「アルバート氏の人生」という映画を観ました。

先日、「アルバート氏の人生」という映画を観ました。
 悲しいストーリーでしたが映像も俳優の演技もきめこまやかで、登場人物の心の動きがていねいに映像に織り込まれた、とてもいい映画でした。
 映画「アルバート氏の人生」は2011年に製作されたアイルランド映画で、「彼女を見ればわかること」、「美しい人」のロドリゴ・ガルシア監督作品です。主演女優のグレン・クローズがオフ・ブロードウェイの舞台で同役を演じ、喝采を浴びた1982年から30年の年月をへて、いつか映画にしたいと思いが実現した作品でもあるようです。

 独身の女性が自立して生きることがまだ許されていなかった19世紀アイルランドのダブリン。ホテルのウェイターとして働き、人付き合いを避けて静かに暮らすアルバートは、14歳で女性であることを捨て、男になることで職を手にして生きてきた女性でした。
 客からのチップをためて床下に隠し、40年以上も孤独に生きてきたアルバートでしたが、ペンキ職人のヒューバートと出会ったことから、自らを偽り続けてきたことに悩み始めます。ヒューバートもまた女性であることを捨て、男性として生きる人物ですが、最愛の女性と幸せな生活を送っており、そんな2人の姿を見たアルバートは自分も自分らしく生きることにかすかな希望を抱くのでした。
 そして、かたく閉ざしてきた心の扉を恐る恐る開いた時、アルバートは同じホテルで働く若いヘレンに恋してしまいます。密かにヘレンと愛し合うようになっていたボイラー職人のジョーはその事に気づき、ヘレンを通じてアルバートを利用しようとします。

 40年もの間、まったく表情を変えず、決まったことを決まったようにしつづけ、ただひたすらミスをしないことだけを肝に命じて生きる・・・。アルバートがそうしなければならない理由を、わたしたちは映画の冒頭でジョーが別のホテルをクビになり、アルバートが働くホテルにボイラー係としてもぐり込むシーンで知ります。
 調べてみるとそこには19世紀のアイルランドの悲惨な歴史が背景にありました。アイルランドは古くから隣国イギリスの侵略にさらされ、17世紀にはイギリスの支配下に置かれていました。耕作地はイギリスの地主に奪われ、アイルランドの人々は小作人として小麦を作らされていました。徹底的に搾取されるアイルランド人はヨーロッパで最も貧しい民族と呼ばれ、ジャガイモを主食としてかろうじて生活を立てていました。
 1845年、アイルランドは長雨と冷夏に祟られ、さらに新種の立ち枯れ病によって、以後3年に及ぶ大凶作となりました。しかし、その不作というのはアイルランド人の主食たるジャガイモに限られ、逆に豊作となった小麦は作り手の口には全く入ることなくイギリスの地主のもとに送られていったのでした。
疫病の流行と相まって数十万の死者が出たといいます。生きる道を断たれた彼等の多くはアメリカ大陸など海外へと移住し、アイルランドの人口は1841年から91年にかけて半分近くに激減してしまいます。
 この映画に登場する若くたくましいジョーもまた、いつでも職を奪われるかも知れない恐怖をかかえ、新大陸アメリカに行く夢を持っていました。
 アイルランド社会全体が搾取され、貧困との極みであった悲しい時代に、女性差別はより激しいものだったにちがいありません。

 アルバートは私生児で、自分の名前も知らないままお金で雇われた女性に育てられました。そして14才の時、数人の男にレイプされ、女であることを捨てて男として生きることを決心したのだとヒューバートに打ち明けます。
 アルバートの恋愛の対象が女性だったのがなぜなのか、わたしにはよくわかりませんでした。アルバートには、おそらくヒューバートにはあったようにうかがえる性的な欲望や願望が感じられないので、ヒューバートのように「愛する家族」を持ちたかっただけだったというとらえ方もあるかもしれません。
 けれどもわたしは、やはりアルバートはヘレンに恋したのだと思います。というより、少女のように恋を恋したのだと思うのです。
 アルバートがはじめて心を溶かしたとき、レイプされた経験も含めて粗野で暴力的な男たちと心の糸をつむぐことなど考えられなかったのではないでしょうか。
 その意味ではやはりアルバートは女性として女性に恋したのにまちがいなく、外見は50半ばのおじさんでありながら中身は少女で、おどおど、ドキドキと、心をときめかし、現実を見ることができないアルバートの格好悪く不器用な「初恋」はとてもこっけいですが、とても愛おしいものでした。
 わたしは自分では異性愛者だと思っているのですが、時々異性愛者としての「男的なもの」に嫌気がさすことがあります。もちろん粗野で暴力的なるものが男的だというのも間違いでしょう。ひとはそれぞれ違いますし、ひとりの人間の中にも繊細な心と暴力的な心が同居しているものだとは思います。しかしながら、自分の気持ちはわかるはずだと思うあまり、いつのまにか相手の心を抑圧し、傷つけてきたこともあったことを振り返ると、心が寒くなるのです。
 ひとがひとを好きになったり、ひとに受け入れてもらいたいと願ったり、ひとのために自分のできることはなにかと考えたり…、アルバートの恋は彼女の偽りの40年から解放され、ほんとうの人生をとりもどすことでもありました。
 しかしながら社会全体が抑圧と貧困と疫病にさらされ、差別を受けているものがまただれかを差別してしまう時代から女性たちが解放され、自分らしく生きることができるにはもっと多くの年月とたたかいを必要としましたし、そのたたかいはまだ途上であることでしょう。
 アルバートの恋が彼女に悲劇をもたらしてしまうこの映画は、しかしながら最後の最後にかすかな希望を予感させます。そして時代をへてフェミニズムの運動が希望を現実にするたたかいを続けていることを、後世のわたしたちは知っています。主演を務めた大女優グレン・クローズは、男性になりすました女性を演じるという難しい役どころながら、非の打ちどころなく演じています。顔つき、服装、仕草、言動、どれを取っても小柄な紳士にしか見えません。

 ほんとうに、ひさしぶりに映画を観に行きました。シネコンになってしまっても、またデジタルになってしまっても、やはり映画はスクリーンで観るのがいいなと思いました。
 今年はもっと映画を観るぞ、と心に言いながら帰りました。

モリソンズホテルに出入りする“大男”ペンキ職人ヒューバート・ペイジを演じたジャネット・マクティアは、主演のグレン・クローズに引けを取らない男装ぶりだった。

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