上を向いて歩こう

被災者や復興を支援する人々を応援しようとフジテレビの「FNS音楽特別番組〈上を向いて歩こう〉-うたでひとつになろう日本-」が放送されました。こういう番組には、批判もかなりあると思いますが、出演したアーティストたちが精一杯の応援をこめ、「この一曲」と持ち込んだ歌はどれも心がこもっていました。
震災から2週間、避難所での日々をすごす人たちや自宅で救援物資を待つ人たち、原発の避難地域でふるさとを離れなければならない人たちの中で、どれだけの人たちがこの番組を観ることができ、どれだけのひとの心に音楽が届いたのかは疑問に思います。しかしながら、いろいろな議論をした上で、たとえ被災地のひとたちの心に届かなかったとしても自分たちのできる精一杯のこととして、この番組を制作したテレビ局のスタッフと出演した人たちの気持ちが伝わってきました。きっとわたしがそうであるように、この放送を観た人たちは自分にできることを何かしようと思ったことでしょう。

2007年、わたしはうつ病になっていました。長年やってきたことが行き詰まり、生きることが苦しくなり、かといって死ぬことはとても怖くて、時間が止まってしまったように心も体も動かなくなってしまいました。
わたしはJ-POPから演歌まで、どんな音楽でもひととおり聴いていました。
けれども、その時はどんな音楽もわたしの心には届きませんでした。心が乾ききったスポンジのようにスカスカでカンカチで、音楽がしみていくために必要なやわらかくて潤いのある大地をなくしてしまったのでした。
春というのにコタツに首まで入り、仰向けに寝ていると自分の頭から上に砂漠が広がり、今日、明日とつづくはずの「未来」が自分の心のどこを探しても見つからないのです。
あんなに好きだったテレビの歌番組は騒々しいだけでした。
そんなときに、たったひとつだけそんな乾ききったぼくの心に届けられた音楽がありました。その音楽と出会ったのはNHKのドキュメンタリー放送で、「モンゴル800」というグループが沖縄の島をひとつひとつツアーで回るというものでした。
自分でも不思議でした。それまでまったく聴いたこともないこの若いひとのバンドの、曲名も知らない歌のひとつひとつが絶望的なまでに音楽から遠ざかってしまった僕の荒れ果てた荒野を耕し、水をそそぎ、人間らしい気持ちを取り戻してくれたのでした。気がつくと、涙があふれていました。
その時、わたしは60才にしてはじめて音楽のほんとうの力を知りました。

今日の番組を観ていて、そのときのことを思い出していました。おそらく被災地ではまだ音楽どころではないかもしれません。けれども、ひとは人生で何度かはほんとうに音楽を必要とする時があるように思うのです。
前にも書きましたが、ひとはパンのみで生きていくことができるけれど、夢がなくては生きていけないように、音楽もまた愛を必要とする心にいつかは届くと信じたい。

それにしても、被災障害者救援活動をつづける「ゆめ風基金」を引っ張ってくれている永六輔さんの作詞、中村八大さんの作曲による「上を向いて歩こう」は地面がまだ黒い土だった時に生まれ、世界中で歌われ、そして近年は必ず被災地でひとびとをなぐさめ、勇気づけるすばらしい歌ですね。

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