひとつひとつ感じたことはたくさんありましたが、いままで意識的に感想を書くのを避けていた「みだれ髪」への積もる思いを書くことで紙面を使い果たしてしまいました。
この番組の目玉であるスペシャルステージが2人の歌手のコラボからさまざまな形に変わっていくことは当然の成り行きですが、できればバラエティーはバラエティー番組に任せて、今回のような歌の競演から新しい共感が生まれるような番組作りを願っています。

中村美律子・島津亜矢「乱れ髪」

島津亜矢「みだれ髪」

美空ひばり「みだれ髪」
特集番組で、星野哲郎へのインタビューや船村徹の作曲風景もあります。

藤圭子「みだれ髪」
好みはあるかも知れませんが、この人も美空ひばりの呪縛はなく、本当は演歌が嫌いだったらしいけれど、自分から歌う場合はこんなに見事にこの歌のかなしさを表現していると思います。「乾杯トークソング」という懐かしい番組の記録です。

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