千年万年男の春に 踏まれて咲くでしょ 裏みちの花 

島津亜矢の「歌怪獣チャンネル」ではすでに演歌、ポップスのオリジナル曲とカバー曲合わせて20曲ほどが配信されていて、その中の一曲に「裏みちの花」があります。
今年35周年になる島津亜矢にはオリジナル演歌もカバー曲も多数の歌唱曲があり、その時々に歌われたものの今では歌われなくなった歌がたくさんあります。「裏みちの花」はそんなうずもれた名曲の一つです。
コロナ禍の中で島津亜矢の「歌怪獣チャンネル」は、私をふくめファンにとっては新しいメディアでの彼女のパフォーマンスがうれしいサプライズになっています。
しかしながら、ファンではないひとが「歌怪獣」と話題になっている歌手として島津亜矢を検索、動画を視聴し、そしてこれをきっかけにファンになっていくひとが増えるかと言えば、残念ながらそれほど大きな期待は持てないのかも知れません。
もっとも、他のアーティストの場合もおそらく同じで、BTSやTWICEなど初めから世界戦略のもとでプロデュースする韓国のアーティストたちは別にして、Jポップのアイドルたちの派手なパフォーマンスも、結局はファンや芸能レポーターには有効でもなかなか波及効果はないのではないでしょうか。
というのも今回のことで、良くも悪くもわたしたちは見えない心の防護フイルターに身をつつまざるを得ず、デジタル社会の可能性を喧伝される中で、届く情報は自分から獲得していくというよりは特定はされないものの膨大な個人情報が蓄積され、個人の嗜好や習慣、考え方や職業、友人関係までもが社会の総体として分析、日々刻刻更新されるビッグデータなどによりプロデュースされた情報ばかりになるでしょう。
そして、長い苦難の歴史の果てに手に入れたはずの、決して手ばなしていけないはずの自由や個人の尊厳、人権までもがファーストフードのメニューに用意されたものの中からしか選べない社会へと変わろうとする大きな力を感じます。
結局のところ、アーティストや芸能人が実際のコンサートやイベントが開けない中で、有料無料を問わずオンラインコンサートやイベントを配信することで、部屋に閉じこもることが多いファンを元気づけ、引き付けることが目的で、島津亜矢もまた例外ではあり得ないのでしょう。
それでも、わたしは島津亜矢の場合、「歌怪獣チャンネル」が彼女にとってどんな冒険もできるライブの新しい形であり、近い将来実際のコンサート活動が再開しても今よりもっと情熱的に配信してほしいと願っています。
プロモーションビデオなど演歌歌手ならではの張りつめた着物衣装ではなく、飾らない普段着でただひたすら歌う彼女の姿はとても身近に感じられ、彼女の人柄と歌への情熱がダイレクトに伝わってきます。
時にはカラオケで、時にはピアノ演奏だけ、時にはアカペラで歌う演歌もポップスも、ステージやスタジオでは聴けない、例えれば再開が望まれるTBSの「UTAGE!」のような冒険の場の臨場感で、決していいとは言えない音響の中でも歌をより歌らしく、いとおしくすくいあげるのでした。
そして、数あるオリジナル曲と先達の残していった楽曲を歌い極め、歌い残したその先に、いよいよ来るべき歌、島津亜矢の歌が生まれる瞬間がすぐそこまでやってきているのだと思います。35年という歌手・島津亜矢のたどってきた道は決して順風満帆ではなかったでしょうが、どんな時も歌は島津亜矢を見捨てなかったどころか、時代の風が彼女の歌心を豊かに熟成させ、心の中に孤独の居場所を用意しなければならなくなったわたしたちに、懐かしくも新しいブルースを届けてくれることでしょう。

白い花咲いた 小さな小さな花だけど
千年万年 男の春に 踏まれて咲くでしょ
裏みちの花

「裏みちの花」は1999年発売の「都会の雀」のカップリング曲で、吉岡治作詞・杉本眞人作曲の隠れた名曲です。わたしが島津亜矢のコンサートに初めて行ったのは2011年のはじめだったので、そのころにはすでに歌われることがなかったのですが、ファンになりたてのわたしはそれまでのコンサートのDVDを買いあさっていて、この歌はDVDで聴きました。ファンになりたてのわたしは、まずは島津亜矢の演歌にしびれたのでした。
東映映画「極道の妻たち~赤い殺意~」の主題歌「都会の雀」を島津亜矢が歌うことになったいきさつはわかりませんが、当時の人気シリーズの映画だけに彼女にとってひとつのチャンスだったことは間違いのないところでしょう。
実際のところ、名代のヒツトメーカーの吉岡治と杉本眞人が、当時の島津亜矢に対して特別の思い入れがあったかどうかはわかりません。
しかしながら、彼女のオリジナル曲の中でも異彩を放つこの2曲は、演歌歌手・島津亜矢の独自な道を切り開いていくきっかけになったのではないでしょうか。
わたしは演歌が好きかと言えば、嫌いという方が正直な気持ちです。若いころに寺山修司を人生の師とさだめた時にしばらく演歌を聴くようになりましたが、演歌に登場する女性像がなんとも好きになれませんでした。世の中が変わろうとしている流れに逆らい、いつまでも男に従い男に捨てられ、「弱い女」と「耐える女」を歌い続ける演歌の世界に正直うんざりしていました。
島津亜矢にはそんな歌が少なかったことも彼女のファンでいられた理由のひとつですが、「裏みちの花」には、吉岡治の文学的な表現を通して、深い泥沼から白い刃が現れるように「白い花」を咲かせ、男への怨念と呪縛を打ち破り、自立しようとする女性像が切なく浮かび上がってきます。このころの島津亜矢の毅然とした歌唱は、この歌を艶歌でもなく怨歌でもなく援歌にしていて、吉岡治の詩心もさることながら、杉本眞人による映画のワンシーンを聴く者の心に焼き付ける楽曲の妙も見事に表現していると思います。
また、コロナウイルスの感染が拡大してきました。9月28日のロームシアター京都でのコンサートを楽しみにしているのですが、また中止にならなければいいのですが…。

島津亜矢【公式】歌怪獣チャンネル

島津亜矢『裏みちの花』・島津亜矢【公式】歌怪獣チャンネル

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