過ぎ去るものこそが美しい。金森幸介と渋谷毅と松田ari幸一

いくつも時代が過ぎていた
はがゆさばかりを後に残して
誰も傷つきはしなかったけれど
誰もが痛みを甘えを知った

夢は色あせていく僕は年老いていく
でもまだへこたれちゃいない
夕陽を追いかけていく 奴の歌が聞こえる
もう引き返せない
金森幸介「もう引き返せない」

12月15日、能勢のカフェ「気遊」で年に何度か開かれるライブに行きました。今回は、渋谷毅(ピアノ)と金森幸介(ボーカル、ギター)、そしてゲストの松田ari幸一(ブルースハープ)による素晴らしい演奏を聴かせてもらいました。
実は恥ずかしながら、わたしは金森幸介を一度も聴いたことがありませんでした。
彼だけでなく、わたしの青春時代にドンピシャだった関西のフォークやロックをほとんど聴かないまま年齢を重ね、最近になって大阪の服部緑地の「春一番コンサート」に行くようになり、すでにベテランから伝説的存在と言ってもいい人たちの音楽を50年たってはじめて聴くといったありさまなのです。
というのも、わたしはその時代、三上寛の追っかけをしていて、それ以外でも友部正人と小室等と、思えば東京のフォークばかりを聴いていたことになります。

それはさておき、はじめて聴いた金森幸介は独特の歌い方とシンプルな歌詞と、胸震わせるギターで、一気に彼の世界に引き込まれてしまいました。
まったく知らないので最近の歌も昔の歌も区別がつかないのですが、このひとはソロになってから何十年も語り続けてきたのだと思います。時には自分に、時には友に、時には恋人に、そして時には移り行く時代に…。
そして、ずいぶん昔から過ぎ行く者たちへのいとおしさやはかなさを歌というタブローに描きながら、全国各地を風のようにあらわれ、風のようにまた消えていく、その折々に歌が生まれ、歌ってきたのではないでしょうか。
すでに70歳近く年を重ねてもその歌心は少年のままでみずみずしく、過ぎ去るものこそが美しいと、年老いてしまったわたしに青い心をよみがえらせるのでした。

渋谷毅については何度か書いたことがありますが、いつもびっくりするのですがすっと現れてピアノの前に座ったとたん、鍵盤の上を指がはしゃぎだし、もしかすると彼自身の制御もきかないままピアノがひとりでに珠玉の音楽を奏でるようなのです。彼の後ろから演奏している姿をのぞいて見てものめり込んだり体を揺らす風でもなく淡々と弾いていて、ふわっとピアノの音色が舞い降りてくるのでした。
ところがピアノソロが終わって、いよいよ金森幸介と渋谷毅がギターとピアノを重ねたとたん、渋谷毅のピアノは突然ドラマチックになり、これはPAの巧みさによるのかも知れませんがけっこう大きな音を出しても、金森幸介のギターのボーカルを打ち消すどころか、ジャズのような掛け合いでそれぞれがお互いを高めていくのでした。そしてまた、金森幸介の歌もさることながら、渋谷毅のピアノにコミットしたギターの音がソロの時よりも私の心のひだにしみ込み、その音楽の地平の彼方から、彼の癖になりそうなボーカルが時には張り裂けそうな胸の痛みを、時には世界のすべてを抱き寄せるような恋のざわめきを、時には遠い昔に忘れてしまった青い夢を歌うのでした。
そこにはすでに涙はなく、あるのは年老いた者たちにしか用意できない赦しと悲しいやさしさなのだと思います。
ゲストの松田ari幸一のブルースハープは、そんな珠玉の時間と風景といとおしいものたちに注がれるやわらかな光のようで、3人の演奏が里山能勢の「気遊」の、音楽をするためにつくられたとしか思えないこの建物の柱や梁の小さなすきまにまで溶けていき、わたしたちを至高の場所へといざなってくれました。
能勢に住んで8年、こんな素敵な音楽を用意してくれるミュージシャン、PA(音響)、そして「気遊」のオーナー、スタッフに感謝します。

金森幸介「もう引き返せない」

渋谷 毅「Body and Soul」 2016 11 11

「Because」 金森幸介+松田幸一

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