小室等・地球劇場「右に行くのも左に行くのも僕の自由である」

4月9日、BS日テレの人気番組「地球劇場」に小室等が出演しました。「100年後の君に聴かせたい歌」というサブタイトルがついているこの番組は毎月1回、土曜日の夜7時から放送されている2時間の音楽番組です。谷村新司がホストをつとめ、一人のアーティストの軌跡を振り返り、それぞれの時代の楽曲にまつわるエピソードを聞きながら歌ってもらう構成がとてもユニークで、わたしの好きな音楽番組の一つです。
よく似た演歌の番組がありますが、一人のアーティストだけで2時間たっぷり使って、歌とトークはもとよりデビュー当時から現在までの時代背景を丁寧に紹介し、ゲストの歌の世界とひととなりにどっぷりと浸れる番組は他にありません。
この番組が魅力的なのは、谷村新司が先輩後輩に限らず、同じアーティストとしてゲストに全幅の尊敬の念を持っていることから生まれていて、わたしは実は以前はこのひとが苦手でしたが、この番組を観るようになってから好きになってしまいました。

さて、この番組に小室等と六文銭’09(及川恒平、四角佳子、こむろゆい、小室等)が出演すると聞き、とても楽しみにしていました。実はわたしは1986年12月に豊能障害者労働センター主催で「小室等・長谷川きよし」コンサートのスタッフとして参加して以来、昨年の被災障害者支援団体「ゆめ風基金」の20周年コンサートまで振り返れば30年間、小室さんのコンサートの主催関係者として親しくさせてもらってきました。
小室さんと親しくさせてもらったことはわたしの誇りですが、一方で小室等の音楽を素直に1ファンとして聴くことから遠ざかっていたとも思うのです。昨年の8月に「ゆめ風基金」を離れて7か月、一人のファンに戻って小室さんの歌を聴くと、この偉大な歌手というか芸術家というかフォークのレジェンドというか、小室等の音楽の深さをあらためて感じます。

番組の最初の歌は六文銭09の演奏で「お早うの朝」でした。本人も話していましたが、この歌は1976年に放送された山田太一脚本の「高原へいらっしゃい」の主題歌で、アルバム「生きているということ」に収録されています。山田太一とこのドラマについては別の記事に書いていますので省くとして、このアルバムでわたしは小室等のファンになったのでした。彼ははすでに1971年の「出発の歌」でフォークをお茶の間のテレビに乱入させて一躍有名になっていましたから、わたしは少し遅れてきたファンでした。
谷村新司にフォークのレジェンドと紹介された小室等が1968年当時のフォークブームをどう見ていたかを聞かれ、プロテストソングでなければフォークでないといった主張を肯定し、あの時代、もしかすると社会を変えることができるのではないかと誰もが思ったものだと邂逅する一方で、どこか自分の足元を見ずに高みから聴く人に説教しているような感じにも思えたといいます。
その後、六文銭09で「雨が空から降れば」、「出発の歌」を歌い、小室さんがフォークソングにはまるきっかけとなったピーター・ポール&マリーの「花はどこへ行った」、ボブ・ディランの「風に吹かれて」を谷村新司と歌いました。
2曲ともあまりにも有名である一方、最近聴かなくなっている歌でもありますが、これらの歌に込められた戦争を拒むせつないメッセージの深さを、長い戦後から戦前へと時代が化粧なおしをしつつあるのかも知れない今だからこそ、歌い継がなければならないのではないかと小室等は言います。この2曲、とくにもっとも傾倒したというピーター・ポール&マリーの「花はどこへ行った」を歌う時、彼が高校生だった頃に戻ったような初々しさが画面からうかがわれ、同時代を同世代として生きてきたわたしもあっという間に自分の「青い時」に戻りました。
そして、今小室等が一番伝えたいメッセージを込めて、「道」を歌いました。

戦い敗れた故国に帰り すべてのものの失われたなかに
いたずらに昔ながらに残っている道に立ち 今さら僕は思う
右に行くのも左に行くのも僕の自由である(黒田三郎)

この歌は、戦後の荒地派の詩人・黒田三郎の「道」を歌にしたもので、名曲「死んだ男の残したものは」に匹敵するこの歌のメッセージに身が震えました。そしてやさしく物静かな小室さんのまなざしから、青臭いまでの一途な青春の感情が70歳を超えてもなおほとばしるのを見ました。
それから小室等が今伝えたい歌としてもう一曲、「ほほえむちから」を六文銭09、ピアノ・谷川賢作、ハーモニカ・八木のぶおの演奏で歌いました。
滋賀県の琵琶湖周辺の障害者がダンスパフォーマンス、リズムセッションなどワークショップとして続けている表現行為の発表の場として、毎年秋に開かれる音楽祭があります。
小室等はその音楽祭の総合プロデュースを引き受けているのですが、彼女たち彼たちが何かを表現しようとする切実な姿に心を打たれ、その生きる輝きを歌にしようと谷川俊太郎に作詞を依頼し、彼が作曲したものです。
「障害を持った人たちが舞台に出ていくんですけど、その中には普段車いすを利用しているひともいて、他の人がもうたどり着いた舞台中央にそのひとはまだ遠いんです。けれどもぼくはそのひとに、(かえって)スピードを感じるのです。そのひとなりに必死に前に進もうとする姿を見ていて、涙が出ます」と、小室等はいいます。
わたしも一昨年の秋、その音楽祭に行きましたが、彼女たち彼たち自身の「自分は何者か」と自らにも観客にも問いかけ表現する心の熱さに感動しました。
谷川俊太郎の言葉はそのことを適格に短い言葉で表現し、小室等の曲は彼女たち彼たちへの限りない尊敬の思いに溢れていました。
そして最後のしめくくりに、小室等は心の歌として「死んだ男の残したものは」を歌いました。谷川俊太郎作詞・武満徹作曲によるこの歌については何度もこのブログで紹介してきましたが、ベトナム戦争反対集会で歌われたのが最初と聴きます、

2時間という長い時間でしたが、小室等の歌のルーツから生き方までをていねいに語り、歌ってくれて、とても楽しく心豊かな時間を過ごすことができました。
最初に書いたように、これからは1970年代にレコードを買いあさった一人のファンとして、もの静かな過激老人・小室等の音楽とともに生きていきたいと思います。
今回の放送ではハーモニカ奏者の八木のぶお、ジャズピアニスト・作曲家の谷川賢作も加わり、 特に「道」の時の八木のぶお、「死んだ男の残したものは」の谷川賢作は秀逸で、小室等の音楽世界を鮮やかに表現しました。

「こぶしをふりあげてプロテストするというよう歌よりもラブソングの方がずっとプロテストソングなんじゃないかという思いがあります。そんなロマンチックな歌をうたいつづけていける時代を残せるようにしたいと思います」(小室等)

詩・黒田三郎 曲・小室等 「道」

小室等「お早うの朝」
今回の放送で小室さんが言うには、ドラマのテーマソングのサポートに吉田拓郎が参加していたということでした

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