島津亜矢と水樹奈々 NHKのど自慢

ずいぶん前のことになってしまいましたが、水樹奈々がゲスト出演したNHKのど自慢が熊本地震で延期になり、わたしたちの地域では5月4日に放送されました。
5月の連休は唐組の芝居を観たり、豊中の野間陸さんの話を聴いたり、大阪服部緑地の「春一番」に行ったりの目まぐるしい日々で、この日も出かけていたのでビデオに撮っていました。録画自体はすぐに観たのですが、5月15日のピースマーケット・のせの準備で忙しく、結局は今頃になって遅ればせながら感想を書くことになりました。
済んだことですが、ゲストの相手が水樹奈々ということもあり、わたしはこの2人が一つの場にいることにとても興奮してしまうのです。
というのも、水樹奈々はアニメソングの女王と言われ、島津亜矢とはジャンルがかけ離れている印象もありますが、すでにご存じの方もいらっしゃると思いますが、このひとのルーツはまさに「演歌」なのです。
アニメの世界は独特のものがあり、娘や息子が子どもだった頃に少し親しんだだけのわたしですが、一時のアニメブームの中で知った水樹奈々を特別のファンではないものの注目していました。1980年生まれで、声優としては1997年ごろから活躍していて、歌手としてはユニットを経験してソロになったようです。歌手デビューは2000年で、それからの活躍はめざましいものがあり、2009年に声優としてはじめて「紅白歌合戦」に出場、昨年不出場となるまで連続連続6回出場を果たしています。
東京ドームや武道館など、大きな会場を満席にするその人気とともに実力派の歌手として高く評価されている人で、昨年の紅白不出場に対してファンの一部では「島津亜矢が出てナナちゃんが出ない」という人たちもいました。実際は島津亜矢の出場よりも、アニメ「ラブライブ!」の女性声優9人の声優ユニットμ’s(ミューズ)の出場の方が大いに関係しているとわたしは思います。CDの売上、コンサートの観客動員数などから言うと、紅白出場歌手でこのひとを越える人はごく少なく、水城奈々のファンが怒ってしまうのも、長い間紅白を阻まれてきた島津亜矢のファンとして痛いほどわかるのです。
それはさておき、わたしはアニメには疎いもの、水樹奈々の歌を聴いているとアニメの世界観というか、ある種の特別の空間の中で水城奈々とファンを中心とする聴き手が濃密につながり、大時代的な歌唱とステージパフォーマンスの中にすでに日本社会が失って久しい「大衆」の復権を感じるのです。
そこが他のアニメソングの歌手と決定的に違う点で、肉感的というか、誤解を生むかも知れませんが「エロチック」な彼女の声と並々ならぬ歌唱力はぺんぺん草が生える荒野を一瞬にしてタンポポの花園に変え、やや宗教じみていますが修道女というか、戒律の厳しい修行をへて人々を導く歌姫のように感じます。そういえばアニメの世界ではもう何度も「革命」は実現しています。
こう書けば、島津亜矢のことを言っていると思うほど、この二人は似かよったところにいると確信します。島津亜矢は歌手としての出自を忘れず、これまでよくやってきたと思います。しかしながら、そのために彼女のあふれる才能が「演歌」という小さな枠のなかに閉じ込められてきたこともまた事実でしょう。それでも頑固に星野哲郎の教えを守るいわゆる「演歌」一筋の真摯な姿勢が演歌であろうとなかろうと「歌をほんとうに必要とする」人々に圧倒的な支持を得て、社会現象になるほどのメガヒットは望めないのかも知れませんが、全国津々浦々、都会の大きな会場に足を運べないたくさんの人びとのすぐそばに赴き、コンスタントに3000席ぐらいの会場をいっぱいにできるようになりました。
島津亜矢もまた、ある特別な空間をつくり出せる歌手で、歌が上手いというだけではない特別な感情を観客と共有し、共振できるカリスマのひとりであることはまちがいのないところでしょう。
さて、放送の方ですが、のど自慢は歌のうまさを競うだけではなく、その土地土地の土や海の匂いがテレビ画面からあふれてくるような地元の人々による「一生に何度か」の晴れ舞台です。アンディー・ウォーホールが「誰でも15分だけは有名になれる」と言った名言通り、歌う人びとの人生や暮らし、故郷への思いを胸に歌う姿はかっこわるく美しく、わたしたちの心を揺さぶるものがあります。歌うことがどれだけそのひとの生きる勇気を生み出しているかという意味では、プロと言われる歌手が一生かけてもたどり着けない高みにまで連れて行ってくれる歌の原石を見せてくれるのです。もっとも、プロの歌手はその15分を何年も何十年もつづけるのですから、大変なことではあります。
ですから、他の音楽番組とはまたちがうグレードが「のど自慢」にはあり、島津亜矢はこの番組で新曲を歌うことはとても緊張することでもあり、また名誉でもあることを知っている数少ない歌手のひとりだと思います。
この番組ではいつも二人の歌手がゲストに呼ばれるのですが、今までは「演歌」の歌手の独壇場になっていましたが、「歌コン」をはじめとするNHKの音楽番組編成の大きな変更から、これからはもっとJポップの人々が登場することでしょう。
今回の水樹奈々との共演は、NHKが島津亜矢を高く評価しているというひそやかなメッセージであるとわたしは受け取っています。水樹奈々の理想が美空ひばりであることは多くの人たちが知っていることですが、実際彼女が美空ひばりを歌うとすばらしいものがあり、6月ぐらいに毎年NHKの旧「歌謡コンサート」で放送していた美空ひばり特集は「歌コン」に変わり、水樹奈々やEXILEのアツシ、平原綾香などが登場するようになっていくことでしょう。その時に「迎えうつ」演歌歌手があいもかわらず演歌歌手・美空ひばりをただ踏襲し、あたかも美空ひばりの幻影にすがるように自分の立ち位置を示すだけならば、ますます「演歌」は滅びゆくものになることでしょう。
その中で島津亜矢は歌唱力抜群のJポップの歌手たちの美空ひばりへのリスペクトを受け止め、演歌からJポップへと歌の心を広げることのできる、ほんとうに数少なくなった歌手のひとりであることに間違いはなく、今回の2人の共演に我田引水ながらわたしはそんな物語を想像したのでした。
肝心の歌の方は新曲「阿吽の花」を歌いましたが、今年の歌のできあがりは例年よりも早く感じました。この歌は演歌には間違いなく、演歌ファンは喜び演歌嫌いのひとは食わず嫌いで「島津亜矢にはもっとポップスを歌ってほしい」と思われるでしょう。
しかしながら、村沢良介の曲にはテンポも曲想もなにもかも違うのですが、水樹奈々のチームがつくる楽曲と共通した物語があり、島津亜矢は楽譜にかくれているその物語を見事に紡いでいると思います。この歌でまたひとつ、島津亜矢の新しい声質が発掘された気がします。その声質は切ない中にかすかな希望の光がゆれているような可憐な声質で、「歌謡名作劇場」の村沢良介の新しい物語を語ってくれるのでした。

島津亜矢「阿吽の花」

水樹奈々『深愛』(NANA MIZUKI LIVE CIRCUS 2013+ in Legacy Taipei)
2013年の台湾でのライブ。この人のバックミュージシャンはすごいひとたちです。

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