映画「アデル、ブルーは熱い色」3

 初恋、青春、性のめざめ…、もうすぐ67才になろうとしているわたしですが、いまでもどきまぎしたり切なくなったりしてしまう言葉です。
 わたしの初恋はいつだったのか、いわゆる性のめざめは、そしてわたしの青春とは…、と思い返すと、結局のところわたしはいつおとなになったのかという、いまだによくわからない質問にたどりつくことになります。

 小学3年の時に転向してきた少女の白いワンピース、中学生2年の時に転校して行った少女の白いブラウスの中の胸のふくらみ、はじめてデートの真似事をした時の少女の白いベレー帽…。どきどきしながらも、決して彼女たちへの淡い気持ちが現実の彼女たちとはなんの関係もない、夢物語の風景でしかないことを知っていました。
 風呂屋に行くと知らないおじさんから「〇〇〇大きいね」と言われたこと、ある朝起きると白いねばねばしたものがパンツにこびりついていたこと、シミーズ姿で下着も見える近所のおばさんが縁側で足元を広げ、うちわをぱたぱたしていた夏の夜、銭湯で番台のおばさんにお金を払う時に女湯が見えてしまったこと、立ち見だった映画館で前のおじさんにズボンのチャックをおろされたこと、こっそり入ろうとしたピンク映画館で外国人に話しかけられ、身振り手振りと大きな声でしゃべり、まわりの注目を一身に集めてしまったこと、その映画のタイトルは「随喜の涙」で、時々総天然色になるスクリーンに大きく映る赤襦袢と乳房と太もも…。どろどろしていて汚れていて、異様に興奮してしまう危険なものを感じる一方で、いま思い出しても不恰好で滑稽な体験…。
 少女への淡い幻想と暗闇の欲望に引き裂かれたまま、わたしは青い時を通り過ぎたのでした。

 セクシャリティという言葉を知ったのは、そんなに昔ではありませんでしたが、わたしは間違いなく男で、女性が好きな異性愛者であることは間違いがないのでしょう。
 しかしながら、子どもの頃のある時期、いつも腕を組んだり、ほほをさわりあったりしていた同級生の男の子がいたり、長い人生の間で男性に性的な緊張感を持ったことがあったこともたしかです。その感情が隠れた同性愛的な志向性であるとは思わないのですが、若いころから女性に対して性的な関心や欲望は人並みにある一方で、そういうものから自由になり、男とか女とか言わないで付き合えたらもっと深い友人になれたはずの女性たちも少なからずいました。反対にどれだけ男の友人関係をもっているのかと思うとおぼつかなくて、それもふくめてやはりわたしは人間としても女性の方が好きなのかもしれません。

 映画「アデル、ブルーは熱い色」を観ていて、そんなことを思っていました。映画の始まる前から同性愛者としての強い感情と意志を持っているエマにくらべて、アデルは最初はまだあいまいな感じで、ただどこかしら男性との恋愛に違和感を持っているという感じでしょうか。そんなアデルがエマとの出会いと情熱的な愛によって自分のセクシャリイを獲得していき、そのエマとの別れもまたアデルを女性としての大きな成長の糧になっていくプロセスを、映画はいとおしく見守り、物語っています。
 この映画では、フランス社会の同性愛への偏見や差別も垣間見えます。映画の最初、高校生のアデルと同級生との会話の中にも出てきますし、エマがカミングアウトしているのに対して、アデルは職場の同僚には内緒にしています。
 それでもわたしは同性愛に対するフランスと日本の社会の受け止め方の決定的な違いを感じます。同性愛に対する偏見が散見されるにしろ、フランスの高校生の日常会話の中にある程度「ふつう」に出てくることは、日本ではまだありえないのではないでしょうか。日本では性同一性障害がクローズアップされることで、かえって同性愛がよりマイノリティに押し込められている気がします。
 そしてフランス社会が他のヨーロッパ社会と同様にアフリカンやアジアン、イスラムなどの移民が社会の構成員として参加する多民族社会になっていることが高校の同級生たちの多様さにもあらわれていて、その多様さがセクシャリティの多様さにもよい影響を与えているのではないかと思います。
 フランスでは2011年の同性愛者向けの雑誌の世論調査で148万人がバイセクシュアル、172万人が同性愛者、両者合わせると320万人が同性愛を嗜好する人口となっているそうです。
 戦後のフランスの同性愛者を取り巻く法的環境としては、1960代年には公共の場所において同性愛行為を行った場合は刑罰に処すとされていましたが、1982年に刑罰の対象から外れ、1999年に成立した「市民連帯契約法」(PACS)に基づき、同性カップルにも社会的権利が獲得されました。
 そして昨年の5月、同性婚を認める法案が可決され、はじめての男性同士の結婚が法的に認められました。

 オランダから始まった同性婚の法的認知は、現在14カ国になっています。
 日本でも同性愛者が270万人を越えるそうですが、同性愛はもちろんのこと、シングルマザーや制度外結婚に対する社会的な権利が整備されていないことが社会的な偏見と差別をより助長していて、同性愛者がカミングアウトすることはとても困難なように思います。
 最近は日本でも同性愛の映画や文学が少しずつ増えてきていますが、映画「アデル、ブルーは熱い色」がカンヌでグランプリを獲得し、日本各地で上映されることはとてもうれしいことですし、性的マイノリティの社会的権利の獲得と、セクシャリテイの多様さが受け入れられる社会でありたいと思います。
 そして、これは同性愛者の方々から笑われるでしょうが、同性愛に対する日本社会の制度が開かれ、保障されることで人びと的な偏見や差別がなくなっていく環境であったとしたら、それがもしわたしの子どものころにそうであったなら、わたしもまた同性愛を志向し、もうひとつの人生と出会ったかも知れないと夢想します。アデルがエマとの衝撃的な出会いによって、もうひとつの人生を手に入れたように…。

映画『アデル、ブルーは熱い色』公式サイト

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